特集1 私たちが“生存権裁判”を応援する理由
生活保護の老齢加算、母子加算の廃止は生存権の侵害だとして各地で「生存権裁判」が起こされて4年。原告は9都道府県で100 人を超えています。そしてことし6月、全国に先駆けて東京地裁で出た判決は、残念な内容でした。しかし支援の輪は生活保護を受給する人だけにとどまらず、 ひろがっています。
「生存権裁判を支援する全国連絡会」代表委員の朝日健二さんにききながら、裁判の意味を考えました。 (木下直子記者)
民医連のケースワーカーたちが昨年おこなった調査は、老齢加算が廃止され、外出はおろか食費まで抑えねばならなくなった生活保護の高齢者の生活を浮き彫りにした。 4世帯に1世帯が1日の食事を2食以下にした。健康への影響が危ぶまれる。水を飲んで空腹に耐える、という人も複数。入浴回数も8割近くが週3回以下、 1回以下は約16%だった。年1度も被服を購入しなかった世帯が4割超。社会生活では、7割が地域行事に参加できず、冠婚葬祭にもまったく出席できない世 帯が5割を超える。教養・娯楽費0円は、6割超。「加算があれば何を望む?」の問いに「お葬式に出たい」との答えもあった。 これが「健康で文化的な最低限度の生活」といえるのか? 保護費削減の打撃は予想をこえていた。 |
発端は、七〇歳以上の生活保護受給者に支給されていた「老齢加算」が廃止されたことでした。収入の二割を占めていた加算がゼロになった当事者たちは、ささやかな楽しみはおろか、食費など必要不可欠な支出さえ切りつめねばならない、たいへんな暮らしになりました(下図)。
これに対し、京都市在住の松島松太郎さん(山科健康友の会)が二〇〇五年、「加算廃止は憲法二五条が保障する『健康で文化的な最低限度の生活』を侵害し ている」「黙ってられへん」と、八〇歳で裁判に踏み切ったのです。全国で松島さんの後につづく人たちが生まれました。母子加算廃止に抗議するシングルマ ザーたちも加わりました。裁判は「第二の朝日訴訟」とも呼ばれています。
■老齢加算ゼロの打撃…SW調査■ |
東京の判決は「貧困をガマンせよ」
朝日健二さん。一九五七年に生存権裁判を起こした朝日茂さんの養子として、茂さん亡き後、裁判をひきついだ。東京西都保健生協の一員でもある |
ことし六月二六日に出た東京地裁の判決は、原告敗訴――「耳を疑いました」と、生存権裁判を支援する全国連絡会・代表委員の朝日健二さん。約五〇年前に生存権裁判を起こしたあの朝日茂さんの死後、裁判をひきついだ人です。
「東京地裁の判決は厚生労働省の主張をうのみにした内容でした。ワーキングプアや年金暮らしの高齢者など、貧困に苦しむ国民をひきあいにだし『がまんしなさい』ということだった」と、朝日さんは指摘します。
それは、どういうことでしょう? 生活保護などの公的扶助が必要な貧困層にどれだけ届いているかを国際比較してみると…日本はフランスの九分の一、イギリスの一八分の一と、はるかに低いのです(図1)。 本来なら生活保護制度で支えられていいはずの人たち=憲法二五条の生存権に照らして、あってはならない貧困にある国民=が、保護もされず放置されていま す。厚労省はこの放置された人たちと生活保護世帯を比較して、生活保護がさも高い水準の生活であるかのように描きました。セーフティーネットが十分機能し ていない現状を逆手にとり、加算廃止(=保護費カット)を正当化したのです。(図2)。
市民の共感は原告に
しかし、共感は原告の側に寄せられています。東京での不当判決の翌日、朝日さんたちが街頭署名活動をすると、これまで以上に多くの励ましの声がかかったといいます。高齢者や若者をもつ母親世代などがすすんで署名し、カンパはそれまでの倍も集まりました。
「朝日訴訟当時と、街の反応はよく似ています。裁判官がどういおうと、高齢をおしてがんばってきた原告たちが世論をつくってきた。努力は早くも報われつつある、と実感します」と、朝日さん。
広い層に支援の輪
いっしょにたたかおうという動きは、生活保護を受給する人たちだけにとどまらず、不安定雇用やワーキングプアの問題をなくそうととりくむ労働組合や、社 会保障の充実を求める人たちなどにもひろがっています。生活保護基準は、日本では最低生活ラインの意味ももっています。生活保護基準によって決められ、影 響を受ける制度はたくさんあります(別項)。最低賃金にも連動します。
た、高齢者や母子家庭への加算は「世帯の特性から必要」として厚労省がつくった制度。その必要性は変わらないのに突然廃止するという話は、社会保障費を毎年二二〇〇億円カットするという小泉内閣時代の決定を機にもちあがったものでした。
自分たちの痛みと根っこでつながっている。原告たちの訴えは他人事ではない」と、共感をもって受け止められるのは、当然のことです。
ヒトゴトじゃない!■働く人たち パートや派遣など、非正規雇用の労働者数は過去最高に。働く人全体の3分の1を超 える。このうち男性の55%が年収200万未満。「生活保護が改悪されれば、若者の最低賃金にも連動する。高齢者だけの問題ではない」と、労働組合も積極 的に参加している。最低賃金は、月額にすれば生活保護の水準にも届いていない。 |
ヒトゴトじゃない!■年金生活者 国民年金は、40年間保険料を納めてもらえる最高額でも月額約6万6000円、生活保護基準以下だ。国民年金しかもらっていない人は、全国に約900万人おり、年金額の平均は、4万7000円ほどである。65歳以上人口の3分の1がそんな年金暮らしだ。 |
ヒトゴトじゃない!■民医連 民医連には、50年前の朝日訴訟でも職員が積極的に関わってきた「伝統」がある。今回の訴訟の原告にも、共同組織の仲間や患者さんは少なくない。しかし何より「いのちの平等」を掲げる医療や介護の専門職の視点から、生活保護基準のカットは「問題アリ」と指摘する。 |
「自殺者、減らせる」
「反・貧困」を旗印に一致する人たち が初めて開いた「世直し一揆集会」(10月19日、東京・明治公園)。東京の原告・横井邦雄さん(79)も訴えた。この日この場所をゴールに、7月からと りくまれた東西の全国キャラバンの西のスタート地点は、保護申請が受けつけられず何人もの餓死者を出した北九州市だった |
「毎年三万人、という自殺者が減らせるかもしれない」と、朝日さん。びっくりしましたが、やがてなるほど、と。
図3はわが国の自殺者数の推移を人口一〇万対で示したもの。戦後からいままでの数値を追うと、山(ピーク)が三カ所できています。
「これら自殺の『山』の発生と、社会保障制度の切り捨てや充実のタイミングとが、驚くほど合致しているんです」
一つめの山は、社会保障予算の大幅削減がおこなわれた一九五四年にでき、朝日訴訟が一審で勝訴した年で終わっています。二つめは、臨調行革路線の中曽根内閣ができた八三年にはじまり、同総理が辞任した八六年で消滅。
三つめの山が現在。老人医療費や健保本人の窓口負担が増やされ、消費税増税がされた九八年から出現し、いままで続いています。今回は、三万人を超える自殺が一〇年間も続く、尋常ではない事態です。
「朝日訴訟は一審でしか勝訴しませんでしたが、憲法二五条が保障した『生存権』の意味を社会に問い、社会保障制度を前進させる流れをつくり、実際に改善もさせたのです(図4)。
いざなぎ景気を超える好景気といわれた陰で、社会保障費二二〇〇億円の連続削減や、ワーキングプア、母子家庭、年金生活者にみられるような貧困層が増大 しました。社会背景からみても、まさにいま、生存権を問い、社会保障の充実を求める『第二の朝日訴訟の時代』。反・貧困の声も高まっています。裁判をみん なで支援し、さらに多くの国民の声にしてゆくなら、国の方針を、大きく転換させることもできると思います」(朝日さん)
図3 死者のうち、自殺者数を示したグラフ
(人口10万人当たり)
いつでも元気 2008.12 No.206