元気スペシャル 99年の旅路から生まれた詩 親子2人3脚のよろこび 詩人・柴田トヨさん
『くじけないで』という詩集が売れています。二〇一〇年三月に発売されて以来、約七五万部を突破。
著者は九九歳の柴田トヨさん。九〇歳を過ぎてから詩を投稿しはじめた、いま話題の人です。
実はトヨさん、栃木県民医連・宇都宮協立診療所の往診患者さんで、栃木保健医療生協の組合員でもあります。
一〇月下旬、宇都宮市内のトヨさん宅へうかがいました。
「ちょっとチクッとしますよ」
急に寒くなったからか、少し体調を崩されたようす。記者がうかがった時は、ちょうど往診中で、腰の痛みをやわらげる注射をされているところでした。
診療所の往診は月二回。ことし五月からトヨさんの主治医を務めるのは、武井大医師です。
「無理しないで、具合が悪くなったら遠慮なく呼んでくださいね。『トヨさんにお会いできる』って、他の医師も喜びますから」。武井医師は、こういってトヨさんに優しく笑いかけました。
ひきだしから紙片が出てきて
「思い出 I」 子どもが 肩を並べて |
往診する武井医師 |
いよいよトヨさんご本人にインタビュー。詩集が評判になっている感想を聞くと、「思いがけないことで、うれしい。テレビで『笑点』を見ていたら、大喜利の出題にも使われていて、あれにはびっくりした」と話します。
トヨさんの詩の才能を“発見”したのは、息子の柴田健一さん。豊かな感性をもつ文学青年のような雰囲気の男性です。
「ひきだしから紙片が出てきましてね。あまりにいい詩だったので、てっきり何かを写したものかと思ったんですよ」。八年前のことでした。
それから、母と息子共同の“詩作”がはじまりました。トヨさんの詩の題材は、身のまわりのものや若き日の思い出。トヨさんが言葉を紡ぎ出し、息子さんが 声に出してみて、心に添うと思ったフレーズをすくいとっていく作業は、まさに二人三脚です。いまでは母と息子の大切なコミュニケーションの場にもなってい ます。一つの詩をつくるのに、一週間も一〇日もかかるのだとか。
全国から届くファン・レター
「トヨさんは多くの方々の声を代弁している」と話す関口医師 |
二人にとって何よりうれしいのは、読者から届く感想やファン・レターです。
「この前も一〇歳の女の子から手紙がきましてね」と健一さん。読み上げようとして、すぐに涙ぐんでしまいました。
手紙には「『扇風機』という詩に感動したこと」「トヨさんの姿から亡くなったひいおばあさんを思い出したこと」「詩集から勇気をもらい、いつもそばに置いていること」などがつづられていました。
なかには、「詩集を読んで自殺を思いとどまった」などという、深刻な内容の手紙も届きます。
「人様のお役に立てて本当によかった」と健一さん。「作曲家の船村徹先生にも詩を読んでもらったし、韓国語に翻訳されて出版されるという話もあるし、この歳で全部夢がかなったんですよ」
トヨさんは、「来年一〇〇になるでしょ。一日一日を大事に暮らしていきたい」と、ゆっくりかみしめるように話してくれました。
「医師として成長させられた」
「目を閉じて」 目を閉じると 私を呼ぶ 母の声 九十二歳の今 「先生に」 私を 「柴田さん |
チームになってトヨさんを支える |
「トヨさんの詩を読んで、実は反省させられたんですよ」
こう話してくれたのは、診療所所長の関口真紀医師。トヨさんとのつきあいは一〇年以上になります。
「『目を閉じて』という詩がありますね。当たり前のことですが、トヨさんにも若い娘時代があったんだなぁと。子どもから大人になって、夢を見たり、希望 を持ったり、絶望したり…。そういう心の旅路を経て、いまここにいらっしゃるんだと。医師はともすると、目の前の“小さなおばあさん”という感じでしか見 なかったりするでしょう」
さらに、関口医師を驚かせたのは、トヨさんの詩が持つ、社会への冷徹なまなざしです。
「『先生に』という詩のように、『そんなバカな質問はしないで』っていうのは、多くの方がおっしゃいます。でも、後半の西条八十や小泉内閣というのは、 なかなか出てこない。社会を冷静に観察して、『世の中これでいいのか』と問いかけている」
「寒くなってきたのでお気をつけて」 |
関口医師は、トヨさんの詩を通じて、他の患者さんとの接し方にも変化が生まれたといいます。
「その人の生きてきた背景、人生に思いをはせるようになった。みんないっしょうけんめい生きてきたんだなぁって。そして、ひとりひとりが豊かな感性や精 神世界を持っている。それを尊重しなければと。それぞれの方の人生が愛しくなるというか。トヨさんはそういう方々の声を代弁してくれている。私も医師とし て成長させられました」
素顔は「おしゃれ」「考え方が若い」
福田さん(左)と天谷さん |
トヨさん宅には、介護ヘルパーが毎日二回、訪問看護師が週二回、通っています。合計八人ほどのスタッフが、チームになってトヨさんの生活を支えます。
「介護サービスセンター・虹」のセンター長を務める天谷美恵子さんと、トヨさんのケアマネジャーを務める福田文子さんにお話をうかがいました。
まず、ふだんのトヨさんについて、「おしゃれ」といったのは福田さん。
「訪問看護師として関わりはじめた二〇〇三年頃、『他人の家に来るのに、化粧ぐらいして来なさい』といわれて。お風呂の介助で汗だくになるので、こちら は無頓着というか…。『女性はいつまでも美しくしていなさい』という教えだと受けとめました。いまでもトヨさんのお宅へうかがう時には、明るい色を着るよ うに心がけるんですよ」
「考え方が若い」といったのは天谷さんです。
「九〇歳を過ぎてから詩をはじめて、投稿を続けるというのは、すごい意欲ですよね。そして、何より息子さん思い。『家族のことを心配しながら夢中で生きてきて、気づいたら九九歳だった』なんておっしゃる」
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トヨさんの詩について、「子どもを授かったよろこびや家族関係のことなど、時代が変わっても変わらない普遍的な感情を、短い中に込めている」と福田さん。
「言葉の選び方が上手で、わかりやすい言葉がスッと心に残る」と天谷さんはいいます。「トヨさんは早めに床に就くので、深夜に目覚めることがあって、そんな時に詩が浮かぶらしいですよ」と、教えてくれました。
最近のトヨさんの口ぐせは、「自分もくじけちゃいられない」なのだとか。多くの読者が共感し、日本中が共鳴した「くじけないで」は、トヨさん自身をも奮い立たせる言葉なのです。
トヨさんにとっての詩作とは、誰もが感じる老いの不安や孤独を昇華するための作業なのかもしれません。
文・武田力記者
写真・牧野佳奈子
いつでも元気 2011.1 No.231