特集1 真の復興は新しい福祉国家づくりで “消費税増税なんてとんでもない”が被災地の声
甚大な被害をもたらした東日本大震災。多くの国民が被災地の現状に胸を痛めるなか、政府が真っ先に復興の財源として持ち出したのが消費税でした。
「被災者からもお金をとるというのか」などの批判を受け、政府は六月三〇日、「社会保障のため」に消費税を二〇一〇年代半ばまでに一〇%にするという方針をかためました(「社会保障・税一体改
革成案」)。
しかし被災者の実態を見るなら、消費税は震災の復興財源としても、社会保障の財源としてもふさわしくないことは明らかです。
被災地・宮城を訪ねました。
「クーラーもつけずに電気代を節約」
多賀城・城南地区の仮設住宅で開かれた健康相談会 |
宮城・坂総合病院(塩釜市)では、毎週木曜日、塩釜市・多賀城市にある仮設住宅に出向き、集会所を利用して健康相談会を開いています。
七月一四日は、多賀城・城南地区の仮設住宅(五四戸)での相談会。仮設住宅に住む、一三人の被災者が相談に訪れました。坂総合病院の医師二人、看護師五人が血圧・体重を測り、体調の変化を聞きとりました。
待っている間、お互いに近況を話し合う被災者たち。集会所はさながら診療所の待合室のようです。「あいさつ程度で、ふだんはほとんど会話しない」という住民らの表情には笑顔も。しかし、和やかに見える会話の中に、深刻な被災の現状が入り混じります。
共通して聞かれるのは、「何といってもお金が心配」の声。避難所では負担しなくてすんだ水光熱費なども、被災者自身が負担しなければならないからです。「クーラーやテレビもつけずに節約している」という声も。
坂総合病院の社保委員会事務局で、訪問活動の事務局を担っている神倉功・事務部長は、「経済的な不安を訴える方が多い。体調のケアをしっかりするためにも、この点での不安を取りのぞくことが不可欠です」と語ります。
六月二九日には、塩釜市伊保石地区の仮設住宅で、ひとり暮らしの高齢者が亡くなっているのが発見されました。光熱費を節約するためにクーラーの使用を控え、熱中症にかかったものと見られています。
相談会に訪れた被災者に「消費税が増税されるという話がありますが」と聞くと、口々に「とんでもない」「最悪!」という答えが返ってきました。「何でも庶民に負担を押しつけるのか」という当然の怒りです。
いま必要な“生活保障”
七月一〇日、東京都内で開かれた「三・一一後の日本で福祉国家を展望する」シンポジウム。日本での社会保障基本法や社会保障憲章の制定を提言するために集まった「福祉国家と基本法研究会」「福祉国家構想研究会」が主催したものです。
「国民の生活を保障するという点で、日本政府がいかに弱い責任しか果たしていないか、東日本大震災がはっきり浮かび上がらせた」。都留文科大学教授の後藤道夫氏は、集まった二七〇人ほどの聴衆に語りかけました。
後藤氏は、震災発生直後から人々が職を求めてハローワークにつめかけ、避難所で震災関連死と呼ばれる事態が相次いで起こったことを指摘し、「ふだんから 失業給付や年金、生活保護などの社会保障を充実させてこなかったことが、今回の被災者の苦難に直接つながっている」と述べました。
「こういう時だからこそ日本の社会保障の水準を根本的にあらため、グローバル・スタンダードになっている“生活保障”の考え方を中心に据え直すべき」と 語った後藤氏。「貧困を“貧弱な社会環境と少ない収入のために人並みの生活ができない状態”と幅広くとらえ、すべての国民にその水準を上回る生活を無条件 に保障すること。それがヨーロッパの先進国では当たり前になっている。最低賃金や失業給付、年金や生活保護、医療・介護や保育・教育など、すべての施策が 国民に最低限の生活を保障するシステムとして機能するよう、総合的につくりかえる必要がある。それは本来、日本の憲法二五条が求めている姿だ」と。
後藤氏はさらに社会保障の財源にもふれ、「富が集中している、グローバル大企業に応分の負担をさせる必要がある」「日本の事業主負担はヨーロッパ諸国と くらべても低く、お金を出さなさすぎる」と(図)。社会保険料と法人税をヨーロッパ並みに負担させることで、約二七兆円の財源が生まれると指摘しました。
強まる構造改革の圧力
同じシンポジウムで、一橋大学名誉教授の渡辺治氏は、「三・一一後の政治状況と福祉国家」と題して発言。
経済同友会が四月六日に出した「第二次緊急アピール」などにこたえる形で、「菅直人首相は、東日本大震災をテコにして、構造改革路線への回帰の姿勢を いっそう鮮明にした」と述べました。「アピール」には、震災からの「復興」の名のもとに、「原再稼働」や「規制緩和による農漁業への企業参入」など、財界 の要求が盛られていました。
政府の「社会保障改革に関する集中検討会議」も、生活保護の切り下げや医療費窓口負担に定額を上乗せすることなどを提言。それを受けて六月三〇日、政府 は医療費の窓口負担増、年金の受給額減など社会保障を改悪する一方、「社会保障のため」といって二〇一〇年代半ばまでに消費税を一〇%に上げる方針を打ち 出しました。
渡辺氏は「財界の圧力のもと、構造改革型の復興構想が強力に推進されようとしているなかで、それに対抗する私たちの対案、すなわち大企業本位でない経済・財政構想や憲法二五条にもとづく福祉国家構想を対置していくことが、いまこそ重要だ」と訴えました。
消費税増税は最悪の選択
先進国で“グローバル・スタンダード”になっている生活保障の考え方や憲法二五条の“あるべき姿”に照らして、東日本大震災の被災者が置かれた状況は、過 酷です。「少なくとも元の生活に戻りたい」と切実な叫びをあげる被災者たちの声に耳を傾け、政治が役割を果たすことが求められています。消費税増税は、生 活基盤回復の見通しがつかない被災者をさらに苦境に突き落とす最悪の選択です。
前出の神倉さんは、「阪神大震災や中越沖地震という経験があったにもかかわらず、災害救助法を抜本的に改正しておかなかったのがそもそも問題」と語りま す。「一九四七年制定の同法は、緊急避難的な七日間の対応しか規定しておらず、今回のような大規模な災害に対応しきれないのは明らかだった」と神倉さん。 長期にわたる避難生活、被災地復興を国や自治体がどのように責任をもってささえるかが問われています。
憲法25条を輝かせる道こそ
先述のシンポジウムで、渡辺氏は発言をこう締めくくりました。
「三・一一は終戦記念日(八・一五)と同じように、今後日本人の記憶に長くとどめて振り返られる日になる。『三・一一を契機に構造改革の政治が見直さ れ、新しい福祉国家の道への模索と探求が始まった』といえるかどうか。運動は生き残った私たちの責任であり、成否は私たちの決意にかかっている」
東日本大震災からの復興が、新しい日本の夜明けとなるか。消費税増税に反対する私たちのたたかいは、憲法二五条を輝かせる国づくり、新しい福祉国家づくりにつながるたたかいでもあります。
震災からの真の復興に向け、国民の困難を具体的に突きつけながら社会保障のあり方を探り、国民の生活を権利として保障する国づくりの運動が求められています。
文・武田力記者
「娘の墓もたててあげられない」
~生活再建へ道のり遠く~
多賀城市内の仮設住宅に住む
籠要人さん(74)
「このままいくと精神的にまいってしまう…」。 眞籠(まごめ)要人さんは、心の中の苦しみを押し出すようにつぶやきました。
籠さんは、5月17 日から多賀城市内の仮設住宅に暮らしています。建築設備業を営んでいましたが、3月11 日の大津波で自宅と仕事場を一度に失いました。家財道具や工具・材料などは、海水に浸かって使い物にならなくなってしまいました。
さらに、 籠さんには16 年前に脳血栓で倒れて以来、生活のすべてにサポートを必要とする要介護度4の妻がいます。妻はデイ・ケアの施設に行っていて無事でしたが、近くに住み、何 かと生活を助けてくれていた長女は、津波の犠牲に。4月、遺体で発見されました。
「火葬はしましたが、まだお墓も何もたててあげられなくて。最低限のこともできず、本当にかわいそうでつらい」
津波に遭った仕事場から、建築設備の資材が運び去られる盗難被害にも遭いました。震災発生から4カ月の間に貯金は底をつき、月約6万円の年金と親族から の借金でしのいでいます。いまは減免されているものの、「月6万円ほどかかる」という妻の介護費用も気がかりです。
「国や行政に要望したいことは?」と聞くと、 籠さんは「元の生活に戻りたい。そのためにも仕事や雇用のことをなんとかしてほしい。体力は落ちたが技術はもっている。働いて生活費の足しにしたい」と。
仮設住宅に移っても、生活が安定するわけではありません。食事や水光熱費を自前で負担しなければならなくなり、逆に経済的負担は増えます。生活再建への苦難の道は、むしろこれから始まるのです。
いつでも元気 2011.9 No.239