特集1 「社会保障と税の一体改革」の正体は? 相野谷安孝・中央社保協事務局長にきく
六月三〇日、政府・与党が「社会保障・税一体改革成案」(以下、「一体改革案」)を決定し、具体化がすすめられています。 「一体改革案」の中身は? はたして社会保障はよくなるのか。相野谷安孝・中央社保協事務局長(全日本民医連理事)に聞きました。
本当のねらいは消費税増税
「一体改革案」は、先の菅総理を本部長とする「政府・与党社会保障改革検討本部」のもとにつくられた「社会保障改革に関する集中検討会議」によってまとめ られたものです。しかしその構成メンバーには二〇〇八年当時、麻生内閣のもとにつくられていた「安心社会実現会議」の有識者らが名を連ねています。つま り、自公政権時代の「構造改革」を踏襲した内容となっているのです。そして「一体改革案」の最大のねらいは、社会保障の充実ではなく、消費税を増税するこ とです。
増税しても社会保障はよくならず
「一体改革案」の文書には、「社会保障給付の規模に見合った安定財源の確保に向け、まずは、二〇一〇年代半ばまでに段階的に消費税率(国・地方)を一〇%まで引き上げ、当面の社会保障改革にかかる安定財源を確保する」と書かれています。
では、消費税を増税したら、すべて社会保障にあてられるのかというと、そうではありません(資料1)。国の赤字返済の穴埋めや地方への配分などにあてられ、消費税引き上げにともなう社会保障の支出増は、増えた五%のうち、せいぜい一%にすぎず、高齢化にともなう自然増で消えてしまいます。
一方で、「国家財政が大変だ」といいながら大企業の要望を受けて、「法人実効税率を下げる」と明言しています。(資料2)。法人税をことしの四月に三〇%から二五%に下げたばかりなのにです。さらに「将来は社会保障の公費全体について消費税を財源とする」とまで書かれています。
ここでいう「将来」とは、団塊の世代が七五歳になり、人口に占める割合がピークを迎える二〇二五年のことです。つまり、いまから一四年後には、社会保障 給付費への公費負担は、私たち国民自身が払った消費税ですべてまかなおうというのが「一体改革案」の正体です。
ですから、「一体改革案」で社会保障がよくなることはありません。具体的には資料3のような改悪がねらわれています。
<資料1> 社会保障・税一体改革案よりIII.社会保障・税一体改革の基本的姿 図=2011年7月4日付「全国商工新聞」より作成 |
<資料2> 社会保障・税一体改革成案よりIV、税制全体の抜本改革 |
<資料3> 「社会保障と税の一体改革」政府案の内容「一体改革」政府案(6月30日)に盛り込まれた内容 医療 介護 年金 子育て、保育 生活保護 共通番号制 消費税 「社会保障・税一体改革」政府・与党案および関連資料から相野谷氏作成 |
具体的な改悪内容は…
医療分野では、高額療養費制度(患者の窓口負担の上限額)を見直して、負担軽減を図ることが盛 り込まれています。これは歓迎すべき内容です。しかしその財源は、外来受診時に私たちが払っている三割、一割などの「定率負担」にくわえて「一回一〇〇 円」の「定額負担」を徴収してまかなうことが検討されています。これは国会決議に反しています。
二〇〇六年に採択された医療制度改革法の付帯決議では「国民生活の安心を保障するため、将来にわたり国民皆保険制度を堅持し、(略)…将来にわたり百分 の七十を維持するものとする(以下、略)」と決めています。つまり「今後国民に三割以上の窓口負担はさせない」と決議しているのです。
日本医師会は、ことし六月一五日の定例記者会見で「受診時定額負担は毎回一定額を支払うことになり、受診回数の多い高齢者には大きな負担になる」と指摘 し、「当初は定額一〇〇円であっても、いったん導入されれば、その水準が引き上げられていくことは、過去の患者一部負担割合の引き上げの例からも明らかで ある。その結果、高齢者や低所得者の方が受診を差し控えざるを得なくなることが懸念される」と述べています。
まさにその通りです。特に病気がちな高齢者ほど受診回数が多くなり、負担が大きくなることが懸念されます。
「子ども・子育て新システム」では、子どもを守るために設けられた保育人員・施設の国の最低基準を撤廃し、介護保険のように認められた「要保育度」に応 じて保育時間を決め、その範囲でしか子どもを預けられないようにすることなどがねらわれています。
このほか、年金の支給開始年齢引き上げや、物価や労働者の賃金が上がっても年金の受給額は上がらない「マクロ経済スライド」の導入、「障害者総合福祉法 案」提出、「社会保障と税に関わる共通番号制度」の導入などがねらわれています。
「共通番号制度」は、国民一人ひとりに番号をつけ、納めた税金・保険料の負担額と、社会保障で「いくら使ったか」という「受益額」を個人単位で明らかに することです。「保険料はこれくらいしか払っていないんだから、あまり使うな」とあからさまに突きつけるものです。
社会保障の根幹ねじ曲げる愚策
社会保障の原則は「能力に応じて負担し、必要に応じて給付する」ことです。憲法二五条は「すべ ての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めています。国は、国民全員が憲法二五条に保障された生活を営むために必要な給付を、 あたえなければならないのです。「お金を払った」「払わない」は関係ありません。社会保障の財源を消費税でまかなうということは、まさにこの根幹をねじ曲 げることです。この視点からも、消費税増税は許されません。
消費税は、「ワーキングプア」と呼ばれるようなギリギリの収入で暮らしている方や、生活保護を受給している方、少ない年金で暮らしている方なども支払わ なければなりません。消費税を上げれば、貧しい人はますます貧しくなり、貧困と格差を広げることにつながります。
さらに消費税の増税は、東日本大震災・福島第一原発事故で被害を受けた被災者の方がたにとっても大きな打撃になります。被災によって「仕事を失った」 「住居も失った」という方がたにまで消費税の負担を押しつければ、今でも大変な生活にさらに追い打ちをかけ、被災地の景気悪化に拍車をかけることになりま す。
2011年2月19日
|
目的は「自助・自立」
「社会保障の改革が必要」というなら、国民がどんなことに苦しみ、悩み、困っているのかという国民の困難を具体的につかみ、これを解決することを根幹にすえるべきです。
厚生労働省の調査でも、いまや日本の六人に一人(一六%)が相対的「貧困」層に該当し(二〇一〇年国民生活基礎調査)、生活保護を受ける人が急増してい ます。全日本民医連の「二〇一〇年国保など死亡事例調査」では、少なくとも年間七一人が経済的理由などから受診できず、亡くなったことがわかっています。 このような国民が直面している現実から出発して、「国民のいのちを守る」ことを中心にすえた社会保障改革が必要なのではないでしょうか。
厚生労働省が五月一二日に改革会議に提出した「社会保障に関する考え方」(定義)の冒頭には「自ら働いて自らの生活を支え、自らの健康は自ら維持すると いう『自助』を基本(以下、略)」とすると書かれています。こんな短い文章の中に、四回も「自ら」という文言があるのです。
国や厚生労働省が考える社会保障改革の目的は「国が責任を持つべき社会保障制度を個人の自助・自立にすりかえる」、これに尽きると言えるでしょう。
一体改革案に反対する世論大きく
この秋、「一体改革案」の中身を多くの国民に伝えて、消費税増税に反対し、社会保障の充実を求 める世論を大きくすることが必要です。そして、法人税を引き下げてもらいながら、巨額の内部留保をため込んでいる大企業に、きちんと応分の負担をしてもら う政治に転換していくために、読者のみなさんもともにがんばりましょう。
* *
全日本民医連では「一体改革案」の内容を批判するビラと、「社会保障と税の一 体改革の撤回」「社会保障の拡充」「消費税増税反対」「共通番号制度中止」を求める署名を作成しました。署名は三〇〇万筆以上を目標にとりくみます。ぜひ ご活用を。くわしくは各民医連事業所まで。(編集部)
全日本民医連が作成したビラ(左)と署名(右)
|
いつでも元気 2011.10 No.240