新連載 民医連綱領実践のゲンバを行く!! 無料・低額診療事業で 地域の駆け込み寺に 高知・潮江診療所
四九年ぶりに改定され、バージョンアップした民医連綱領。いのちと健康、人権を守ろうと民医連ががんばるおおもとには、綱領に掲 げられた理念があります。その実践を紹介する新連載。第一回は、生活困難者を対象に医療費を減免する「無料・低額診療事業」です。高知の潮江診療所を訪ね ました。(文・武田力記者)
知子さん |
「いま生きていられるのも岡村さんのおかげです。本当にお世話になりました」
知子さん(仮名・48歳)は岡村啓佐事務長に向かって深々と頭を下げました。
交通警備員の仕事をしながら、息子の隆司さん(仮名・24歳)を女手ひとつで育ててきました。時期によって週二~三日しか仕事がないことも。体調も収入 も安定せず、家賃を滞納したりと、生活もままなりませんでした。国民健康保険料の納入はどうしても後回しになってしまい、通常の保険証ではなく、有効期間 の短い短期保険証を発行されていました。
隆司さんはいじめなどが原因で、中学校のころからひきこもりがちに。ぜんそくのほか、痛風や座骨神経痛なども抱えていましたが、医療費を払えないため病院にかかることができませんでした。
昨年八月、隆司さんの尿に血が混じるようになりました。「さらに右目が見えないと言いだしたんです」と知子さん。
ただごとではないと感じた知子さんは一〇月二〇日、高知市役所に電話で相談。すると市役所は、一〇月一日に無料・低額診療事業を始めたばかりの潮江診療所を紹介したのでした。
「診療所に電話したら、岡村さんが電停(路面電車の停留所)まで車で迎えに来てくださって…」
隆司さんの血圧を測ったところ、上はなんと二八〇! 電停から二〇分ほどの距離を歩いてくること自体、いのちにかかわる状態でした。高血圧に加え、心不 全と腎不全におちいっており、高知生協病院に緊急入院となりました。
高血圧の薬が手放せず、いまも心配な状態は続きます。
「それでも『病状の悪化と事業のスタートと、すごいタイミングだったね』と息子に話しました」と知子さん。
「もし診療所の助けがなかったら、息子を殺して私も死んでいたかも…」
まさに無料・低額診療事業がいのちを救ったのです。
※無料・低額診療事業とは |
取材中にも舞い込む相談
取材中にも相談が舞い込む。対応する岡村啓佐事務長 |
事業を開始して一年も経っていませんが、知子さん親子のようにギリギリまでがまんして駆け込んでくる患者は後を絶ちません。
美代子さん(仮名・59歳)もその一人。野外生活を余儀なくされていた美代子さんは、ことし二月、公園でホームレス仲間の”おじさん”に声をかけられて、診療所を知りました。
「三年ほど前から胸にしこりがあって。診療所で診てもらったら『乳がんです』と。『まさか!』という感じでした」
腫瘍は三センチもの大きさになっており、すぐに入院、手術に。いまは住まいも決まり、生活保護を受けながら治療を続ける毎日です。
パートで清掃員をしながら生計を立ててきた美代子さんは、時給六〇〇円台の低賃金のため家賃や光熱費を払いきれなくなり、住まいを失ってしまったのでした。公園から仕事に通う生活を一年も続けていました。
「なるようにしかならん、と投げやりな気持ちでした。でも“おじさん”が『どっか悪いところはないか』と声をかけてくれて。ほんまにいのちをひろいました」
実はこの“おじさん”、事業を利用して診療所にかかっていた患者さんでした。慢性肝炎、膀胱がんなどの診断を受け、治療を開始した“おじさん”は、公園で顔見知りだった美代子さんを気にかけ、声をかけたのです。
美代子さん宅でお話を聞いている間にも、岡村事務長の携帯電話が鳴りました。診療所から「足がしびれるという男性から相談が入った!」と。緊急を要すると判断した岡村さんは、診療所へ急行しました。
男性は四〇代、足をひきずっていました。昨年四月まで名古屋市で日雇い警備の仕事をしていましたが、生活の目途が立たず帰郷。高知市でも仕事が見つから ず、年金暮らしの父親(80歳)と暮らしています。「早く出て行け」という父親との関係も悪化し、この半年はまともな食事ができなかったといいます。
「一か月前から足がしびれだして…。いまは足の中の血管を針が通っていくように痛みます」と、男性は不安そうな表情。生活苦からの借金もありました。
「今日すぐに生活保護を申請しましょう。弁護士に相談して自己破産の手続きもしなければ」と岡村さんは話しました。
新聞やテレビを見て次々と
事業を開始した昨年一〇月から五月までの間に、診療所には七〇件近くの相談が寄せられました。うち、四九件に面談し、対応してきました。
事業を利用したのは三八件(五九人)。重篤な患者も多く、一三人が入院、四人ががんを患っていました。
潮江は高知市の中でも高齢化率と生活保護受給率が高い地域。診療所では事業を始める前に、潮江地域の歴史や地理、住民の生活状況などを調べ、現状をつか む努力をしていました。しかし、地域に広がる貧困の実態は、「想像をはるかに超えていた」と岡村さん。
夜中に半身麻痺を起こしながら、朝になってようやく診療所に相談してきた男性(四〇代)、電気や水道などのライフラインを止められ、凍傷になっていた男 性(五〇代)、満足な食事ができず、身長一七〇センチで体重が三五キロまで落ち込んでいた男性(六〇代)もいました。
四歳から一三歳まで三人の子どもと「一家心中も考えた」という五〇代の夫婦も。妻が潮江診療所の事業を紹介した新聞記事(「高知新聞」二月二四日付)を目にして、助けを求めてきたのです。
地元の新聞やテレビ、ラジオが取り上げ、相談者は高知市内全域、さらに隣町からも訪れました。九割が「報道で診療所を知った」という“飛び込み”の相 談。国保料滞納による資格証明書・短期保険証(一三%)以上に目立つのが、そもそも健康保険の加入手続きをしていない無保険者(六一%)の存在です。
職員の誇りと確信も深まる
診療所の評判も高まって
事業について、診療所の職員はどう感じているのでしょうか。
駆け込んでくる患者さんの実状は深刻なものが多く、「本当に胸が痛む」と看護師長の岡田艶子さんはいいます。
一方で、「いのちを助けることができた」よろこびと実感は、働く職員の誇りと確信にもなっています。所長の内田好彦医師は、「よさこい踊りで道の真ん中を通るような快感ですよ」とユーモアたっぷりに語りました。
「ふつうは患者さんがどんなに困っていても、医療費を“まける”なんてできないわけです。法律で禁止されていますから。でも、この事業があれば、堂々と 合法的に“無差別平等の医療”を実践できる。医師としてこの上ない喜びですよ」
岡田さんも「道ばたで人が倒れていたら『助けてあげたいな』って、誰でも思うことでしょ。でも個人ではなかなかできないこともある。それが仕事でできる」と笑顔を見せます。
評判が高まり、診療所に初めて来る患者さんも増えました。「診療所を支えたい」と、出資金の増加にもつながっています。事業で減免した医療費は診療所の 負担になりますが、「経営的にも問題は出ていません。むしろ患者さん、組合員さんに支えてもらっている」と内田所長。
「無料・低額診療事業は、民医連の診療所のシンボルですね」と記者がいうと、一瞬とまどった表情を見せた岡田さん。
「『シンボル』なんていうとまつり上げて飾っておくようなイメージですよね。そうじゃなくて、もっと身近な、患者さんのためにできるひとつのこと、という感じかな」
事業を「ぜひ他の病院・診療所にも広げたい」と岡田さんは抱負を語りました。
写真・若橋一三
民医連綱領 私たち民医連は、無差別・平等の医療と福祉の実現をめざす組織です。 私たちは、いのちの平等を掲げ、地域住民の切実な要求に応える医療を実践し、介護 と福祉の事業へ活動を広げてきました。患者の立場に立った親切でよい医療をすすめ、生活と労働から疾病をとらえ、いのちや健康にかかわるその時代の社会問 題にとりくんできました。また、共同組織と共に生活向上と社会保障の拡充、平和と民主主義の実現のために運動してきました。 日本国憲法は、国民主権と平和的生存権を謳い、基本的人権を人類の多年にわたる自由獲得の成果であり永久に侵すことのできない普遍的権利と定めています。 一.人権を尊重し、共同のいとなみとしての医療と介護・福祉をすすめ、人びとのいのちと健康を守ります 私たちは、この目標を実現するために、多くの個人・団体と手を結び、国際交流をはかり、共同組織と力をあわせて活動します。 2010年2月27日 |
いつでも元気 2010.8 No.226