特集2 新型インフルエンザ 私たちにできることは?
毒性にあわせたガイドラインを
遠山治彦 兵庫・東神戸病院副院長(内科) |
世界に感染が広がったメキシコ発の新型インフルエンザ(H1N1型)。世界保健機構(WHO)は6月11日、「警戒レベル」を最高の「レベル6」に引き上げ、世界的大流行の発生を宣言しました。
日本では5月16日に神戸で最初の感染者が確認され、6月末、感染者は1000人を越えました。いまのところ日本では死者は出ておらず、毒性は季節性イ ンフルエンザに近いと考えられています。しかし多くの課題を私たちに残しました。
「震災」も神戸で始まりました。震災のとき、全国からの支援があっていまの神戸があります。震災の教訓は、「行政の指示を待たない」「自分たちの周囲で 起こっている現実は、最も早い情報である」ということでした。今回の新型インフルエンザ対策にも生かされたと思います。
当院はどう対応したか
5月16日、私は定例の会議のため病院に向かう車中で「神戸で新型インフルエンザの最初の感染者が出るかもしれない!」というニュースをラジオで聞きま した。病院に着いたときには、すでに問い合わせの電話が数件来ていました。定例の会議を急きょ「インフルエンザ対応会議」に変更し、対応を検討しました。
この時点で行政は、新型インフルエンザ疑いの患者はすべて「発熱相談センター」に連絡して「発熱外来」を受診するというマニュアルをつくっていました。
東神戸病院はいわゆる「発熱外来・専用外来医療機関」「感染症指定医療機関」ではなく、一般の中規模病院です。「新型インフルエンザ疑い」の患者さんは受診しないし、診察しないはずでした。
しかし基準を設けて「新型インフルエンザ疑い」の患者さんを「発熱外来」に誘導したとしても、「疑い」患者さんの来院を完全に避けることは、不可能だと判断しました。
そのため、発熱や咳、鼻汁・鼻づまりなどの症状がある患者さんは、別の場所(トリアージ外来)で診察することにしました。このような方針をとったのは、 (1)他の患者さん、とくにインフルエンザにかかると重症化しやすい高齢者や糖尿病の患者さんなどへの感染拡大を防ぐため、(2)「新型インフルエンザ」 疑いの患者さんをいち早く発見し、適切な場所で治療をおこなうためです。
実際に当日、突然39度を越える熱が出た高校生も受診してきました。いかにもという症状ですが、渡航歴や新型インフルエンザ患者との接触歴がないため 「新型インフルエンザ疑い例」に入らず、「発熱相談センター」から一般の医療機関に行くようにいわれたとのことでした。
診療の手順を作成して
その後も東神戸病院は、「新型インフルエンザ対応委員会」を適宜開き、新型インフルエンザの情報の収集と職員への周知、診察の手順・感染防御の基準の作成(診療の手順=図1)、必要物資(検査用品、治療薬、マスクなど)の確認、職員の健康状態の把握と勤務体制の検討などをおこないました。
先述の「トリアージ外来」は、5月16日から5月28日までおこないました。診察総数は、最終的に155人で、インフルエンザ迅速簡易キットで陽性だった人はA型が2人、B型が1人でした。
A型陽性のうち1人は、5月18日に受診した患者さんです。「新型インフルエンザ」確定のための遺伝子検査(PCR検査)が必要か、保健所に問い合わせ たところ、「(新型インフルエンザ感染者との)接触歴がない」との判断で、おこないませんでした。もう1人は5月19日の受診で、遺伝子検査でも陽性とな り、「新型インフルエンザ」と診断が確定しました。
また、迅速簡易キットではインフルエンザ反応がないものの、40度の高熱があり、新型インフルエンザ患者と濃厚接触歴がある患者さん(5月18日受診)は、新型インフルエンザとしての治療をおこないました。
遅れた行政の対応
感染の拡大と、毒性があまり高くないことから、神戸市は5月20日から一般の医療機関でも新型インフルエンザの患者さんを診療してよいとする方針を決め ました(5月19日)。しかし実際には当院にも20日以前に患者さんが来ており、他の医療機関もふくめると多くの新型インフルエンザの患者さんが、「発熱 外来」以外の医療機関を受診した可能性があります。確定診断に至らなかったものの、実は新型インフルエンザだったケースも少なくないと思われます。
今回は新型インフルエンザに感染した患者さんだけでなく、その何倍もの「よく似た症状の患者さん」が受診し、さらにその何十倍もの不安に思われた方がお られ、その方たちも相談や受診をしています。実際、国や自治体が準備してきた「発熱相談センター」や「発熱外来」は、「新型インフルエンザ発生」報道の直 後から飽和状態となりました。「まず発熱相談センターに電話してから受診しろというが、電話がつながらない」という声も多く、当初から「新型インフルエン ザ」に対する医療供給体制は不足していたと思われます。
診察・感染予防に必要な物資の確保・流通の問題も明らかになりました。迅速簡易キットや治療薬が不足し、一番問題になったのはマスク(サージカルマスク)の不足でした。
解決が必要な課題は
こうした事態をふまえて、今後、大流行がおこった時にそなえるため、解決すべき課題があります。
(1)感染の毒性(弱毒性か、強毒性か)や感染の規模(人数)に応じて、起きている現状を分析し、感染症に対する医療供給をタイムリーにおこなうこと。 新型インフルエンザ以外の患者さんが受診できなくなっては困りますから、医療機関としては一般医療を守りながら、感染症に対する医療にどれだけ力を割くか という、バランスが重要になると思います。この点では地域の医療機関での連携も大きなポイントで、イニシアチブ(主導権)をとるのは、やはり「行政」で しょう。
(2)診療に必要な物品の確保と流通。必要なところに、必要なものを流通させる(治療薬、迅速簡易キット、感染防御のためのマスクなど)。
(3)医療機関の人的体制を維持する政策。職員確保の問題は避けて通れません。当院のトリアージ外来では、玄関前の受付に2人、診療に医師、看護師、事 務などが必要なため、通常診療に加えて6~7人の人員が必要でした。このような特設の外来は、体制を確保・維持する行政の対策がなければ継続は困難です。 そもそも日常診療でも医療現場は医師不足・看護師不足に陥っており、国は医療費抑制政策を転換すべきです。
(4)現実的な「診療に関するガイドライン」の必要性。まず、毒性に合わせたガイドラインの作成が必要です。受診方法、医療体制、検査や診断などのガイ ドラインだけでなく、治療内容に踏み込んだガイドラインも国は検討すべきだと思います。そして、そのガイドラインを医療従事者に周知徹底することも必要で す。
(5)無保険者、低所得者など、社会的弱者に対する診療の援助。通常でさえ医療を受けられない人が増えている中で、感染を拡大しないためにも、社会的弱者を守る点でもこの点の支援が必要です。
患者の特徴
今回の新型インフルエンザは、通常の季節性インフルエンザとそれほど違ってはいません。発熱、全身倦怠感(だるさ)、咳、咽頭痛、鼻汁・鼻づまりなどが 多くみられます。外国では下痢・嘔吐などの消化器症状が多かったといわれていますが、神戸市で入院した患者さんの分析では、10%程度でした(表1)。
年齢では、10歳代が多いのが特徴です。大阪府は高校・中学校で多発しました。神戸市で入院となった43人の年齢の中央値(年齢順に並べて真ん中の人の 年齢)は17歳です。今回、重症者や死亡者が出なかった理由に、高齢者の感染が少なかったこともあると考えられています。
新型インフルエンザの診断には注意が必要です。最終的に遺伝子検査で診断が確定しますが、「新型インフルエンザ」と確定した患者さんが迅速検査で陽性 だった率は神戸市53%、大阪府70%にすぎません。「新型インフルエンザではないことを病院で証明してもらえ!」と会社や学校からいわれて受診する方も いますが、迅速検査キットのみで診断するのは、不十分だと考えてください。
感染したらどうする?
実際に新型インフルエンザに感染したら、どうしたらいいのでしょうか? いまのところ毒性は季節性インフルエンザと同等と考えられているため、基本的に は通常の季節性インフルエンザと同じ対応でよいと思われます。安静と水分補給、解熱剤(アセトアミノイフェン)による解熱を基本とすればよいでしょう。
抗インフルエンザ薬の「タミフル」「リレンザ」は確かに効果があるようですが、「タミフル」は「異常行動」の可能性が指摘され、10代の患者さんへの使用は「原則禁止」です。現段階でも10歳代への使用は同様に扱うべきでしょう。
米国疾病対策センター(CDC)では、「新型インフルエンザウイルス感染者および濃厚接触者に対する抗ウイルス薬使用の暫定的手引き」(5月6日)で、こう述べています。
「合併症のない典型的な発熱性疾患である新型インフルエンザH1N1が疑われるヒトは、インフルエンザ合併症の高いリスクがなければ、一般的には治療を必要としない」
ここでいう合併症のリスクが高いヒトとは5歳未満の子ども、65歳以上の成人、肺や心臓、腎臓、肝臓、血液などの病気がある人、妊娠中の女性などです。
テレビなどで「タミフル」「リレンザ」が効くと、繰り返し報道されています。しかし個人的な意見ですが、これらの薬を多用すると、耐性を持ったウイルス が生まれ、効かなくなる可能性があります(実際に日本でもタミフルが効かないウイルスが発見された)。より強毒性の新型インフルエンザが出現したときに備 えるためにも、これらの薬は備蓄し、使用はできるだけ控えるべきではないでしょうか。この点からも毒性に合わせた、実際的な治療のガイドラインが必要で す。
また、感染の可能性があるとき注意しなければならないのが感染の拡大防止です。咳・くしゃみ・鼻水が出るときは、マスクをする「咳エチケット」を守り、 人との接触を避け、休みはきちんととること。マスクは自分が「うつらない」ことより「うつさない」ことに意味があります。
予防のためにできること
インフルエンザは、咳などで飛び散った唾液・たんなどからおこる「飛沫感染」と、飛沫が付いたものを介しておこる「接触感染」があります。この点から、「手洗い」「うがい」は効果があります。手洗いは流水で15秒以上洗うことが重要です。
マスクは人込みでは有効ですが、一般的には2m以上離れていれば感染の可能性は非常に低くなります。人がいない場所などでマスクをする必要はありません。先述のとおり、マスクは感染者がうつさないために使うことがもっとも重要です。
今後予想されること
いまのところ新型インフルエンザは重症化していませんが、今後はまだ予測できません。いま南半球では冬を迎え、感染者は拡大しています。日本でもことし の冬は大流行する可能性が高いと思います。高齢者にも感染が広がるのかという点も不明です。高齢者に拡大すれば、重症患者が発生する可能性が高くなりま す。
さらに恐ろしいのは、より強毒性のインフルエンザが発生することです。非常に致死率が高いと考えられているH5N1型(いわゆる鳥インフルエンザ)が人 から人に感染するようになるのは、時間の問題といわれています。今回のことを教訓化し、強毒性のウイルスも想定した行政の整備が重要です。
また、的確な情報を国民に知らせていくことで、不要な不安やパニックを避けることも不可欠でしょう。
インフルエンザワクチンの予防接種も必要でしょう。しかし日本はワクチンを前年実績に応じて確保する政策をとってきたため、増産が追いつくのか、危惧されています。ここにも国の姿勢が表れています。
合併症のリスクが高い方は、「肺炎球菌ワクチン」(日本では一生に1回のみ接種)も接種した方がよいでしょう。インフルエンザの合併症で恐いものの一つに「細菌性肺炎」があり、肺炎の原因菌のなかで「肺炎球菌」の割合は高くなっています。
いまのところ弱毒性で、感染規模もそれほど大きくなかったことは、幸いといえます。今回の混乱は私たちにあたえられた教訓であり、より脅威のウイルスが来る前の警告と考えて、対策をとり、備えることが重要だと考えます。
イラスト・いわまみどり
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いつでも元気 2009.8 No.214