国は和解協議の席に着け B型肝炎訴訟
予防接種時の「使い回し」原因で
B型肝炎ウイルス感染者は約一四〇万人といわれています。こんなに感染が広がったのは「予防接種時の注射器・針の使い回しが原因」として、注射器具の連続使用を禁止しなかった国の責任を問い、訴訟をたたかう患者・家族がいます。
私たちも無関係ではありません。あなたの家族・友人もB型肝炎ウイルスに感染しているかもしれないのです。もしかしたら、あなた自身も。(多田重正記者)
32歳で亡くなった毅さん
坂岡さん夫妻。仏壇には毅さんの遺影 |
B型肝炎訴訟原告の坂岡彦太郎さん(80)、佳子さん(72)夫妻(神奈川県在住)は、九九年に長男の毅さんを亡くしました。享年三二歳。「親父とお袋の老後は俺が面倒みるから」といっていた、心優しい青年でした。
九九年八月三一日に勤務先で吐血し入院。「具合が悪い」といいはじめて、わずか一週間後のこと。すでに肝臓の三分の二以上が肝がんに侵され、「静脈瘤がいつ破裂するかわからない」状態でした。
原因はB型肝炎ウイルス。夫妻は感染の事実をこのとき初めて知りました。「あと一週間の命」と宣告され、「頭が真っ白になった」と彦太郎さんはいいます。
B型肝炎ウイルスは血液で感染します。しかし毅さんは輸血の経験がありません。医師は「母子感染も考えられる」と。佳子さんは「私のせいかもしれない」と自分を責めましたが、毅さんは「心配しなくてもいいんだよ」と気遣いました。
「僕はいつまでもお母さんの子だよね!」「お母さん、長生きしてくれよ」などの言葉を遺して、毅さんは九月二五日、息を引き取りました。
居間に飾られていた毅さんの写真。中高とバトミントン部で活躍、友人も多かった |
亡くなった後になって、わかったことも。毅さんは職場健診で感染を知りましたが、母子感染の可能性を指摘されたため弟にだけ感染を打ち明け、「母さんに つらい思いをさせたくない。絶対にいうなよ」と約束していたのです。治療費が高く、通院で会社を休めば「部署を変えられてしまうかも」と、治療を中断して いたこともわかりました。
しかし、毅さんが心配した母子感染が原因ではありませんでした。家族で血液検査を受けたところ、家族の誰もウイルスに感染していなかったからです。
いまも毎日、遺影におやすみをいうとき、「涙が出る」という佳子さん。「涙を流さない日は一日もありません」。こういって声を詰まらせました。
働き盛り、突然の余命宣告
「6センチもの大きさの肝がんを切除した」体験を語る田中さん(3月16日「B型肝炎訴訟の早期和解解決をめざす集い」で) |
東京都在住の田中義信さん(51)も原告です。〇八年一二月の職場健診で肝臓の異常が見つか り、翌年一月、「肝がんの可能性が高い」と告げられました。仕事が忙しく、「八月まで手術を待てませんか」という田中さんに、医師は「そのときにはあなた の命はないかもしれない」と。田中さんは言葉を失いました。
田中さんは九一年、献血がきっかけで偶然B型肝炎ウイルスに感染していることを知りました。直後に医師に相談し、その後も毎年健診を受け、医師にも「心配はない」といわれていました。
そこへ来て、突然の余命宣告。〇九年二月、切除した肝がんは「野球ボールより少し小さい」六センチもの大きさ。さらに切除後九カ月で再発がわかりまし た。今度は複数の肝がん。医師は田中さんに「肝がんの根はたくさん残っている。出てきたものをたたくしかない」と告げました。
田中さんの入院は、〇九年だけで計五回、六八日。医療費負担は八〇万円にのぼりました。ことしも抗がん剤治療のため、すでに約二週間入院。田中さんも輸血の経験はなく、両親もB型肝炎ウイルスに感染していませんでした。
「いのちを守りたい」というなら
55年には感染の危険わかっていた
4月6、7日と多くの原告が厚労省前に座り込んだ。写真は自らも原告の辰巳弁護士。3カ月に1度の受診で7万円もの医療費が(4月7日、撮影=酒井猛) |
毅さん、田中さんがB型肝炎ウイルスに感染したのはなぜか。答えは予防接種時にあります。日本 では八八年に禁止するまで同じ注射筒・針を使って他の人に接種する「使い回し」は珍しくありませんでしたが、使い回しがウイルス感染を広げることは以前か ら知られていました。
一九四四年にイギリスでは「注射筒を十分に加熱滅菌しないと黄疸が起こる」との報告を受け、注射器を一人ずつ取り換えることに。一九五五年には WHO(世界保健機関)が肝炎ウイルスの感染予防のため、注射針だけでなく注射筒も交換するよう推奨し、一九八七年に注射針・筒の連続使用をやめるよう警 告しました。
集団予防接種時の注射器具の「使い回し」が日本でB型肝炎ウイルスの感染を広げたという見方は、すでに最高裁判決で確定しています。八九年、五人のB型 肝炎患者が札幌地裁に提訴した裁判で〇六年、最高裁は国の責任を認める判決を出しました。しかし国は五人について責任を認めるだけで、感染者を救う手だて をとりませんでした。そのため、ふたたびB型肝炎訴訟が提訴されたのです。
たたかいは実を結び、新政権誕生後の〇九年一一月、肝炎対策基本法が成立しました。基本法はB型肝炎ウイルスの感染を広げた国の責任を明記しましたが、 その後肝炎対策はすすんでいません。ことし三月一二日に札幌地裁、三月二六日に福岡地裁が和解勧告を出しましたが、国は「財政難」を理由に協議を拒んでい ます。先述の坂岡佳子さんは「予算がないとかいう問題じゃない。『使い回し』で感染が広がることをもっと早く報告していれば、息子は死なずに済んだ」と。
B型肝炎訴訟は、国の不法行為の責任を問う訴訟です。「財政難」は抗弁理由になりません。鳩山首相がいってきた「いのちを守りたい」の言葉が本物なの か、試されています。「私たちはいますぐ和解しろといっているわけじゃない。協議の席に着けといっているのです」と田中さん。
また、大阪の弁護団には、自らも肝炎患者で原告という辰巳創史弁護士(37)もいます。辰巳さんも次のように語ります。
「国は協議のテーブルに着いて当然です。和解の中味は、話しあっていけばいい。国の責任を認めた基本法も成立し、最高裁判決で国の責任も確定しています。七月の参議院選挙まで解決を先延ばしするなら、民主党には『政権に居続けられると思うなよ』といいたい」
国に偏見取り除く義務
3月16日の「集い」では、東京の大学生たちが坂岡さんの体験をもとに朗読劇。あちこちからすすり泣きが |
B型肝炎ウイルス感染者は、いまだに「すぐうつる」などの偏見にさらされています。三月一六 日、国会内で開かれた「B型肝炎訴訟の早期和解解決をめざす集い」では、偏見を恐れて「感染を夫にも話せない。治療費が高く苦しい」「親しい友人に自宅の お風呂に入るのを拒否された」などの原告の訴えが。
辰巳さんは「日常生活ではまず感染しないことを国は積極的に知らせ、偏見を取り除く義務がある」と指摘します。
「自分がなったらどうかと考えるなら、どんな偏見も生まれないはず」と話す田中さんも、「昭和生まれなら、誰でも感染の可能性がある。自分が感染していなくても親が感染しているかもしれない。一生に一度は検査を受けて」と訴えます。
支援の輪、全国に
原告らは厚労省前に座り込み、厚労相に面会を求めたが実現せず(4月7日、撮影=酒井猛) |
B型肝炎はウイルスの根絶法が確立しておらず、現時点では「死につながる病気」と辰巳さん。四一九人の原告のうち、三月までに九人が亡くなっています。
札幌地裁は五月一四日、福岡地裁は五月一七日が和解協議に応じるかどうかの回答期限です。国は何と回答するのか。
奈良民医連・岡谷病院の職員でもあった辰巳さんは、こう話してくれました。
「弁護団、原告団だけでは勝てない。各地に訴訟を支える会があります。民医連には本当にお世話になっています。全国の『元気』読者、民医連職員、共同組織のみなさんもB型肝炎訴訟のことを知り、支える会に入り、支援の輪を広げてほしい」
写真・五味明憲
【追記】五月六日、政府は和解協議に向けた調整に入ったと報道されました。
いつでも元気 2010.6 No.224