特集2 新型インフルエンザ 常日ごろからの備えが必要
被害抑制が対策の中心
庄司 淳 宮城・坂総合病院呼吸器科 |
近年、「新型インフルエンザ」がマスコミでもたびたび取り上げられています。新型インフルエンザとは何でしょうか。
インフルエンザは、インフルエンザウイルスによって引き起こされる感染症です。このウイルスには粒子の構造の違いから、大きくA、B、Cの3つの型があります。このうち流行的な感染をみせるのはA型とB型です。
とくに問題となるのが、A型インフルエンザウイルスです。A型ウイルスの粒子の表面にはヘムアグルチニン(HA)、ノイラミニダーゼ(NA)という2つ の蛋白があります。HAには16種類、NAには9種類の亜型があるといわれています。つまりA型のウイルスはこれらの組み合わせにより16×9通り、 144種類もの亜型があるのです。
ただ、このすべてが人間に感染するわけではなく、一部が人間と人間との間で感染し、流行しています。
一方、「新型インフルエンザウイルス」とは、これまで人間に感染しなかったインフルエンザウイルスが変異して人間に感染するようになったものです。そし てこのウイルスが感染して起きるのが「新型インフルエンザ」です。
インフルエンザは鳥が起源?
インフルエンザは人間だけの病気ではありません。先述のようにウイルスにはさまざまな組み合わせがあり、豚や家きん(家で飼う鳥)、野生動物などもウイ ルスを持っています。とくに水鳥であるカモは、現在知られているすべてのA型インフルエンザウイルスを持っています。現在人間の間で流行しているインフル エンザウイルスは、カモをはじめとした鳥が起源と考えられています。
近年話題の「鳥インフルエンザ」は、鳥類がかかるインフルエンザをさします。その中でも感染した鳥が死亡したり強い症状を起こすものを「高病原性鳥インフルエンザ」と呼んでいます。
現在、新型インフルエンザの発生原因として注目されているのが、H5N1型高病原性鳥インフルエンザウイルスです。これは1997年に香港で初めて人間 への感染例が報告され、その後しばらく鳴りをひそめていました。しかし2003年に東アジアの養鶏場を中心にニワトリが大量に死に、H5N1型インフルエ ンザウイルスが検出され、大々的に報じられました。このころより世界各国で人間への感染事例も散見されるようになりました。
世界と日本では
日本では2004年に山口や大分、京都などの養鶏場でH5N1型ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザが流行しました。現在、流行は抑えられているも のの、時折、高病原性鳥インフルエンザが発生している状況です。いままでのところ、日本では鳥インフルエンザが人間に感染した例は報告されていません。
世界では現在、H5N1型鳥インフルエンザの感染が認められた地域は、東南アジアを中心に欧州やアフリカまで分布しています。人間への感染は2008年 6月19日の段階で385例が報告され、うち243例が死亡しています(図1)。
図1 鳥インフルエンザ(H5N1)発生国及び人での発症事例2003年11月以降(WHO・各国政府の正式な公表に基づく) |
世界的大流行(パンデミック)
鳥インフルエンザウイルスが、直接人間に感染することは非常に稀だといわれています。これまでの人間への感染例も、ほとんどが病鳥との直接かつ密接な接触により感染したと考えられています。
しかし鳥インフルエンザウイルスが豚などの家畜を介してヒトインフルエンザウイルスと混じり合い、人間へ感染する能力を獲得したり、または突然変異をお こして直接人間への感染能力を獲得する可能性が示唆されています(図2)。こうなると、新型インフルエンザウイルスが発生することになります。
通常のインフルエンザウイルスに対しては、ほとんどの人がこれまでウイルスに接触したことがあり、免疫をもっています。
しかし新型インフルエンザウイルスは誰も遭遇したことがないため、免疫を持つ人がいません。また、航空機など移動手段の進歩で、一度新型インフルエンザ が発生すると世界中に広がることが予想されます。新型ウイルスが人の集団に広範かつ急速に広がり、世界的大流行を起こす状況を「パンデミック」と呼びま す。
図2 鳥インフルエンザと新型インフルエンザの関係 |
過去にもあったパンデミック
図3 パンデミック(世界的大流行)6つの警戒段階(WHO) |
20世紀以降ではこれまでに3回のパンデミックが確認されています。第1次世界大戦中の1918年に始まったスペイン・インフルエンザ(スペインか ぜ)、1957年に始まったアジア・インフルエンザ(アジアかぜ)、1962年に始まった香港インフルエンザ(香港かぜ)がそれです。いずれも多数の患 者、死者が発生しています。そして21世紀となった現在、新たなパンデミックの発生が懸念されているわけです。
WHO(世界保健機構)では、世界にパンデミックの脅威の深刻さや、事前計画活動を実施する必要について知らせるため、6つのフェーズ(警戒段階)を用 いています。現在は「フェーズ3」で、新しい亜型ウイルスによる感染例がみられるが、効率よく持続した感染が人間の間に認められない段階です(図3)。この「フェーズ3」という段階は、人間への効率的な感染が確認されるとすぐに「フェーズ6」のパンデミックにまで上がる可能性があります。
国内最大2500万人感染
もしインフルエンザ・パンデミックが発生した場合はどうなるでしょうか? 現段階で新型インフルエンザウイルスの感染力や病原性は不明ですが、多くの感染者や死亡者が出て、社会機能の破綻、経済的損失など甚大な被害が想定されています。
日本政府は人口の約4分の1が感染し、医療機関を受診する患者数は最大で2500万人と仮定して対策をたてています。また、過去に流行したアジア・イン フルエンザやスペイン・インフルエンザのデータに基づき推計すると、入院患者は53万人~200万人、死亡者は17万人~64万人とされています。
2003年に同じように世界中で大問題となった感染症に「SARS」があります。これは「SARSコロナウイルス」という、これまで知られていなかった ウイルスによる感染症で、有効な治療法がなく死亡率も高かったため、世界中での流行も懸念されました。しかし「SARS」は患者の早期発見、隔離、接触者 の追跡調査、院内感染対策などの結果、封じ込めに成功し、現在までのところ流行は認められていません。
ところが新型インフルエンザは、症状が出るころにはすでに排菌のピークをすぎているなどの特性の違いもあり、「SARS」のような対策による封じ込めや コントロールは不可能と考えられています。したがって新型インフルエンザの場合には、いかにパンデミックを防ぐかというよりも、パンデミックが起こった場 合の被害を最小限に抑えることが対策の中心となっています。
行政の対策は
新型インフルエンザ対策として、有効な手段の一つと考えられているのがワクチンです。現在、日本でもインフルエンザワクチンの接種がされていますが、これはいま人間の間で流行しているウイルスの中で、そのシーズンに流行するであろう亜型を想定して製造されています。
しかし新型インフルエンザウイルスは、当然これまで流行しているウイルスとは型が異なるため、一般のワクチンでは効果が期待できません。そのため、現在 はH5N1型鳥インフルエンザウイルスが人間に感染した事例から分類されたウイルスを元に、ワクチンの開発がすすめられています。
ただ正確には、新型インフルエンザウイルス用のワクチンは新型インフルエンザウイルスが発生しないと製造できません。そのため現在開発されているワクチ ンが実際にパンデミックに有効であるかどうかはわかりません。このワクチンは大流行前(プレパンデミック)ワクチンと位置づけられ、国内で安全性や接種回 数の検討もかねて、医療従事者や空港などの検疫所職員を対象に接種がすすめられている段階です。
また、治療としての抗ウイルス剤の確保も対策としてあげられます。先述したように新型インフルエンザがどのようなタイプのウイルスとなるかわかりません が、A型インフルエンザウイルス全般に効果のあるオセルタミビル(商品名タミフル)やザナミビル(商品名リレンザ)などの薬剤は、新型インフルエンザにも 有効だと考えられています。国内でもパンデミックに備えて約2500万人分の備蓄がすすめられています。
しかし治療薬があれば安心というわけではありません。新型ウイルスの感染が疑われる患者全員に薬剤を投与するわけにはいきません。パンデミックとなれば 新型インフルエンザの人のほかに、通常のインフルエンザやかぜの人なども受診することが予想されます。薬剤を投与する場合、優先順位や各地への配布方法な どの問題もあります。また、オセルタミビルが効かないウイルス発生の報告もあります。
私たちにできることは
咳エチケットを喚起するポスター |
以上の対策のほかに、私たち一人ひとりにできる対策はあるでしょうか? 基本的には新型インフルエンザへの対策も、毎年流行する季節性インフルエンザ対 策と同じと考えられます。つまりバランスよく栄養をとる、外出後は手洗いをする、などの一般的な体調・衛生管理も個人でできる対策として重要です。
また基本的には人と人との間で感染は広がるため、なるべく感染者との接触をさけることが重要となります。流行地への渡航、人混みや繁華街への外出を控えることも大切です。
不要不急の外出をしないことが原則となるため、生活必需品を備蓄しておくことも有効と思われます。災害時と同様に、外出しなくてもよいだけの最低限(2 週間程度)の食糧・日用品を準備しておくとよいでしょう。そのほか、本人・家族が感染した場合、どのように家庭内で役割を分担し家庭を維持していくかな ど、各家庭で計画を立てることも必要になってきます。
さらに感染拡大を防ぐために最も重要なのが、自分自身が周囲に広げないように注意を払うことです。咳・くしゃみの際はティッシュなどで口と鼻を押さえ る。咳をしている人にマスクの着用をお願いする。これらは「咳エチケット」と呼ばれ、新型インフルエンザだけでなく、通常のインフルエンザや呼吸器感染症 の拡大防止にも有効です(写真)。
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以上、新型インフルエンザに関する基礎知識と現状をお話ししました。専門家の間では、新型インフルエンザの発生とパンデミックは、近年必ず起きるとの考 えが主流です。大地震などの災害と同様、行政のみならず個人レベルでも日ごろからの心構えと備えが必要だと思われます。
参考:国立感染症研究所感染症情報センターホームページ
http://idsc.nih.go.jp/index-j.html
厚生労働省ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/
いつでも元気 2008.10 No.204