特集2 「妊娠かな」と思ったら 早く受診して身を守ろう
母子の危険を未然に防ぐ
佐藤典子 東京・立川相互病院産婦人科 |
妊娠・出産を控えた皆さんにお伝えしたいことがあります。
(1)妊娠・出産は病気ではありませんが、いつも危険と隣り合わせです。早めに、相談できる医師・助産師と出会うことが大切です。
(2)妊娠中は母子ともに優しい生活を心がけましょう。
(3)赤ちゃんは母乳で育てましょう。育児は一人ではできません。妊娠中から身近な方への協力をお願いしたり、友だちをつくったりしておきましょう。
減る産科施設
妊婦が乗った救急車の受け入れ先が見つからなかった事例が続き、「妊婦たらい回し」などの見出しでセンセーショナルに報道されたのは、記憶に新しいところです。
「受け入れ先が見つからない」のは「受け入れなかった施設が悪い」という問題ではありません。産科を扱う医療施設と医師は年々減っていて、受け入れられないのです。
分娩取り扱い施設は1985年の5884施設から2005年には2938施設へと半分になり、産婦人科医は94年~04年の間に約800人減りました (厚生労働省調査)。分娩を扱う医師は全国で約8000人です(2005年産婦人科学会調査)。地域によっては、医療機関まで相当の遠距離通院を余儀なく されているでしょう。
かかりつけ医を持とう
このような状況のなかで皆さんにぜひお願いしたいのは、妊娠かと思ったらなるべく早く受診し、かかりつけ医を持つことです。
市販の妊娠検査薬で妊娠を確認して安心している場合もあるかもしれません。しかし「妊娠反応が陽性」=正常妊娠とは限りません。子宮外妊娠や流産の場合もあります。急な腹痛や大量出血に見舞われるかもしれません。
そうなってから救急車を呼んでも、なかなか受け入れ先は見つからないのです。どこの産科施設も手いっぱい。一度も診察していない妊婦を受け入れることは 困難ですし、重症の患者を治療できる施設は限られています。重症になることを未然にふせぐことが、母子の身を守るポイントなのです。
図1 妊娠カレンダー |
受診を控えるのは危険
超音波検査の赤ちゃんの画像(12週) |
妊娠を疑ったら受診をして、正常妊娠かどうかの診断を受けましょう。まず尿検査をおこない、妊 娠性のホルモンが出ているかを確認します。陽性であれば超音波検査で、子宮の中に胎嚢(赤ちゃんが育つ部屋)があるか、胎嚢の大きさは最終月経から推定さ れる大きさと一致しているかどうかを見ます。
ところで正常妊娠には公的健康保険が適用されません。自費診療になるため、医療機関によって料金はことなります。初診時に血液検査などをおこなうと、 けっこう高額の医療費がかかることがあります。これが妊娠しても医療機関にかからない要因の一つだと考えられています。
従来、妊婦健診に対する公費補助(無料、または一定額までの補助)の回数は「2回」など少ないところがほとんどでしたが、補助する回数が増やされた自治体もあります。
一部の自治体では補助回数が14回というところも。妊婦健診にかかる費用を節約しようとして受診を控えるのはたいへん危険です。制度を活用し、負担を軽減しましょう。
収入によっては分娩費用が補助される制度もありますので、地元の区市町村の役所に相談しましょう。
母親学級などに参加を
妊娠が確認されたら、医療機関や自治体で主催される母親学級などに参加して、妊娠中の生活・食事のアドバイスを受けてください。心身ともに分娩に備えて おくことが、よりよい妊娠生活や育児のスタートにつながります。自分の身体を注意深く観察し、気になることがあれば相談しましょう。
ただ、産科の合併症の多くは自覚症状が乏しいという特徴があります。妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症といわれていた)や妊娠糖尿病は、妊婦健診を受けていれば早期に発見できます。やはり健診は欠かせません。
ここでは薬やたばこの影響と、比較的多く見られる産科合併症である絨毛膜羊膜炎についてお話しします。
悪影響のある薬はわずか
受精卵は約0・1ミリメートルと非常に小さく、1週間くらい卵管の中でさまよい、子宮に着床します。まだこの時期は本人も妊娠したとは気づきません。次 の月経予定日ごろからお母さんと赤ちゃんの間に血液の行き来が始まります。妊娠したと気づかずにX線検査を受けた、薬を飲んでしまったなどの相談は多いの ですが、つぎの月経予定日を迎える前の間であれば、まず影響はありません。
その後の服薬では、理論的には赤ちゃんに薬が流れることになりますが、実際に奇形などの悪影響が知られている薬は多くありません。
服薬などがなくても、一般的に100人に4~5人の赤ちゃんは、生まれたときに診断される病気(先天異常)を持っています。飲むことで先天異常の可能性を高めることが知られている薬はわずかです。
心配な方は薬名と内服時期を正確にメモして、主治医に相談してください。国立成育医療センターはこの種の相談を専門的に受けつけています(電話03・3416・0181)。
お母さんのたばこは赤ちゃんにも有害 |
たばこは赤ちゃんにも有害
一方、妊娠中・授乳中の喫煙は赤ちゃんにとって明らかに有害です。
ニコチンは血管を縮める作用があるので、胎盤の血管の発達を妨げます。胎盤は赤ちゃんとお母さんの間で栄養物と老廃物、酸素と二酸化炭素を交換する場所で す。血管の発達が悪いと赤ちゃんに十分な栄養がまわらなくなってしまいます。
さらに前置胎盤(子宮口の一部、または全部を胎盤が覆ってしまう)や胎盤早期はく離など、母子ともに生命の危険をともなう合併症になる確率も2倍近くに 上昇するといわれています。早産や低出生体重児が生まれる危険性も高まります(図2)。
たばこの危険は妊娠中だけではありません。乳幼児突然死症候群(SIDS。それまで元気だった 赤ちゃんが、事故や窒息ではなく、眠っている間に突然死亡する。生後2~6カ月に多い)の危険が高くなるのです。両親ともに喫煙している場合、両親が喫煙 しない場合の4・7倍も発症率が高まるとの報告もあります(97年度厚生省心身障害研究「乳幼児死亡の防止に関する研究」)。
これらのことから、喫煙していた方でも禁煙にとりくむ意義が大きいことをわかっていただけると思います。妊婦さんだけでなく、夫やその他の家族も同時に禁煙にとりくむことが必要です。禁煙外来も活用しましょう。
早産まねく絨毛膜羊膜炎
早産とは、妊娠37週未満に生まれることです。
赤ちゃんがまだ母体の外で生活できる力がないのに生まれてしまうので、呼吸したりおっぱいを吸ったりする力がありません。生まれたら酸素を吸わせたり点 滴するなどの手厚い治療が必要です。助かっても早産で生まれたために、赤ちゃんに何らかの障害が残る可能性があります。
ですから、早産はできるかぎり予防しなければなりません。前兆としてはおりものが増える、おなかが硬くなったり重くなったりする、トイレが近くなる、出血するなどがあります。自覚症状がないこともあるので、超音波検査が有効です。
図3 子宮頚管 |
16~20週で子宮腔と腟を結ぶ子宮頚管(図3)の長さを測定し、子宮の出口もきちんと閉じているかどうかを見ます。
子宮頚管は出産時に胎児の通路となりますが、胎児の成長とともに出産に備えて短くなっていきます。子宮頚管の長さが短すぎると、早産しやすい体質であることがわかります。
早産の原因はまだよくわかっていませんが、赤ちゃんを包む膜(絨毛膜、羊膜)の炎症が大きな原因のひとつと考えられています。絨毛膜羊膜炎の初期には、 子宮の入り口に炎症が起きるので、おりものを検査します(炎症マーカー)。陽性であれば、腟の洗浄をおこないます。規則的な子宮収縮が起こっている場合は 安静にし、子宮収縮抑制剤の内服や注射をおこないます。
母乳は「最高の食べ物」
赤ちゃんは母乳で育てたいと思っている方が多いと思います。母乳は赤ちゃんにとって「最高の食べ物」です。これに代わる食品はありません。
母乳にはリンパ球やマクロファージなどの生きた細胞がふくまれていて、細菌やウイルスの繁殖を防ぎます。お母さんが持っている抗体も渡ります。栄養も赤ちゃんの月数によって必要な成分に変化する「オーダーメイド」の食事なのです。
粉ミルク(人工乳)は主に牛乳の加工品で、母乳に近づけようと工夫がこらされているようですが、母乳にはかないません。
おっぱいで育てるのは、ほ乳類である私たち人間にとって当たり前のことですが、いまの日本では簡単ではありません。母乳育児に必要な知識・技術の伝達と周囲のサポートが少ないからです。
自信につながる母乳育児
おっぱいは、赤ちゃんが生まれたらすぐにシャーシャーと出てくるわけではありません。生まれたばかりの赤ちゃんの胃袋はビー玉くらいの大きさなので、にじむ程度のおっぱいでも何回も飲ませれば十分なのです。
「赤ちゃんには3時間ごとに授乳しましょう」などと書かれたものもありますが、それは人工乳の場合です。
母乳では90分で胃袋が空になるので、1日10回以上授乳する必要があります。最初はもっと何回も授乳する必要があります。
初めはお母さんは寝不足になってしまいますが、だんだんとおっぱいの出る量も増え、赤ちゃんのほしがるリズムに合わせて休息もとれるようになってきます。
いまのおばあちゃん世代が出産したころは人工乳全盛期で、母乳で赤ちゃんを育てた率が20%を下回ったともいわれています。赤ちゃんが泣いていると「何 でミルクを足さないの? かわいそうに」とおっしゃる方がよくいらっしゃいます。乳業メーカーと病院が主導して母乳育児を妨げてしまった負の遺産です。
しかし最近になって母乳育児の大切さが見直され、科学的研究がすすんできました。
母乳育児は母子間の愛情や信頼を育み、お母さんが自信をもって育児にとりくめるようになる、大きなきっかけとなります。娘さんの母乳育児を先輩方もあたたかくサポートしていただきたいと思います。
イラスト・いわまみどり
知ってますか?
妊娠・出産、教育費を軽減する制度
妊娠・出産・教育費用を軽減する主な制度を紹介します。積極的に活用しましょう。
妊娠・出産費用
■妊婦健診費用 妊婦健診費用を自治体が補助します。従来、補助する回数はほとんどの自治体で「2回」でしたが、厚労省が「5回以上に」と通知を出し、補助回数を増やす自治体が増えています。
08年度から5回、またはそれ以上に増やす自治体も出ています。市区町村に確認しましょう。
■出産育児一時金(35万円) 加入する公的医療保険(被用者健康保険、国民健康保険など)に申請することで給付されます。出産した子どもごとの給付のため、双子なら70万円です。
妊娠4カ月(85日)以上であれば、流産・死産でも給付されます。
■出産育児一時金の受取代理 出産育児一時金を医療機関などが代わって公的医療保険に請求します。2006年10月から始まった制度です。窓口では分娩費用から35万円が差し引かれた金額を払うことになるため、負担を大きく減らせます。
受取代理は広がっていますが、国保などでは一部扱っていないところもあります。出産予定の施設にも確認しましょう。
保険料の滞納があると利用できないことがありますが、事情を伝えることで利用できることがあります。病院の医療相談員にも相談しましょう。
■出産費資金の貸付 出産育児一時金の支給が見込まれる世帯主に対し、公的医療保険から一時金の8割までを貸し付ける制度です。
■入院助産制度 経済的に困難な世帯が無料または低額で分娩できる制度。福祉事務所または市区町村に申請し、指定された助産施設で分娩します。
分娩費用の負担は、表が一般的です。(1)生活保護・住民税非課税世帯、または(2)前年の所得課税が1万6800円以下で出産育児一時金が35万円未満などの条件があります。
教育を援助する制度
■義務教育の就学援助金 入学準備金や学用品費、中学のクラブ活動費、給食費、医療費などが支給されます。 援助対象になるのは、(1)生活保護世帯、(2)昨年度または今年度に生活保護を停・廃止された世帯、(3)ほか、経済的な理由で学用品代金や給食費の支 払に困っている世帯など。収入の基準は、各市町村が独自に決めています。申請は誰でもできます。
■高校の授業料の減免 都道府県立高校の授業料を保護者の年収などに応じて減免します。基準は都道府県が要綱などで定めています。
※くわしくは病院の医療相談員に相談を。
いつでも元気 2008.4 No.198