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いつでも元気

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民医連綱領 実践のゲンバを行く!!(8) 歯科の無料・低額診療事業 「医療費払えない」患者さんに接して学んだ“問診”の大切さ 福岡・千鳥橋病院付属歯科診療所

 いのちと健康、人権を守ろうと民医連ががんばるおおもとには、綱領に掲げられた理念があります。綱領の実践を紹介する連載。八回目は、経済的に困難な患者さんの医療費窓口負担を減額・免除する無料・低額診療事業をおこなっている、歯科診療所のとりくみです。

「お金がないから…」と治療を拒否

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ビルの2 階にある千鳥橋病院付属歯科診療所
千鳥橋歯科の名で親しまれています

 「歯が痛むので治療してほしい」――昨年、福岡・千鳥橋病院付属歯科診療所(千鳥橋歯科)に やってきたUさんを担当したのは、歯科衛生士の林田智美さん(25)でした。「いま痛みがある一本だけを治療してほしい」と訴えたUさんでしたが、口の中 をのぞくと虫歯は広範囲にわたっていました。
 林田さんは問診で「他にも治療が必要な歯があります。この際、全部治療しませんか」とすすめましたが、Uさんは「痛む歯だけでいい」と断りました。
 その後、一本の歯の治療を開始したUさん。治療に通い林田さんと何度も接するうちに、Uさんはいろいろな話をしてくれるようになりました。歌手の長渕剛 さんの大ファンで、歯を治して一二月におこなわれる長渕さんのライブに行きたいと思っていること。障害年金を受けながら就職活動を続けているが、なかなか 仕事がみつからず、経済的余裕がないこともわかりました。
 努力しても仕事につけず、治療を十分受けられないという現実。「こんなにがんばって生きている人がお金がないために治療できないなんて…。何とかできな いだろうか」と林田さんは香月俊彦所長に相談。所長も「全部の歯を治そう」とすすめても首を横にふるばかりのUさんに対して、林田さんと同じ思いをもって いました。「無料・低額診療事業の適用になるのでは」と所長。同診療所の永井由紀子事務課長がUさんの父親と面談、同事業の適用が決まりました。収入が生 活保護基準を下回っていたため、医療費の自己負担は全額免除に。治療費の心配がなくなり、Uさんは全部の歯を治そうと、いまも通院しています。

医療を受けられない要因は“社会”

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「問診では患者さんの表情や目の動きに注目しています」と林田さん

 林田さんは診療所に勤める前、民医連ではない歯科医院に勤めた経験をもちます。そのころは「お金のない人が医療にかかれないのは当たり前。お金がないとか、仕事がないというのは、怠慢だと思っていた」と語ります。
 しかしUさんに接して初めて「医療にかかれない人とはどんな人なのだろう」と考えるようになりました。林田さんは同診療所で無料・低額診療事業の適用に なった患者さんが同事業の適用になるまでの経過を調べたり、永井さんの助言で全日本民医連の月刊誌『民医連医療』(二〇一〇年七月号)に掲載されていた同 事業に関する論文にあたりました。
 学ぶなかで「貧困」や「孤独」が要因で医療にかかれない現状があることを学びます。そして、それらの要因は個人の問題ではなく、社会に問題があることに 気づきました。林田さんの「お金がないのは怠慢だ」という認識は変わりました。

年々、生活がきびしくなる社会

 「ここ数年、行政から診療所を紹介され、無料・低額診療事業の適用になる患者さんは増えてい る」と永井さんは言います。同事業適用の患者さんが、おなじように医療費に困っている患者さんを連れてきたり、区役所から「生活保護の支給は認められない が、無低で診療してもらえないか」というケースも。
 昨年夏には、宮崎県で派遣切りにあい、仕事を求めて福岡に出てきた青年が受診しました。夜行バスで博多駅に到着した朝、歯が痛むので交番で歯科医院をたずねると、紹介されたのが千鳥橋歯科診療所でした。
 治療が終わり「これからどうするの?」と声をかける永井さんに、「現金は少し持っているし、なんとか仕事を探してみようと思う」と話す青年は涙ぐんでい るようにみえたといいます。「困ったときは電話して」と千鳥橋病院の電話番号をメモに書いて手渡しました。
 今年になって来院した六〇歳の男性は、ビル建設に関わる仕事に就いていました。歯の痛みがありながらも、仕事が減って収入が少ないため治療をあきらめて いました。いよいよ痛みに耐えられなくなり、現場の親方からお金を借りて受診した方もいました。
 「大学を卒業してこれから自立して働こうとする若者たちや、これまで力を尽くしてがんばって働いてきた五〇代、六〇代の人たち。生まれながらにして、あ るいは病気で障害者となった人たち。毎日のようにハローワークに通いつめても仕事がなく、不安を抱えて過ごしている人に接するたびに、この国に未来がある のだろうかと考えさせられてしまう。努力する人たちが報われるような社会保障制度の拡充が必要だと感じます」と永井さん。

求められる“読み取る力”

 診療所では水曜日の夕方、全職員で事例検討をおこなっています。患者さんの治療方針とともに、歯科衛生士、事務からも気になる患者さんのそぶり、気づいたことなどを出し合い、診療にいかそうと毎週欠かさずおこなっています。
 Uさんの事例を通して、林田さんはあらためて「問診の大切さを実感している」といいます。「健康状態をつかむだけではなく、経済的な理由で中断してし まったら、治療が十分できなくなる。途中で中断することのないよう、問診は時間をかけてしっかりやらなければ」と林田さん。「お金がない、生活が苦しいと いう状況はなかなか口にしにくいもの。それだけに医療従事者がそのことに気づくことこそ重要だと感じたんです。患者さんの表情や視線から気持ちを読み取る 力が、私たち職員に求められていると思います」。
 医療人として、人権のアンテナの感度を磨き続けるという、綱領実践の一角にふれました。
文・宮武真希記者/写真・豆塚 猛

いつでも元気 2011.6 No.236