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いつでも元気

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特集2 広がる大麻 周囲を巻きこみ“地獄を見る”可能性が

 軽い気持ちで使うのは危険

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尾上 毅
熊本・菊陽病院精神科

 角界でのあいつぐ使用、芸能界では加勢大周が大麻所持で逮捕され、慶応大学や早稲田大学などでも大学生が逮捕されるなど、昨年から大麻が席巻しています。
 しかし、インターネットで検索すると「大麻はたばこより害が少ない」などの意見があります。「危険だ」と思っていても、大麻に関する知識は意外にあいま いで、「何となく危険かな」くらいに思っている方が多いのが現状ではないでしょうか。

大麻って何?

 植物としての大麻()は、繁殖力の強い草で、色々な種 類があります。酔ったようにリラックスしたり感覚がゆがむなどの作用は、デルタ・9・テトラハイドロカンナビノール(THC)という成分によるものです。 これを含まない品種は安全に利用できます。日本では麻縄・神社のしめ縄・相撲の化粧まわしなどに使われてきました。

 

genki209_03_02  メキシコで「安いたばこ=マリファナ」と呼んでいた大麻が、アメリカを経由して世界中に広まったため、一般的にマリファナと呼ばれるようになりました。大 麻、マリファナ以外にも、「ハッパ」「グラス」「ハシッシュ」「チョコ」「ブッダスチック」「ヘンプ」「ハーブ」「ポット」など、さまざまな呼び方がされ ています。
 多くは乾燥大麻として、一部は大麻樹脂などに加工され、たばこのように煙を吸う形で摂取されます。クッキーなどに混ぜて食べる方法もありますが、喫煙よ り効果が弱いため、あまり一般的ではありません。大麻に限ったことではありませんが、注射器を使わない薬物は罪悪感を感じにくく、安易に手をだしやすい傾 向にあります。

法律ではどうなっているか

 大麻は取り扱いが厳しく制限されている「麻薬及び向精神薬取締法」とは別に、「大麻取締法」で規制されています。大麻草の茎が繊維として縄の材料になっ たり、種子が鳥のエサとして普及しているため、免許を受けて栽培している農家の人たちまで取り締まるわけにはいかないからです。また、研究者が大麻を使う 場合も免許を受ければ使用を許可されます。取り締まりの対象になるのは無許可の所持や栽培です。
 無許可所持の最高懲役は5年、営利目的栽培では最高懲役10年です。2007年の大麻取締法違反での摘発件数は3282件。そのうち栽培で摘発された件数は184件で、10年前の約4倍です(グラフ1)。昨今はインターネットで「鑑賞目的」と称した種の販売がおこなわれており、2008年はさらに増えていると予想されます。
 種の売買は事実上自由です。室内でも栽培できるため、昨今の報道のような事態が蔓延しているのです。
 また、吸引も取り締まりの対象にはなっていません。大麻を燃やした護摩炊き・野焼きなどで煙を吸った人まで罰してしまわないようにと考えられたからです。

グラフ1 大麻取締法違反検挙件数

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外国の大麻事情

グラフ2 大麻取締法違反検挙人数
(2008年1月~6月)  警察庁資料より

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 「大麻が合法」な国としてオランダが有名ですが、正確には違います。ある量なら個人が持っていても罰せられないだけです。コーヒーショップ(喫茶店では ありません。個人用大麻の小売店のことで、地方自治体が認可しています。ちなみに喫茶店は「コーヒーハウス」だそうです)での売買が黙認されている状態で す。
 イギリスでは大麻は違法ですが、持っているだけでは逮捕できない犯罪となっています。大麻の害を国民に知らせるキャンペーンが始められ、2006年に政 府が大麻に関する科学的論文を調査し、その影響について発表しました。「大麻は有害である。大麻を摂取すれば、広範囲な肉体的・精神的危険にさらされる」 という一文で始まりますが、「非注射のアンフェタミン(覚せい剤の一種)に匹敵する危険はない」とも記載されており、曖昧です。
 インドなどでは宗教儀式などで使うため、肯定的に扱われていますが、同じアジアでもシンガポールやインドネシア、マレーシアなどのイスラム教の国では、 死刑などの厳罰が科せられています。現状では、大麻の取り扱いは文化などで変わる曖昧なものといわざるを得ません。

実害について

(1)体への影響
 心拍数増加など心臓への負担や、免疫系の低下、発がん性がありますが、たばこと比べて明らかに大麻の方が悪いというデータはありません。「大麻はたばこ より害が少ない」という話は、真っ赤なウソとはいえないのです。たばこにはない、眼球結膜の充血などの症状はあります。

(2)ゲートウエイ理論
 大麻を取り締まる理由の1つに、大麻を使うと他のドラッグ(=薬物)も使うようになる、つまり他の薬物への入門薬だというゲートウエイ理論があります。 1950年代米国で唱えられて以来、大麻を使う者は、強力な興奮系の薬物であるコカインを使うリスクが約100倍という報告が複数出ました。
 しかし2006年にはゲートウエイ効果に否定的な報告がでました。大麻が法規制されているため、入手する場合に裏社会の売人と接触せざるを得ず、その売 人が扱う他の違法薬物にも手を出すのだというものです。これは大麻合法化を唱える人たちの論拠にもなっています。
 日本では、咳止め薬(注1)乱用者よりは多剤乱用や前科などの社会的逸脱が多く、有機溶剤乱用者よりは軽度という報告があります。しかし現在は、「大麻はゲートウエイドラッグ」との結論は出ていません。
 妥当だと思われる説は、大麻を使う者には「社会的逸脱が少なく、大麻以外の薬物乱用へと発展しない人たち」と、「窃盗など違法行為をおこない、定職にも あまりつかず、他の薬物にも手をだす人たち」の2つのグループがあるというものです。後者では、大麻はゲートウエイドラッグになるといえるでしょう。

大麻の精神作用と考えられるもの(例)

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(3)大麻精神病
 統合失調症(注2)に似た病態だといわれますが、定義ははっきりしていません。日本では報告例も少なく、数十例にとどまっています。
 大麻摂取時の精神作用は個人差が大きく、その人の性格や摂取時の環境や気分などの条件で大きく異なります。急性の作用として、陶酔的な快感をともなう体 験(グッドトリップ)を得ることもあれば、不安や恐怖や落ち込みといった不快感を持つこと(バッドトリップ)もあります。
 一般的に大麻摂取時は他人の暗示にかかりやすく、周囲に影響されやすくなります。一人で大麻を摂取すると眠気が起こり、仲間と一緒に摂取するとうかれて ペラペラ喋りだすのはこのせいだと思われます。また、仲間の逮捕後などに「狙われている」などの被害妄想が出たり、不安や恐怖を感じたりします。
 覚せい剤などは「アッパー系」と呼ばれ、興奮作用が主で、アルコールやヘロインは「ダウナー系」と呼ばれ、脳を麻痺させるリラックス作用が主です。大麻 はダウナー系ですが、サイケデリック(=幻覚)系とも呼ばれ、感覚に変化が表れやすい薬物です。視聴覚が鋭敏になったり、「音楽が見える」という感覚を得 たり、空間と時間の感覚が狂ったり、甘いものが非常においしく感じられたりします。
 大麻精神病という場合は、大量摂取後に急性の錯乱状態になるものと、長期使用によって統合失調症のような症状がでるものを指します。妄想や幻覚などの症 状は統合失調症とよく似ていますが、統合失調症で見られる思考障害が少なく、自分の変調が大麻のせいだとわかっています。また、シンナー乱用や統合失調症 などでも見られる無動機症候群という、意欲が低下し感情が乏しくなる症状が出るとの報告がありますが、「大麻では対人関係の円滑さは保たれることが多い」 という報告もあり、意見は一致していません。
 また、大麻使用はもともと統合失調症の素因のある人の発症時期を早めるというデータがあります。「どうせ発症するのだから、大差はない」と考える方もい るかもしれませんが、早期発症は学業・対人交流・仕事など人生経験を積むチャンスの芽を早くに摘んでしまいますから、大きな問題です。

(4)依存について
 依存症(=嗜癖)とは「わかっちゃいるけどやめられねえ」状態のことです。依存は、精神依存・身体依存・耐性の3つの要素から成っています。精神依存と は、その物質摂取に対する異常な欲求です。身体依存はその物質が身体から抜けると離脱症状があらわれる状態です。アルコールでいうなら、飲まないでいると 手が震えるという状態です。耐性とは、続けて使用することで、薬物の効果が弱まっていくことです。
 3つの要素の強さは、薬物によってさまざまです。身体依存、耐性はない物質もありますが、精神依存は必ず存在し、依存の中核です。
 大麻の依存性は他の薬物と比較して、特別強いものではありません()。以前は大麻には身体依存はないといわれていましたが、今は存在する可能性が指摘されています。

依存度等の比較

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治療法は

 治療については、大麻精神病と大麻依存症の両方を考慮する必要があります。大麻精神病については、統合失調症と同様、抗精神病薬(注3)で治療します。大量摂取後の急性錯乱では、統合失調症よりも速やかに病的体験が消失しやすいといわれています。
 急性の場合は、大麻に対する依存が軽度なこと・統合失調症に比べて思考障害が少ないこともあり、大麻の害などの教育が速やかにおこなえ、治療経過はよいといわれています。
 しかし依存が強い場合、仮に大麻精神病は早期に改善しても、その後再び大麻に手を出して、同じ失敗を繰り返す危険性があります。この場合は、自助グループ(注4)への参加などが必要になります。

結論

 他の依存性薬物と比べて、大麻の害が強いと断言できる科学的根拠はありません。しかし、大麻を使って得るものは何でしょう。友人と付き合うため? 薬が ないと付き合えない人が本当の友人でしょうか。芸術家が斬新な感覚を得るため? ドーピングのようなことをせず、自らの感性で勝負してください。
 確かに大麻を使用した人が皆、精神病になるわけでも、依存症になるわけでもありません。しかし、精神病や依存症になり、自分のみならず周囲も巻き込んで “地獄を見る”可能性があります。軽い気持ちで使うのは危険ではないでしょうか。
イラスト・いわまみどり


注1 ブロン液が有名。モルヒネに似た依存性物質(コデイン)が含まれている。モルヒネは麻薬で、不安や痛みを取り除く作用があり、がんの痛みなどに処方される。
注2 思考や感情、行動をまとめる能力に変調を来たす。幻覚や妄想などの症状が有名な慢性疾患。
注3 統合失調症の薬。神経同士の信号役となる物質(ドーパミン)をコントロールする。さまざまな種類があり、ドーパミン以外に作用するものも。
注4 やめたいと思う当事者(依存症で苦しんでいる人)が、話し合いささえあう集まり。NA(ナルコテッィクアノニマス)やDARC(ドラッグアディクションリハビリテーションセンター〈通称ダルク〉)などがある。

いつでも元気 2009.3 No.209