特集2 東日本大震災後の心のケア 被災地支援者の心の健康について
全日本民医連は東日本大震災直後から、被災地をささえようと支援活動をおこなってきました。支援では甚大な被害で大きなショック をうけている「こころ」のケアも重要です。「東日本大震災後の心のケア」―第1回は、被災地支援者と被災地以外の方の心のケアについてです。(次回は9月 号)
田村昭彦 福岡・九州社会医学研究所・理事長(産業医) |
今回の東日本大震災は広範な被害をもたらしています。福島原発事故も収束にはほど遠く、震災・原発事故被災者への支援活動は、今後も長期にわたって求められます。
被災地をささえようと支援に行かれたみなさん、これから行かれる共同組織、職員のみなさんに心から敬意を表します。
支援に行かれた方がたのなかに、心身の不安を訴える方も出ています。支援活動から帰ってきたみなさん、帰任されてから体調を崩されていませんか? 甚大 な被害を目のあたりにし、悲嘆にくれる被災者の方がたと直接接してこられた皆さんが、体調を崩されていないだろうかと私は心配しています。支援者の心の健 康について、産業医の立場からアドバイスしたいと思います。
支援から帰ってきた方に
「あの対応でよかったのだろうか?」「もっとできることがあったのではないか?」など自問自答されている方もいるのではないでしょうか?
あなたは、できることを精一杯してこられたのです。自分自身を誇りに思ってください。
■帰任後の症状で気をつけること
大災害の支援活動をされた方に、一時的な気分の高まりや無力感が出ることは、正常な心の反応です。多くの方は次第におさまってきます。
しかし、被災地から帰ってきた後も引き続き眠れない、気分が落ち込んでしまう、ささいなことに腹が立ってしまう、人に対して攻撃的になってしまう、など の状態が続くようでしたら、仲間やご家族と相談してカウンセリングを受けたり、心療内科・精神科を受診してみてはいかがでしょうか。先ほどのような状態を 長引かせないことが大切です。
これから支援に行く方に
支援に行かれる皆さんが元気で被災地から帰ってくることも「支援活動の一つ」です。さまざまなことを一人で抱え込まないことが大切です。
避難所生活も3カ月を超え、被災者の方もやり場の無い怒りや不安を抱えておられます。そうした感情が支援者に向かうこともあるかもしれません。しかし、 すべてを支援者が解決できるわけではありません。自分のすべきことを把握し、確認してください。日報や日誌をつけることも良い方法だと思います。
■“振り返り”と“睡眠”を大切に
支援に行った先では「一人ぼっち」にならないように特に気をつけましょう。夜は、一緒に行った仲間や全国から来た支援の仲間と、一日を振り返りましょう。自分たちがおこなったことの意味を確認することが大切です。
支援先で十分な休養をとることは、難しいかもしれません。しかしできるだけ睡眠をとるように心がけてください。好きな音楽を聴いたりストレッチや体操を して体をほぐすことも効果があります。また自宅や友人との電話やメールなど、日常生活との接点を持つことも大切です。
もし、落ち込んでしまったり、眠れない、逆に興奮しすぎてしまうなどいつもと違うと感じたら、早めに仲間や職場に相談してください。休養をとるなど、早めの対処が重要です。
「皆が頑張っているのに」とか「被災者のことを思うとこれくらい」といった気持ちになるかもしれません。全く自然なことですが、体調を崩さないことも 「支援活動の一つ」です。帰任後は、少なくとも2日は休養をとってください。
皆さんを送り出してくれた仲間も、被災地のことや支援に行かれた皆さんのことを心配されています。救援活動について話せるようであれば、自らの言葉で 語ってください。無理に形式ばった話をする必要はありません。体調が優れない場合は無理に話す必要はありません。
帰任後、心の健康が優れないときには、先にお話ししたように専門家の力を借りることをお勧めします。
職場管理者の方へ
支援者を送り出す前に、被災地での活動について教育をおこなってください。その際、心の健康に関する教育をしっかりおこなってください。そして、支援者が帰任されたときには、心身とりわけ心の健康に気を配ってください。
■帰任後は休養とカウンセリングを
まずは、帰任後最低2日は連続して休養が取れるように、勤務体制を調整してください。また、全員がカウンセリングを受けられるように、しくみを整えてく ださい。普段どおり振舞っている支援者も「心の傷」を受けています。「あの人は大丈夫」と決めつけないでください。必要な場合は専門家の力を積極的に借り てください。
支援者からの報告は、共感的立場で聞いてください。報告会などを企画されているところもあると思いますが、支援者の体調に十分配慮して実施してください。
心の健康問題に関しては、国立精神・神経医療研究センターや日本心理学会、さらに北里大学の和田耕治先生作成の「津波・地震において自分、家族、同僚、 地域の健康を守るヒント集」のホームページなどに「支援者のためのメンタルヘルス」に関するアドバイスが載っています。管理者の方はぜひ参考にして対応し てください。
特集2 東日本大震災後の心のケア 被災地以外の方の“心の不安”への対応
雪田慎二 埼玉協同病院副院長(精神科) 全日本民医連被ばく問題委員 |
今年3月11日の地震と津波、それに引き続く福島第一原発事故による放射能汚染と、日本全体を揺るがす事態が立て続けに発生しました。被災地はもちろんのこと、被災地以外に住む方がたの生活や心にも、大きな影響を及ぼしています。
震災以後、私が担当している埼玉協同病院の精神科外来にも震災・原発事故に関する心の相談が寄せられています。内容は様々ですが、その多くは「なるほど」とうなずけるものばかりです。
余震や映像によるショックで
もっとも多い相談は余震に関するものでした。「いつも揺れている感じがする」という地震酔いや、いつ地震が来るかわからないので安心して眠れない、緊急 地震速報が怖い、といった訴えが相次ぎました。一時はかなり混乱し、「外に出るのが怖い」など日常生活に支障をきたした方もいましたが、その多くは特別な 治療は必要なく、冷静に話し合うことで徐々に本来の生活に戻っています。余震が減ったことも安心感につながったと思いますが、あわてずに時がたつのを待つ ことが大切です。
テレビなどで津波被害の映像を目の当たりにした精神的ショックを、引きずった方も多かったと思います。それは無理もないことです。津波で多くの方が犠牲 になったことを考えると、冷静ではいられないのがむしろ普通です。しばらく不安な気持ちが続いてもあまり病的な問題と考えず、これだけの災害があったので すから、当然起こりうる感情の反応と考えてよいと思われます。
まずは不安感を受けとめて
原発も含めて今まで安全と思われていた日常生活が、実は私たちの想像以上に危ういものだったということに気づかされたのも今回の震災です。自分の住んで いる地域でも大きな地震が起きるのではないか、津波対策は大丈夫か、原発は本当に安全なのか、いざというとき赤ちゃんやお年寄りを抱えてどこに避難したら いいのかなど、考え出すと不安は尽きません。しかも、いずれも現実的に起こり得る問題です。
したがって、「心配しすぎ」「過剰反応だ」「今回のような想定外の災害はそう簡単に起きないから大丈夫」といった対応で、不安感を否定するのは適切とは 言えません。「そういった不安をもつことも当然のことだ」と周囲も理解することが大切です。現実的な不安としてまず受け止め、そして今、私たちに何ができ るかを冷静に話し合うことが求められます。
復興に心を寄せて
もっとも大切なのは、被災地に対する生活支援活動です。これが成功するかどうかが、被災地だけではなく国民全体の安心感につながると思われます。生活支 援のないところに安心はありません。困った時に全国から人や物や義援金が集まり、被災者を孤立させない、そうした国の姿が国民一人ひとりの不安を軽くして くれるのだと思います。
被災地以外のみなさんも、さまざまな不安を共有しながら、被災地の生活再建と復興に心を寄せることが大切です。その時に、被災地でのボランティア活動に 参加できないからいって自分には何もできない、何も貢献できていないと悲観する必要はありません。もちろん義援金として寄付をすることなども大切ですが、 自分自身がいつもの生活を取り戻し、いつものように買い物をし、いつものように出かけることも、回りまわって経済活動への貢献、被災地の支援につながりま す。過度に生活を萎縮させないことが大切です。
放射能汚染は冷静な対応を
もうひとつの大きな心配は、放射能汚染です。これまで「安全」だと宣伝されていた原発も、いとも簡単に冷却装置が機能しなくなり、多くの放射性物質を放 出する事態になりました。いつ収束するのか先が見えない中で、「放射線被ばくにより将来がんが増えるのではないか」「水や野菜は本当に大丈夫か」「子ども たちの成長に悪影響はでないのか」といった不安が出るのは当然のことです。特に、小さいお子さんがいる家庭や妊娠中の方がたは、どんな説明を聞いても安心 できない、というのが率直な気持ちだと思います。
今一番大切なのは、国や東電に正確な情報を出させ、放射線の健康への影響について国民に正しい知識を持ってもらうことです。健康被害を軽視することはできませんが、いつも通りの生活を維持することが今は大切と考えられます。
不安感が続けば受診を
今回お話ししたように、地震や放射能汚染に関する大きな不安は時間とともに落ち着くものが多いと考えられますが、不安な気持ちが少し長引いてしまう場合があります。
「眠れない」「食欲が落ちる」「いろいろなことが気になって仕事や家事が手につかない」「一人になると不安である」――こういうような状態が続いてしまい、生活に支障をきたすような場合は、医療機関の受診が必要かもしれません。かかりつけの医療機関があれば、まずそこで相談してみるのがいいでしょう。話しただけでも気持ちが楽になるかもしれません。
不安感が強い場合は、落ち着くまでのあいだ不安を軽減するための薬が必要な場合がありますので、精神科や心療内科を受診し、相談することをお勧めします。不安感、緊張感がほぐれれば通常の生活が送れるようになりますし、落ち着けば薬を飲み続ける必要もありません。
つらい状態が続く時はあまり一人で抱え込まずに、医療機関にご相談ください。
イラスト・井上ひいろ
いつでも元気 2011.7 No.237