元気スペシャル 米は私たちの命
日本の農業はいま──
米農家の小林さん夫妻。「稲がスウッと育つ姿をみると、嬉しいし、本当に気持ちがいいんだよ」 |
農薬やカビ毒に汚染された輸入米が悪質な業者によって主食に回され、患者や子 どもたちまで口にさせられる事件がおきました。全容は明らかではありませんが、食の安全への関心がさらに高まっています。食料を海外からの輸入に頼り、先 進国ではありえないほど低くなってしまった食料自給率。消費者からは安全な国産米を求める声が高まっているにもかかわらず、米農家からきこえてくるのは 「続けられない」という悲鳴です。
「五千円札を張って出荷する」
「いまは何とかやっていますが、この先、日本人が国産米を食べつづけていけるか、非常に不安です」と、農民連(農民運動全国連絡会)ふるさとネットワークの横山昭三さん。生産者と消費者をつなぐ仕事をしています。
米の生産費と市場価格(入札価格)をあらわした資料を見せてもらうと…米の入札価格が年々下がり、ミニマムアクセス米(以下MA米)の輸入が始まる前の九四年に一俵(六〇㎏)あたり約二万一〇〇〇円だった価格が、〇七年には一万四〇〇〇円に(図)。
ここ一〇年ほどは、米作りにかかった費用(以下生産費)さえ回収できないほどの状態が続いています。農家の実際の手取りは農協などから流通経費二五〇〇 円程度を差し引かれ、生産費を五〇〇〇円前後下回ります。「米を出荷するたびに五〇〇〇円札を一枚ずつ張り付けているようなもの」、だそうです。しかもこ の生産費、農家の労働賃金は二〇〇七年産では一時間あたりわずか一七九円。最低賃金どころではありません。「採算性だけ考えれば、米の生産はとてもやって いけません。野菜づくりや他の仕事から得た収入を、米づくりに回している状態です」と、横山さん。
図1 いつまで続くのか米の原価割れ出荷 生産費を大幅に下回る入札価格 |
生産抑制の一方、大量の輸入が
「米の作りすぎは資源のムダ」と主張するポスター。「ひどい」と、生産者からの抗議があいつぎ、取りはずされた |
「これを」と示された一枚のポスター(写真)。「米の作りすぎはもったいない」と、東北農政局が減反の推進につくったものでした。
政府は「米価の下落は米の作りすぎにある」と、地域や農家同士に連帯責任を負わせ、減反できないと補助金の打ち切りのペナルティーをかけたり、稲が実る 前に刈り取る「青田刈り」を強要しています。これまでに水田面積の四割にあたる一〇〇万ヘクタール以上の減反がされた上、さらに一〇万ヘクタールの減反が 強いられています。
「その上」と、横山さん。「本当に国産米が余っているかというと、実は足りないんです。私たちの試算では、ここ数年、国産米の繰り越し在庫はマイナス状態(表)。本来の米の在庫の指標だった一〇月末時点のデータを政府が出さなくなったため、見えにくくなっていますが、新米がとれたそばから食べてつないでいるのが実情で、一度不作にでもなれば、あっという間に米不足が起こります。
余っているのは輸入米の方です。政府は国内米の生産を抑制しつつ、WTO協定の義務だからと、毎年七七万禔のMA米を輸入してきました。しかしなかなか 売れずに、在庫はいっとき二〇〇万禔にも。保管経費が年二〇〇億円にも膨れあがり、会計検査院から指摘が入ったほどです。今回の事件は、買い手もないのに 汚染米まで輸入する一方、在庫を減らしたくて悪徳業者に売り続けた結果です。そもそもMA米は義務ではなく、輸入機会の提供にすぎません。今、世界は深刻 な食糧不足にあり、日本の米輸入は国際価格をつり上げ、途上国の食糧を奪うことになります。不要なMA米の輸入はやめるべきです。国内で作れる米を作らな い方が『もったいない』。米は日本で唯一、一〇〇%自給可能な穀物なんです」
繰り越し在庫マイナス状態の国産米と増え続ける輸入米(万トン)
年 |
98 |
99 |
00 |
01 |
02 |
03 |
04 |
05 |
06 |
07 |
国産米在庫 |
344 |
255 |
173 |
213 |
201 |
144 |
-22 |
-28 |
-24 |
-20 |
輸入米在庫 |
42 |
44 |
56 |
75 |
95 |
127 |
148 |
175 |
189 |
152 |
(注)国産在庫は04年以降は政府が10月末在庫を公表しないため6月末在庫から推定。
“米づくりは自然が相手。工業製品とは違います”
農業版「構造改革」で価格暴落が
作業風景。
|
米価暴落の原因を横山さんはこう指摘します。「政府が米の管理責任を投げ捨て、需給も価格も市場に丸投げした『米改革』路線にあります」
もともと米の流通や価格は「食糧管理法(食管法)」のもと、政府が管理していました。天候によって収穫量が左右される農産物は、価格を公的に支えなければ、再生産が難しいからです。
ところが、MA米の輸入に合わせて食管法は廃止(九五年)、政府が間接的に米を管理する食糧法にかわりました。さらに〇四年、小泉政権の「米改革」で米 の流通は完全に市場まかせに。米業者の規制もなくしてしまい、今回のような悪質な業者を生み出しました。市場原理のもと、「安ければ安いほど良い」という 流れが米流通にも広がり、大手業者による買いたたきや価格破壊がくり広げられています。また本来は家畜の餌になるクズ米や古米や超古米、MA米などを原料 に『激安米』がディスカウント店などに出回り、米価全体が引き下げられました。
孫たちが田植えや稲刈りの時期に手伝いに来たときの写真。農学部にすすんだ子も。真ん中の写真は、スズメを大声で追い払っているところ |
「弱肉強食の小泉構造改革の農業版です。アメリカにさえ農業を守るための価格保障がある。政府 が米の管理に責任を持ち、国産の安全な米を安定供給できるようにすべきです。米が余っても米価が下がらず、不作でも国民が困らないしくみを、米屋さんや消 費者とともに求めたい。『米はみんなの命』です。私たちは農政を変える運動と合わせて『作ってこそ農民』を合言葉に大いに生産をふやし自給率を高める、こ の両輪でやっていこう、と考えています」(横山さん)
困難でも作り続ける米農家の思い
長野県佐久市で代々米農家を営む小林節夫さん夫妻(中信健康友の会)を訪ねました。戦後から一貫して農業が粗末にされてきたこと、「外国の米は入れない」という三度の国会決議を破って米の輸入自由化がされたことに怒りながら、米づくりにこだわってきました。
米づくりが盛んなこの地域でも、作り手が高齢化しています(全国では農業従事者の七〇%が六五歳以上)。「高齢化と田んぼの荒れは比例する。年々手入れ が行き届かなくなる田んぼをみて、心が痛む」と節夫さん。「農民の本能は、いい米を一俵でも多くとること。昔は豊作でお祭りをしたのに、今は豊作が責めら れる。農家は『生かさず殺さず』の扱いね」と妻の翠さん。
たしかに、先にきいたような収入では、跡継ぎはおろか、翌年の生産の見通しさえたたず、米づくりをあきらめる農家が出ても不思議はありません。苗のため のハウスづくりに約一〇万円、田植え機や稲刈り機は何軒かで共同所有しても一〇〇万円以上の負担があるそうです。農業の危機が農政のあやまりによってつく られてきたものだと実感します。
「でも…へたばる気はない」と、節夫さんから笑顔が出るのは││「国民に安全な食糧を安定して供給するのが農民の責務」と誇りをもっているからです。「自然相手の仕事は、工業製品をつくるようなわけにはいかない。机上の計算じゃあ、もちこたえられないよ」
都会から、農業をするために移住してくる若い人の存在も励み。最近、孫娘が「おじいちゃんの跡を継ぐ」と宣言し、農学部に入学しました。
「そりゃあ、うれしい。農業には、環境の保全や文化、人間回復など、農業だけにとどまらない価値があるんだよ」
文・木下直子記者/写真・五味明憲
いつでも元気 2008.11 No.205