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いつでも元気

いつでも元気

元気スペシャル 未果さん×万三さん 新春対談 ワクワクする時代に僕らは生きている

 2009年最初の元気スペシャルは、いま注目されているジャーナリスト・堤未果さんと、全日本民医連・副会長の吉田万三さんの対談です。アメリカと日本のいまをどう見ているのか。2人の話題はどんどんひろがって…。

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吉田万三(よしだ・まんぞう)
genki207_01_03  1947年東京生まれ。全日本民主医療機関連合会副会長。歯科医師。北海道大学歯学部卒。1996年、東京都足立区長選挙に立候補し当選。区庁舎跡地に計 画されていた大型ホテルの建設を中止させ、高齢者福祉の拡充を目指して区政をおこなった(~1999年)。2007年「革新都政をつくる会」から東京都知 事選挙に立候補、立候補者14人中3位で善戦した。中央社会保障推進協議会代表委員。
堤 未果(つつみ・みか)
genki207_01_04  東京生まれ。NY市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。国連、アムネスティインターナショナルなどで勤務。米国野村證券で勤務中、9・11同時多発テ ロに遭う。以後、ジャーナリストとして執筆や講演活動をおこなう。平和や生存権をテーマにした講演は各地で勇気を与えている。著書多数。『報道が教えてく れないアメリカ弱者革命』(06年)で、ジャーナリスト会議黒田清新人賞。08年出版の『貧困大国アメリカ』では日本エッセイスト・クラブ賞。

貧困と戦争がセットの国

  お会いしたかったんです。初めて『いつでも元気』を手にしたのが先生が都知事選挙に出られるときの記事で。
 吉田 それはうれしいです。私は地元の九条の会が主催した堤さんの講演をききにいきましたよ。それにしても堤さんの『ルポ・貧困大国アメリカ』にはびっくりしま した。それまでは九〇年代ごろに書かれたアメリカの貧困層のレポートにショックを受けていたんです。それがあの本では、さらに悪化して、今度は戦争と貧困 がセットになっていると。
  そうなんです。アメリカでは貧困層の若者が戦争にかりだされています。戦死して政府から出るのは百数十万円。軍 への入隊者が減っているので、兵士もリサイクルです。海外派遣兵士の七三%が二回以上の派兵経験者です。帰ってきても仕事がなく、食べられなくなってまた 行くという感じです。戦争が国家による「貧困ビジネス」になっています。
 吉田 生徒の個人情報を高校から軍に渡せという法律までできたそうですね。

注・落ちこぼれゼロ法(No Child Left Behind Act)〇二年「高校生の学力向上、中退者をゼロに」とのかけ声で、可決。全国学力テストを導入し、成績上位校には助成金を、下位にはペナルティを課す。 生徒の個人情報を軍に提供することを高校に義務づける項目も盛り込まれた。

  「落ちこぼれゼロ法」(注)です。貧しい家庭の高校生が、大学進学などの夢をささやかれ、軍に就職しています。
 実は日本でも似たようなことがあって。北海道や沖縄の高校に自衛隊の勧誘が来て、生徒の個人情報を出すようにいったり、貧困者支援のNPOに自衛隊が、 「うちは三食つきで職業訓練もある。公務員だしいい職場だ。説明会を開きたい」といいに来るというのです。アメリカもそうですが、軍は善意で貧困を救いに 来たような顔をする。本当は逆で、戦争継続のために貧困がつくり出されているのに。
 トラック運転などで雇われてイラクにいく派遣労働者はさらに悲惨です、何があっても労災は出ません。三年契約して、一年以内に病気になったり、攻撃されて就労不可能になれば契約金を返さなければいけない、すべて自己責任の世界です。
 吉田 劣化ウラン弾で健康被害を受けたとみられる人ですら、政府の保障がないそうですね。それも自己責任? 映画「シッコ」でありましたが、9・11テロの救援をして病気になった消防士の面倒も政府はみてくれないって本当?
  本当です。私の元職場でも、9・11後、アスベストの影響で、みな咳をしていたのです。ニューヨーク市長が「僕が何とかする」といってしたのはマスクの支給でした。それも一人二個まで。それがアスベスト対策だというんですから。
 吉田 飛行機がつっこんだビルで働いていたのも自己責任なの? それにしても、皆に向かって「自己責任」って説教していた人が、銀行が潰れそうになると急にいわなくなって、税金を投入する。銀行こそ自己責任でやれ、と思うよ。
  そう! この問題で「ふざけるな、ウォール街でなく、まず労働者にお金を出せ」と、ニューヨークで五〇〇〇人がデモをしました。だって、救済が決まった直後にトップには退職金が出た。二四億円もらった人も。もっと怒ってよかった。
 吉田 火事場泥棒みたい。
  あのリーマン・ブラザーズのトップも、会社が潰れた後で責任も問われず報酬はもらいました。末端の従業員は失業。アメリカでは年金を会社の株で買うため、老後の計画までパアです。
 吉田 過酷ですね。格差拡大、というより、中間層がどんどん落ちてゆく…。
  大企業のCEO(最高経営責任者)と一般労働者の収入格 差は一九八〇年の時点で四〇倍でした。それが去年は六〇〇倍。中間層がいなくなっているんです。中間層がいたころは、国内で消費がまわり、ものづくりもた くさんおこなわれていたのですが、そういった部分もみな非正規雇用になりました。ちなみに、金融上位二五社のヘッジファンドマネージャーの年収は、一般労 働者の二万倍です。

「革命は一度では実現しない」と、考える人たちが

オバマ氏に願い託した市民

 吉田 オバマ氏の圧勝も、「何とかこの現状を変えてくれ」とそういう国民の期待が後押しした感じですね。
  ええ。一億三〇〇〇万人超が投票にいきました。投票率は六二・五%と過去三〇年で最高。アメリカの投票には先進 国と思えないような不正が横行し、前回の大統領選では国連の選挙監視団を呼んだほど。今回もかなり黒人票が廃棄されましたが圧勝でした。国民の状況が 「崖っぷち」で、変化を求めざるを得なかったんです。
 ただ、オバマ氏の宣伝のうまさもあります。実は、彼は公約をコロコロ変えているし、国民皆保険もむずかしい、と直前でいい出しています。献金元をみたら、医療保険業界、軍需産業、ウォールストリートにヘッジファンド、建築業界、という大企業なので、当然なんですが。
 吉田 オバマ側の選挙ボランティアが新聞で「これはゴールではなく出発だ」と語っていましたよね。新しい政権がどういう方向にいくかは、草の根で彼をささえた人たちの、これからの運動がすごく大事になってくると思います。
 後期高齢者医療制度の廃止を求める運動もそう。「後期医療」の法案が通った二〇〇六年、僕らは国会前で座り込みもしたけれど、社会の反応は弱かった。そ れが徐々に広がり、メディアが毎日報じるようになった。三月に東京で廃止を求める大集会をしたころから、政党も「見直しでいいのでは」から「廃止だ」と、 変わりました。参議院では廃止法案も通りました。運動がなければこうはならなかった。大企業から献金をもらっている議員だって世論で動くんだと実感しまし た。総選挙の結果がどうなろうと、引き続き運動の圧力がなければ、制度の廃止は実現しないと思っています。
 私が足立区長時代、議会は与党が少数、いつ不信任されてもおかしくない状況で、住民運動や世論がささえでした。予算時期には「こんな良い予算をなぜ議会は通さない」と朝から住民が各駅頭で宣伝し、議会傍聴にも押しかける。そういう力がないと一歩も進めませんでした。
  そうですね。オバマ支持者の中には、とにかくチェンジさせてくれるのではと感覚的に信じた人たちのほかに、「投票はしたが、しっかりオバマを監視してゆく」という人たちがいて、「革命は一度で実現しない、運動を続けないとその火は消える」と考えているんです。

僕らは主権者、税金も納めるけど、意見もする

政治活動って「生活」だと思う

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増員で日本の医療崩壊に歯止めを、とアピールする医師たち(10月19日・東京)

 吉田 江戸時代の人なら年貢をとられて、お代官様にヘ イって従うかもしれないけど、僕らは主権者なんだから、税金も納めるけどちゃんと意見もいおう、ってよくいうんです。「民医連は政治活動をする」と、批判 の意味でいわれることがあるんだけど。でも、後期高齢者医療制度廃止だとか、医師や看護師を増やしてほしいだとかいうのも政治活動ですよね。本当は政治活 動しない主権者の方が不自然なんじゃないか? と。
  ええ、それはイデオロギーではなく自分たちの権利を守る「生活」だと思う。私たちは主権者だ、という発想がいま本当に必要な気がします。
 友人が貧困者支援のNPOをしているのですが、相談に来る二〇代三〇代が増えているんです。中には「自分には選択肢が三つしかない。餓死か、ホームレスか、犯罪を犯して刑務所に入って食べさせてもらうかだ」という人も。
 いちばん働ける年代にまともな仕事もなく、簡単にホームレスに転落するなんていう社会の構造こそおかしいのに、政治があまりに離れたところにあると、声 をあげる手段もわからず絶望しちゃうわけですよ。逆にこの世代は貧困や苦しさを体験しているぶん、主権者の権利の価値を知れば強いと思うのです。
 吉田 世の中変わりっこないと思っていた若者も、アメリカ大統領選挙、あるいは銀行も潰れるんだと実感したら、世界観を変えてゆくかもしれないですよね。

みんながつながって社会変える大波を

「第3の選択肢」示す息吹

genki207_01_06   もう一つ、大統領選挙では民主党でも共和党でもない第三党から出た人もいました。「お金はない、メディアからも閉め出され、当選は無理なのになぜ出馬 を?」と質問すると、「変わらなきゃいけないのは大統領の顔でも、どちらの党かでもない、有権者の意識だ」という答えでした。自分が出れば、オバマとマケ イン両者が献金元企業に遠慮して触れられないことが話せる。有権者に「第三の選択肢」を知らせることができる。それが、地道だがアメリカを変える早道では ないか。孫やその次の世代に手渡す国がよくなれば、と一〇〇年後のビジョンを語ったんです。そういう息吹もあるんです。

「篤姫」の時代と現代

 吉田 ラルフ・ネーダーさんですね。
 長い視野、という話が出ましたが、NHKの大河ドラマ「篤姫」の時代と現代が似ていると感じるんです。明治維新って、一八六七年に大政奉還して「はい、 六八年から」って、突然変わったわけじゃないでしょう。ペリーが来て、日米修好通商条約ができ、勤皇だ佐幕だと世の中、ガチャガチャして。しかも民衆レベ ルでは百姓一揆が全国で起こる、そういうのが圧力になって政権が交代する…。明治維新に二〇年くらいかかっている。
 世界でもアメリカで南北戦争があり、奴隷解放宣言をした。パリ・コミューンは明治維新の三年後、ヨーロッパでも労働運動が起き…という時代です。
 そしていま、アメリカは戦争も銀行もいき詰まり、日本でも自・公政権がいき詰まり、民主党は政権交代をいい、共産党は政治の中身が重要だといっている。けどいずれにしろ、「そろそろ発想を切りかえていかなきゃ」というみんなの合意はできつつある。
 おもしろい時代です。若い人たちには決して楽ではないけれど、いい時に産まれて、ワクワクする時代に出くわしたなぁというくらいに思ってほしいなあ。
  貴重なお話。私、人が動くのは、感動したときと誇りを持てたときの二つだと思うんです。ただ、誇りを持つには自分がやることに意味があるとか、変化を起こせるという自信が必要です。
 でも、いまの若い人って、まともな仕事がなかったり、あればあったで倒れるほど働かされていたり、自己責任でギリギリまで追いつめられていて、自分を肯 定できるものにすごく飢えているんです。そんな時、自分たちより少し長く生きてきた人から、社会はこれまでもせめぎあってすすんできたし、君たちにでき る、と背中を押してもらえれば勇気をもらえると思います。

「現場」から「実感」伝える

 吉田 堤さんの書くものからも「勇気」がもらえます。現 場に行き「こんなことがある。おかしいと思うけれど、皆さんはどう思いますか?」という立場で発信されているでしょう。経済学の論文とは違う。人間は正し いことをいわれたからって、サッと立ち上がれるわけじゃない。「あ、自分と同じだ」と共感するような、感情の部分がすごく大事だから。
 民医連も発信の方法はよく似ていて(もちろん理屈っぽい人もいます・笑)、各地で始まっている医療崩壊のこととか、お金がなくて病院にかかれない人の話、現場からの発信にこだわろうとしています。
  民医連はすごく発言していますよね。『いつでも元気』も医療現場からの声がまっすぐ届く好きな雑誌なんですが。
 いっぽうで講演にいった時など「なかなか医師の声が届かない、アメリカではどう?」といった質問もよく出ます。
 これまでアメリカの医師は、社会的にも守られた勝ち組でした。それがいまはボロボロ。社会保障の縮小や、医療の民営化の影響、それに医療過誤保険の負担 が莫大で、年収二万ドル以下のワーキングプアになり、廃業する医師までいます。一般には「医師はいい思いをしている」という誤解もまだありますが、治療法 を決めるのが医師ではなく保険会社だという現状に国民誰もが嫌気がさしているので、医師の発信にも注意が向いてきた。医師と国民が問題を共有して立ち上が る流れはできてきました。「国民皆保険制度が必要」と考える医師も、初めて全体の四割を超えました。
 吉田 そうですか。

私たちの発信は必ず届く

  発信してもすぐには耳を傾けてもらえないかもしれないけれど、やめずに発信し続ける限り、必ずどこかで気づいていく人たちはいます。
 日本のフリーターの話ですが、保険証がとりあげられても病気しないからいいやと思っていたそうです。保険証取り上げ問題で医者が発信していても「勝ち組 が何をいう」と意識が向かなかった。それが病気になり、医療も受けられず死ぬかと思ったときに初めて、医師たちの警告が自分の頭に入ってきたというので す。
 たとえば、「患者たらいまわし」というニュースも見出しだけでは、医師が悪くみえます。けれど、なぜそれが起き、政府はどんな政策をとっているのか、と いう発信があれば、受け止める方も、構造の問題としてとらえると思います。一度それを知れば、「教育もそうだ」「自分たちの派遣の運動も同じ」という風 に、それぞれの領域がつながって、社会を変える大きなうねりができていくのでは。
 私はジャーナリストとしてそういう発信をしていきたいと思っています。
吉田 現場に根ざして、ですね。僕らもがんばらなきゃなあ。
写真・酒井猛

いつでも元気 2009.1 No.207