(得)けんこう教室/過敏性腸症候群/病状の理解と生活習慣の改善が大切
斉藤 典才 石川・城北病院 外科
現代社会に特有な病気
過敏性腸症候群とは、検査をしても、がんや炎症、潰瘍など、目に見える異常がないにもかかわらず、下痢や便秘、腹痛などがおこる病気です。
「仕事中や会議中に急にお腹が痛くなる」「便秘や下痢などの便通の異常が慢性化している」などの症状がある場合、過敏性腸症候群の可能性があります。
ストレスの多い現代社会に特有な病気で、日本でも多くみられます。日本人の約10%が過敏性腸症候群の症状をもっているといわれています。また、消化器科や胃腸科などの外来を訪れ、下痢や便秘を訴える人のうち、40~70%を占めるほど非常に多い病気です。
患者の年齢層は、思春期~40代を中心に、50代までと幅広いのですが、60歳以上の高齢者には少ない傾向があります。男女比は10対17と女性に多く、男性では下痢型、女性では便秘型の傾向があるといわれています。
検査と診断方法は?
問診が最も大切ですが、過敏性腸症候群と診断する前に、大腸がん、潰瘍性大腸炎などがないかを検査します。血液検査や便潜血検査、腹部レントゲン、大腸内視鏡などをおこない、目に見える異常がないことを確認します。
さまざまな問診方法がありますが、代表的な診断基準を示します(表)。
極度の緊張や不安などが原因に
まず、排便がどうやっておこるのか説明しましょう。
たいていの人は、朝食後に反射的に便意をもよおします。食物が胃に入ると、大腸の入り口の弁が開き、小腸から大腸に消化された食物が流れると同時に、大腸全体がのたうつように動き、下行結腸にあった便を直腸に押し出そうとします。
カラの直腸に便が入ってくると、直腸の壁の神経が便の圧力を感知して、大脳にこの情報が伝えられます。これが便意をもよおす胃結腸反射といわれるものです。さらに、大脳は自律神経を通じて肛門の筋肉を緩める指令を出して、排便がおこります。
一方、腸の運動は自律神経と密接に関わっています。自律神経には腸の運動を抑制する交感神経と、促進する副交感神経があり、両方でバランスをとっていま す。自律神経の中枢は脳の視床下部と呼ばれる部分にあり、視床下部は大脳辺縁系に近い場所に位置し、互いに影響しあっています。
この大脳辺縁系は怒りや不安、意欲など、感情の動きを管理する中枢で、極度の緊張や不安などのストレスを感じると、大脳辺縁系から視床下部、自律神経へ と緊張が伝わります。これにともない、大腸の運動を促進する副交感神経が過度に緊張し、けいれんがおきます。これが過敏性腸症候群の原因です(図)。
大腸全体が細かくけいれんすると、便は少量ずつ、急速に移動します。当然水分が十分に吸収されず、水や泥のような下痢便となります。
けいれんが部分的におこると便秘になります。便の移動が遅くなり、それだけ水分が大腸で吸収されて硬くなり、ウサギの糞のようにコロコロとした便になります。
ストレスをかけない生活を
一番大事なのは、生活習慣を改善し、ストレスがかからないようにすることです。食生活や排便習慣の改善、適度な運動と睡眠が大切です。
下痢には消化吸収のよい低脂肪食、便秘には食物繊維を多く含んだ食品がよいといわれます。腸を刺激する脂肪、食塩、砂糖類、アルコール、カフェインはとりすぎないように気をつけてください。
とくに脂肪分は胃に入ると、腸の収縮を促すので、腸のけいれんを悪化させるおそれがあります。便秘が続く時には、食物繊維を多く含む野菜、全粒穀物(玄米、全粒パン)、胚芽米、果物、豆類、魚、海藻、キノコ類を多くとりましょう。
排便習慣を改善するには、まず暴飲暴食を避け、規則正しい食生活、軽く汗をかく程度の運動、十分な睡眠と休養を心がけ、生活にリズムをつけることです。便意をもよおさなくても、食後の決まった時間にはトイレに行くよう習慣づけましょう。
薬は補助的に使う
薬の使用は、あくまでも補助的なものです。軽症の場合は、腸の働きを整える整腸剤(ラックB(R)など)や、消化管機能調整剤(トランコロン(R))を使用します。
下痢の症状が強い時には、下痢止め(ロペミン(R)など)を用います。便秘が続く場合は、便を押し出す緩下剤や浣腸などが必要になることがあります。た だし、センナやアロエなどの成分を含む下剤は大腸を刺激し、長期間使い続けると下剤の使用が習慣化するなどのおそれがあるため、少量にとどめます。
また、便性状改善薬(ポリフル(R))を使うこともあります。下痢の場合は便の水分を吸収し便を固め、便秘の場合は水分を保ち、便が固くなるのを防ぎます。いずれも一時的な症状の改善に役立ちます。
緊張や不安などのストレス、精神症状の改善を図るうえで、抗うつ剤や抗不安薬が有効な場合もあります。
この病気に対する治療のゴールは、日常生活に支障がなくなる程度に過敏性腸症候群を抑えることです。医師と相談しながら、じっくりと構えて対処すると、ほとんどの方が改善していきますので、安心して受診してください。
イラスト・井上ひいろ
いつでも元気2010年5月号