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いつでも元気

いつでも元気

元気スペシャル 工場周辺住民に健康被害 劣化ウラン汚染、アメリカでも 写真家・森住 卓

genki227_01_01 「工場の煙突からは、毎日黒い煙が出て、空は真っ黒だった。近くの池には二つの頭の亀や腫瘍ができた魚がいた。夏にはこの池で泳いで遊んだ。変な、おできができた野ウサギがいた」と、トニー・シェラフェローさん(58)。

 
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工場跡地には「立ち入り禁止」の看板。「若いころ、バイクで土煙を上げながらこの広場を走り回ったんだ。だから劣化ウランの粒子をたくさん吸い込んでしまった」と近所に住んでいたジョセフ・リトさん(右、46)。左がトニーさん

 ナショナルレッドインダストリーズ(NLI)は、ニューヨーク州の州都アルバニーで、一九五〇~七〇年代にかけて劣化ウランの削りカスなどを燃やし続け、周辺に劣化ウランをはき出していた。

 

イラクと同じ苦しみ、ここにも

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トニーさんはNLIに隣接した家から隣町へ引っ越したが、関節痛で正常に歩けない。心臓手術跡が痛々しい

 ニューヨーク市のマンハッタンから車で北へ三時間、アルバニーに着く。建国の時代にまでさかのぼることができる、アメリカでも歴史の古い町だ。この市の郊外に、NLIの工場があった。
 NLIはここで一九五八年から一九八一年までウラン製品を製造していた。七〇年代には劣化ウラン弾や飛行機のバランサー(機体の平衡を保つ部品)を作っていた。いわゆる国防省やエネルギー省と深い関係にある兵器産業だ。

 
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トニーさんが描いた当時の工場のようす

 劣化ウランとは、天然ウランを核兵器や原発の燃料にするために濃縮した後に残る、放射性廃棄物だ。原発の使用済み燃料も劣化ウランと呼ばれている。劣化ウランは固くて比重が大きいため、この性質を利用した貫通性の高い砲弾がつくられ、湾岸戦争で初めて使われた。
 その後もボスニア、コソボ、再びイラクで使われ続け、アフガニスタンでも使用が疑われている。これらの地では、戦闘が終わっても劣化ウランによる被曝や 重金属毒性と思われる住民や兵士の健康被害が問題になっている。そして同じ劣化ウランが、アメリカでもアルバニー市民の健康を蝕み続けている。

がん、甲状腺や心臓の障害…

家族中を襲った健康被害

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マーシャさん

 トニーさんは七歳の時にNLI工場の南側に引っ越してきた。
 「まもなく足のしびれ、体中の痛みが始まった。一日中だるくて、体を動かすことが辛かった」
 一三歳のとき、原因不明の高熱で二週間入院した。
 その後二回も心臓を手術し、現在ペースメーカーを入れている。二年前にも肺に原因不明の腫れ物ができ、これも手術した。
 父は五年前に肺がん、母は二一年前にやはりがんで亡くなった。母は庭いじりが好きで、いつも土をいじっていた。「その土が汚染していたのだ」とトニーさんはいう。
 四人いる兄や姉も甲状腺異常、関節炎、クローン病(腸が炎症や潰瘍を繰り返す難病)などを患う。彼らの子どもたちも口蓋裂(唇が裂ける)、腎臓、知的障 害、甲状腺異常、痛風、高血圧、心臓の障害などさまざまな病気を抱えている。
 「賠償されて当たり前だと思います。人生をこんなに苦しんで終わるのは嫌です。健康な身体を返してほしい。怒りでいっぱいです」
 トニーさんは、悔しそうに唇をかみしめた。

薬代だけで月1万円余

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工場閉鎖後も敷地外に低レベル放射性廃棄物をドラム缶に詰めて捨てていた跡地

 同じく工場の隣接地に住んでいた女性・マーシャさん(53)。甲状腺異常、糖尿病、骨粗しょう症、乳がんを患っている。
 二人目の子どもは「生まれたときから病気で、健康なときはなかった」という。ダウン症で心臓が弱く、白血病にもかかり、わずか四歳という幼さで亡くなってしまった。
 スザンナ・スタイナさんも、かつて工場周辺に住んでいた。現在、甲状腺異常、中枢神経が侵される多発性硬化症、クローン病を患っているが、薬代だけで一二五ドル(日本円で一万円余)もかかってしまう。
 スザンナさんの父親は直腸がん、母親は甲状腺がんで亡くなった。兄は糖尿病を患い、妹は子宮の病気を抱えているという。

危険性、教育されず

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スザンナさんは月に薬代だけで125ドル(日本円で1万円余)もかかってしまう。父も母もがんで亡くなった

 「劣化ウランを旋盤やレザー研削機などで加工した。るつぼで溶かし、削りカスを毎日焼却炉で燃やし続けた。労働者は簡単な布製の防護服にマスクで作業を続けた。劣化ウランの危険性についての教育などは受けたことがなかった」と元NLI労働者は証言する。
 煙突からはき出された劣化ウランの微粒子は地表に降り注いで土壌を汚染し、やがて地下水を汚染した。二〇年以上にわたって環境に放出した劣化ウランの総量は五トン以上といわれている。
 一九七九年、ニューヨーク州環境局は工場の臨時閉鎖を命令した。一九八〇年の土壌調査では、工場から六〇〇メートルの範囲でかなりの劣化ウランがみつかった。
 しかしNLIは劣化ウラン汚染による健康被害を認めず、汚染除去もしないまま、一九八四年、エネルギー省に工場の敷地を売却し、オーバニーから撤退してしまった。結局、汚染除去はエネルギー省が行った。
 「つまり、国民の税金で取り除いたのさ」。劣化ウラン汚染の補償と汚染除去を求めてとりくむ地元活動家のトム・エルスさん(67)は語った。

急がれる健康調査、実態解明

 アメリカ政府や州当局による、労働者や周辺住民への大規模な健康調査はされていない。
 「三〇年後のいま、実態を解明するのはたいへん難しい」と、汚染問題の研究を続けるデービッド・カーペンター教授(アルバニー大学健康・環境研究所)は、調査の難しさを指摘する。
 「大規模な住民の健康調査や尿検査が必要です。しかし尿検査をするには、一人一〇〇〇ドルもの費用がかかります。個人の力ではできません」
 三〇年前の汚染がいまも労働者や住民と、その子どもたちの健康を蝕み続けている。被害を受けた住民の姿は、イラクの人々の苦しみと重なり合って見えてくる。イラクで劣化ウラン弾を使ったアメリカ政府は、自国の市民も犠牲にして劣化ウラン弾を生産し続けていた。

いつでも元気 2010.9 No.227