特集2 油断大敵! 肺炎 進行が早く、重症化しやすいものも 日頃の健康管理と予防がカギ
小川 智 |
肺炎について説明するには、どうしても風邪のことからお話する必要があります。風邪と肺炎は予防の面でも共通点が多く、風邪から肺炎になることもあるからです。
風邪に抗生剤はきかない
一般に喉が痛い、鼻水が出る、咳が出る、などの状態を称して「上気道炎」「感冒」または「風邪」と呼びます(以下、「風邪」)。この症状は、肺炎などの初期に現れることもありますが、多くが風邪です。
通常、風邪は数日から1週間ほどでよくなります。原因はウイルスですが、風邪を引き起こすウイルスには、いろいろあります。サブタイプ(人間でいえば兄弟、従兄弟のようなもの)をふくめると、数百種類にもなるので、どれが風邪の原因なのか、特定できません。
原因はウイルスなので、抗生剤はまったく効きません。抗生剤は一部の細菌に対して、細胞を破壊することで効果を発揮しますが、ウイルスには細胞がないためです。
ほかにも大きな違いとして、細菌は顕微鏡で見えますが、ウイルスは電子顕微鏡でなければ見えないほど小さい、細菌は自身で増殖しますが、ウイルスは他の生物に入り込むことで増殖する、などがあります(表1)。
また、個々のウイルスに効果のある抗ウイルス剤は、抗インフルエンザ剤の他、数種類しかありません。風邪が治るのは、自分自身の力(免疫力)で治っているのです。
医師が「おそらく風邪でしょう」といっているのに抗生剤が処方されることがあるのは、たとえば扁桃腺炎などの細菌感染を疑っているか、後に肺炎などを引き起こすことがあるので、その予防のためです。
肺炎の原因は
鼻~口~肺の通り道を「気道」と呼びます。空気中にはさまざまなウイルス、細菌があり、それらは常に絶え間なく気道を行き来しています。肺炎はウイルスや細菌が、肺の中で増殖を始めることで発症します。
気道はふだん、大まかに次の2段階のバリアー(防壁)によって細菌やウイルスなどの感染を防いでいます(図1)。
【第1段階 線毛運動】 粘膜上の線毛が動いて(線毛運動といいます)、体外からの異物を体外へ送り出します。
【第2段階 免疫】 人間には、体外からの異物とたたかう「免疫」といわれる能力があります。免疫は主に血液中の白血球、リンパ球が主役です。
これらの2段階のバリアーをくぐり抜けたとき、ウイルスや細菌が肺の中で増殖を始め、肺炎を起こします。
先ほど話した2段階のバリアーは、いずれも気道粘膜に密接に関係しています。気道粘膜をよい状態に保つことが、感染防御の大きな要素となります。
なんらかの影響で気道粘膜が傷つくと免疫機能が低下して(図2)、肺炎を起こしやすくなります。ですから先ほど述べたように、風邪も肺炎の原因になります。
主な種類
肺炎にはさまざまな種類がありますが、医療現場でよく問題になる肺炎を取り上げます。
肺炎球菌性肺炎
ひとくちに肺炎といっても、さまざまな種類の細菌が関わっています。なかでも、頻度が高く重要なのは肺炎球菌です。肺炎の約40%は、この細菌が原因です。
現在、肺炎球菌に対する予防ワクチンがあります。発症をゼロにはできませんが、とくに65歳以上の方は重症化を阻止できます。
治療には抗生剤を使います。
肺炎球菌性肺炎の治療には、脾臓がとても大きな役割を担っています。脾臓は左脇腹にある臓器で、肺炎球菌は最終的にはそこで死滅します。何らかの原因で 脾臓がない方や非常に小さい方は肺炎球菌性肺炎になると命に関わるため、注意が必要です。
マイコプラズマ肺炎
激しい咳があるものの、比較的発熱が少ない肺炎です。一時的に一部の地域で、流行することがあります。ときどき、家族内感染も起こします。
この肺炎には少し異なった種類の抗生剤が必要です(マクロライド系、テトラサイクリン系など)。
一見治ったように見えても、再び症状が悪化する可能性があり、症状が治まっても2週間以上は内服を続ける必要があります。
レジオネラ肺炎
温泉、土壌などから感染することのある肺炎です。以前には24時間風呂との関連がマスコミでも話題になりました。ガーデニングブームの最近は、腐葉土からの感染も報告されています。進行が早くて重症化しやすく、時に死に至ることもあります。
治療はニューキノロン系やテトラサイクリン系の抗生剤が必須です。
この肺炎は初期の治療がとくに重要なので、関係ないのではと思うことでも、医療者に直近のさまざまな情報(温泉旅行、ガーデニングなど)を伝えてください。
誤嚥性肺炎
食べ物や唾液が誤って気管に入ることを、誤嚥といいます。とくに高齢者では、食べ物をかんで飲 み込む力が落ちるため、誤嚥を起こしやすくなります。さらに、気管に入った食べ物を吐き出す力も弱くなっており、肺炎の大きな原因となります。これが、誤 嚥性肺炎です。睡眠中などに唾液を誤嚥して肺炎に至る可能性もあります。
口から栄養をとるのを中断して点滴をおこない、抗生剤を使います。
予防には、(1)口の中を清潔に保つ、(2)噛み合わせをよくする、(3)睡眠時に上体を30度くらい起こす、(4)誤嚥しにくい食事内容にする、ことが重要です。
ウイルス肺炎
ウイルスで肺炎を起こすことがあります。最近、とくに問題なのは、麻疹ウイルス(はしか)肺炎です。
かつて麻疹は「かかると命はどうなるかわからない」病気といわれ、「命定め」と恐れられていました。医学が進んだ現代でも変わりありません。しかしどう いうわけか、「はしかは軽い病気」「麻疹で死ぬことはない」といった誤った考えがあるようです。2001年の統計では、27万人がかかりました。いまで も、1000人に1人が死亡する、重症の感染症です。
麻疹の怖さは、合併症の多さにあります。とくに麻疹肺炎は小児では死亡原因の多くを占めます。麻疹には、確立した治療方法はありません。自身の抵抗力が 頼りです。麻疹に対しての抵抗力(病院で検査できます)がない人は、きちんとワクチンを受けて予防することが重要です。
肺結核にも気をつけて
これらの肺炎のほか、「治りの悪い肺炎が実は肺結核だった」ということがいまだにあります。肺結核は過去の病気と勘違いされがちですが、日本では、現在も1日に70人以上が発症し、6人が命を落としている感染症なのです。早期に発見し、治療を受ける必要があります。
当然、免疫力が低下している可能性のある人は要注意です(表2)。慢性関節リウマチの治療中で、新薬(抗TNF製剤)を使っている場合は、とくに肺結核に注意が必要です。
表2 免疫力が低下している可能性のある人 |
予防法は
日ごろの健康管理と予防が大切 |
主な予防法は表3の通りで、この5項目は必須です。風邪は万病の元です。外からの敵とたたかうための、きちんとした「抵抗力」を保つことが大切です。(1)(2)(3)はできそうでできていない、大切なことです。
不摂生をして、夜更かしや深酒をした翌日から熱が出て、喉が痛いなどという経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。 表2にあげたような人はとくに注意が必要です。
また、日常よくいわれている、うがい、手洗い、マスクや、禁煙について少し説明しましょう。
うがい 喉にはもともとさまざまな細菌が存在します(常在菌)。うがいをすることは、喉を潤し、物理的に異物を排出するという点では意味があると思いますが、あまり大きい効果は期待できません。
消毒剤(イソジンなど)を使って頻繁にうがいすることは、本来必要な常在菌も殺菌してしまうので、おすすめしません。水道水で十分です。
表3 かからないための注意 (1) 休養(睡眠)をとる |
手洗い ウイルスは、いろいろな粘膜から進入します。眼を こすったりしても、手についていたウイルスが、その粘膜から進入したりします。健康な人が、風邪の人と同じ部屋に一緒にいるだけの状態よりも、トランプな どをしている状態(間接的な接触)の方が、風邪にかかりやすいとの報告もあります。
風邪の予防は、手洗いがとても重要になります。素手で眼をこすったり、鼻腔を触ったりしない習慣を身につけることです。また、せめて風邪の季節には、家庭内でもタオルの共用は避けるべきです。
表4 かかってしまったら…家族、学校、 (A)休みをとる(なかなか難しいでしょうが…) |
マスク 病院で使用しているサージカルマスク(外科用マス ク)は、きちんと装着していれば、風邪対策には有用です。感染防御のため、ナイロン(防水加工)、ウイルスを吸着する特殊フィルター、不織布の3層構造に なっており、「不織布マスク」として薬局でも売られています。従来のガーゼマスクでは、効果はかなり劣ります。
マスクの意義は、▽気道の加温・加湿、▽他者からの飛沫感染(咳やくしゃみで出る痰、唾液などからの感染)の予防、▽他者への感染予防の3点です。咳や痰が出る場合のマスクは、最低限のエチケットと心得るべきです。
喫煙 タバコは、ニコチン、タール、一酸化炭素などの他に、200種類以上の有毒物質が含まれています。健康にいいわけがありません。タバコは、気道の粘膜を傷つけます。感染対策に禁煙は必須です。発がん性や、副流煙があたえる周囲への影響も考えれば、禁煙するべきです。
予防に有効なワクチン
表5 肺炎の早期発見のために I 風邪だと思っても、38度以上の発熱が3日以上続くときは、早めに受診する。 II 受診していても、3日以上発熱が続くときや、黄色痰、しつこいせきが続くときは、レントゲン撮影をしてもらう(いいにくいかもしれませんね)。 III なるべく、ドクターショッピング(次々と受診先を変えること)はしない! |
肺炎予防に有用な、(1)インフルエンザワクチン、(2)肺炎球菌ワクチンについて説明します。
インフルエンザワクチン これからの季節は、温度が低くなって乾燥し、インフルエンザが流行しやすくなります。インフルエンザは、風邪と異なり、38~39度の高熱をともない、頭痛、関節痛、筋肉痛などの全身症状が強く現われます。
また、とくに高齢者は重症化し、死にいたることもあります。粘膜が損傷され、肺炎を起こしやすくなるのは風邪と同じですし、インフルエンザそのものが重篤です。
予防手段として、インフルエンザワクチンがあります。残念ながら、このワクチンで発症の確率をゼロにはできません。ただし、日本の研究では、65歳以上 の健常な高齢者については約45%の発病を阻止し、約80%の死亡を阻止する効果があったとされています。インフルエンザ後の肺炎を予防する上でも、イン フルエンザワクチン接種は重要です。
効果は、接種後2週間目ごろから4~5カ月といわれています。毎年接種する必要があります。
肺炎球菌ワクチン このワクチンも発症をゼロにはできませんが、重症化しやすい肺炎球菌肺炎による死亡率を低めることがわかっています。
ただし、このワクチンの効果は5年程度といわれ、日本では一生に1度に接種しか認められていません。その点をよく考えて接種する必要があります。
どのワクチンも、ワクチン接種の際には、必ずかかりつけ医とよく相談するようにしてください。
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世界中で、新型インフルエンザも問題になっています。現在のところ、有効な治療方法は確立されていません。これに打ち勝つために私たちが個人レベルでできることは、風邪や肺炎、インフルエンザなどと同じように、日ごろの健康管理と予防です。
本稿が、みなさんの健康のために、少しでもお役に立てれば幸いです。
イラスト・井上ひいろ
いつでも元気 2008.12 No.206