「民医連綱領」ここに力の秘密あり4 今回のキーワード■地域とともに歩む豊かな人間性をもった専門職を育成 患者さんへの思いが生んだ技術 北海道民医連・平尾雅紀医師
民医連の事業所は現在一七五四カ所、八万人近い職員が全国で医療・介護をおこなっています。地域や規模は違っても、同じ「心」で つながって…それを表すのが「民医連綱領」です。一九六一年に決定されてから半世紀近く経て、さらなるバージョンアップを計画中。読者に知らせたい民医連 の姿を綱領のキーワードから追う連載。四回目は「地域とともに歩む豊かな人間性をもった専門職を育成」。
一九八三年、北海道民医連・勤医協中央病院が早期胃がん治療の画期的な技術を発表しました。開腹手術をせずに内視鏡下で病変部を切除するERHSEです。この開発に中心的に携わった平尾雅紀医師(現・札幌西区病院)を訪ねました。
何のためか、誰のためか
早期胃がんは内視鏡で病変部だけを切除する治療がいまは当たり前になっています。しかし、かつ ては開腹して胃を切除し、リンパ節まで取り除く手術が主流でした。胃を切除した多くの患者は後遺症に苦しみ、社会復帰できない人もいたのです。平尾医師は 同僚医師と「なんとか切らずに治す方法はないか」と議論を交わしました。
「外科医療の役割の一つに、『究極的には必要悪である外科療法を捨て、内科療法の可能性を探る』というのがあります。その観点とERHSEの開発は合致 していました。何のため、誰のためかと考えればもちろん『患者さん』のため。開発の出発点は民医連的な発想でした」と、平尾医師は当時を振り返ります。
がんセンターでの学びを通過点に
北海道勤医協の医師集団は一九七三年、新しい治療法を求めて平尾医師を東京の国立がんセンターに派遣。寝る間も惜しんで研究と手術に没頭する二年間でした。
「がんセンターにはレントゲン診断、内視鏡診断、病理診断、外科手術、どれも世界一流のデータがそろっていました。『目の前の課題』はハッキリしていま したから、この膨大なデータを、診療現場に戻ってどう活用できるかとひたすら考えていましたね。どれ一つ欠けてもERHSEは誕生しなかった」と、平尾医 師。
がんセンターの膨大な手術成績の分析から、早期胃がんで粘膜内に病変があり、病変の中に潰瘍がない場合は、リンパ節への転移がほとんどないことが次第に見えてきました。
仮説にもとづき、実証する
「この条件にあう早期胃がんであれば、内視鏡で病変部をとればいい」
平尾医師は札幌に戻り、同僚医師らと技術開発に全力をあげます。内視鏡で手術する場合の最大の問題は「出血」でした。止血のため血管内に注入しても問題 ない薬剤(HSE)だけを使う技術も開発します。切除する病変部の周囲にHSEを注入し、粘膜部をふくらませ、病変部のみ切り取る。究極の「縮小手術」で す(図)。
「まずリンパ節への転移がないという条件の仮説を立て、臨床では、診断から治療まで全体をみる姿勢を貫きました。繰り返し病状も確認。最先端の医療とい うよりは、標準的な医療を提供しようと心がけただけです」と、平尾医師。
「医療の本質」とは何か
やっとの思いで発表されたこの画期的な技術は、学会ではすぐに認められませんでしたが、その後、安全で使いやすい技術として世界中に普及しました。
臨床での治験の過程では、「一民間病院の医師に何ができるのか」などの批判もありました。それでも、どうしてやり遂げることができたのか。
「常に原点に戻り『医療の本質』とは何かを考えました。目の前の患者さんのために、いま何が必要なのかという思いが一番大きかった」
二〇〇七年、平尾医師の功績に対し、第七三回日本消化器内視鏡学会で、崎田賞(注)が贈られました。「『治療としての胃粘膜切除』を開発し、消化器内視鏡学の発展に多大の功績を残した」というのが授賞の理由です。
患者さんのための日常診療が
平尾雅紀医師 |
なぜ北海道勤医協で、世界を驚かせる先端技術が生み出せたのでしょうか?
平尾医師は「民医連だからできた。患者さんの立場にたつ、民主的集団医療があったから」と力を込めます。とくに貴重なデータとなったのは、民医連が得意とする患者へのフォローアップでした。
「患者さんがどんな後遺症で苦しんでいるのかをアンケートなどで聞きとり、徹底的に明らかにしました。寄せられた訴えを分析し、結果をまた患者さんに返 し、学会にも発表する。医師だけでなく看護師や事務を含め、組織をあげてとりくんだ結果です」
綱領改定案にある「豊かな人間性をもった専門職の育成」には、各職種間の連携や民主的関係が欠かせないといいます。民医連には「意見を自由にいいあえる場があるから」と、平尾医師。
「『患者さんのために』という思いと、日常診療、医療活動の延長線上の仕事が認められた。私個人としても民医連としても、意味あることのように思います」
最後に民医連綱領改定の議論にふれ、こう期待をこめました。
「病気だけ診るのではなく、人として『患者さんそのものを、生活背景から診ようとする姿勢』が大切。この原点をふまえ、しっかり綱領を深めてほしい」
文・井ノ口創記者/写真・酒井猛
(注)日本消化器内視鏡学会の初代理事長・崎田隆夫氏を記念する賞の第一回、同学会五〇周年記念行事の一環として七人に授与された。
いつでも元気 2009.11 No.217
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