特集1 “貧困から子どもたちを守らなアカン!”
いま学校に何が?
大阪で開かれた「こどもシンポ」 |
「親の貧困が、子どもたちに影響している。学校には想像以上の実態がある」編 集部にこんな連絡が入りました。学校では何が起こっているのか? 教室や保健室を通して、学習することはおろか、健康に成長することさえ危うい環境にある 子どもたちの姿がみえてきます。同時に学校や医療関係者、地域が協力し、「子どもたちを守ろう」とはじまった動きもあります。
公立学校の校医をしている民医連の医師は、学校との懇談でこんな話をきいた。
「学校給食だけが一日の唯一の食事」「夕飯は、遅く帰る親がコンビニで買って帰った弁当一個を分けている」
「病院にいけない子どもがいる。高熱でも登校して保健室で寝ていたり、骨折しても受診せず『治った』と見せてくれた骨が曲がってついていた、という例も」
少なくない生徒たちに貧困が影を落としていることに教師たちは悩み、胸を痛めているという。
「逃げ場」のない子どもたち
納入金の徴収を知らせる学校からの案内 |
「特別な地域だけの話ではないと思います」全日本教職員組合(全教)の養護教員部長の多田真理子さんはいう。これは保健室で子どもたちと接している多田さんの実感でもある。
発熱した生徒に、保護者に連絡しようか? と尋ねても、拒否する場合が最近多い。三八度近い熱でもがまんしている。朝から具合が悪かったかときくと、 「うん」。フルタイムでも非正規で働いている親が多く、自分のために仕事を休めば収入に響くことを知っているからだ。
「私の学校のように、比較的おちついた地域にあっても、親が働きに出ている家は最近多い。登校途中にケガなどして、家に帰る方が近かったんじゃない? と思う場合でも、お家にはおとながいないから、学校に来るしかないんです」
「こどもシンポ」を企画した大阪
低所得の家庭が受けることができる就学援助。この受給世帯が日本一多い大阪府で、子どもにかかわりあるひとびとがつながり、子どもたちの成長を守ろう、 という動きがつくられてきている。さまざまな立場から、実態や実践の交流をと企画された「こどもシンポ」だ。実行委員会には教職員組合を中心に、民医連や 社保協、女性団体など一五もの組織が参加した。
大阪教職員組合(大教組)の先生たちに話をきいた。
「ここ五~七年ほどで、教室の子どもの姿から、親の貧困やたいへんな働きぶりが透けて見えるようになって…」渡部有子副委員長は、発端を振り返る。
「荒れる子、手のかかる子、文句をいう親などの多くに、働き方や生活苦などの背景が横たわっています。子どもたちを正確にとらえようと思えば、環境も含めて見る必要がありますが、教員も発生する問題の対応にひたすら追われて…」
例えば、学校納入金、各家庭の銀行口座から毎月引き落とす形で納入してもらうしくみだ。小学校低学年で児童一人に三〇〇〇円は請求される、高学年なら宿 泊の積み立てなども加わり五〇〇〇円、子どもが二人いれば一万円近く、三人なら一万五〇〇〇円。この額を毎月支払うことが厳しい家庭があっても不思議はな いが、一度で引き落とせない家庭はクラスの三分の一にもなる。当該家庭への連絡は担任の仕事になることが多い。もっと保護者に話をききたいが、目の前の仕 事だけで毎晩遅くなってしまう。
別項は、大阪教職員組合がとったアンケートの一部だ。教育現場からみえる「貧困と格差」の実態を知ろう・知らせようと、教職員たちから集めた。生活に追 われて子育てや教育どころではない家庭のようすがうかがえる。一〇〇円コンパスではきれいな円が描けずに困る子ども…しかし渡部先生たちがいちばん問題だ と考えるのは、円の形ではない。
「小学校中学年にもなれば、友だちと自分の家の暮らし向きの違いはわかります。『お父ちゃんお母ちゃんにお金の心配をかけたらあかん』と、子どもなりに 気遣った結果が、円も描けない一〇〇円ショップのコンパスなんです。おとなに気を遣うんです。これは子どもたちにとって、『どんな自分でもいいよ』と、安 心して受け止めてもらえる基盤が崩されているということです。これが成長や発達に、どんなに影響するか」
学校・医療・地域でネットワークをつくって―
保健室で起きていること
健康面も心配だ。国保証がとりあげられた家庭や、医療費の窓口負担が重くて、病院にいけない子どもたちが目立ってきた。突き指して受診をすすめても「保険証ないねん、お父さんいま仕事ないねん」と湿布薬だけもらいにくる子。
「先生、僕ウソついた」と泣いた子がいた。「きのう学校でケガして病院にいった」というが、そんなようすはなかったので担任は不思議に思った。その子が しばらくして「ホンマは遊んでてケガしたけど、お母ちゃんから『学校でケガしたっていいな』といわれた」と泣いた。学校でのケガならスポーツ健康センター の保険から治療費が出るからだった。
熱で休んでも、受診しないのでインフルエンザかどうかわからない。医療費助成の対象になる下の子の薬を上の子に飲ませている家庭もある。 子どもが救急車で運ばれる急病でも、仕事を切りあげて駆けつけられない父子家庭もあった。
「いまは熱のある子を学校へやらざるをえない親の気持ちを受け止めることも大事だと思っています」と、養護教諭の小豆島悦子さん(副委員長)はいう。
「家庭が安定しないと、子どもたちも安定しません。ましてや落ち着いて勉強は。所得格差が学力格差に結びついています。多くの外国でされているような、教育の無償化はほんまに必要です」
教職員の努力…でも追いつかない
子どものいる世帯は貧困率が高い (2002年)(%)
※貧困の基準は生活保護世帯 母子家庭の年間就労収入別世帯割合 |
体操服がボロボロにすり切れても着ていたり、大きくなった足を靴の破れからはみ出させて履いている子もいる。これまでも、就学支援制度を知らせるなど、学校でかかる親の負担を軽くしようと、教職員たちは努力してきた。
大教組事務職員部のメンバーは、教材費負担を減らそうと知恵をしぼっている。就学援助費で設定された学用品費(年間約一万六〇〇〇円)に収まるよう、一 時期しか使わない教材(算数セットやそろばん、彫刻刀など)は、 年次計画を立てる際、学校の備品として揃えた。体操服もスーパーなどで安く買えるように校章付きのデザインをやめた。
給食費など学校納入金の未納家庭への連絡も、子どもの学校でのようすを伝えながら信頼関係をつくり、保護者を傷つけないよう注意している。毎月児童数の 一五%が未納だが、こんな対応を続け、ここ数年の滞納はゼロになった。遅れ遅れでも、保護者たちは一生懸命納入する。「悪質な親が増えて給食費滞納が激 増」などという報道は、正しくないと実感する。
しかし、この努力も貧困の広がりのスピードや、社会保障制度の後退、教育予算削減の規模の大きさに追いつかない。
〇五年に就学援助への国庫補助廃止を政府が決めて以来、援助対象になる基準が狭まった。それまでは生活保護の一・五倍程度の収入の世帯だったが、いまは 一・四倍~一・〇倍。生活保護基準以下の収入の世帯しか受けられない、という自治体まである。「これほど基準が厳しくされても、受給件数が増えているんで すから、どれだけ生活に困った世帯が増えているか、想像がつきます」と、同・事務職員部長の桐谷和子さんは怒る。
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こうして先生たちは「子どもたちを貧困から守るネットワークを、学校の外の人たちともつくっていきたい」と、呼びかけるに至った。「たとえ親でなくて も、親身になるおとながいれば、子どもたちは育ちます。それほど大きな可能性を持った子どもたちの成長を、社会の責任で見守らないと」と、渡部さんは語 る。
民医連職員もかかわって
シンポジウムは、民医連の小児科医・真鍋穣医師が実行委員長をつとめた。同じく保健師の春本明子さんもシンポジストとして参加し、「学齢期に入ったとたん、子どもたちを支援する受け皿がなくなる」と指摘した。
婦人団体や、生活と健康を守る会は母子家庭の実態を報告、あいつぐ国保証の取りあげが、子どもたちの受療権を奪っていることも報告された。
「こんなに交流できるとは。やってよかった」というのが渡部さんたちの実感だ。その後の動きもある。実行委員会ではシンポ後も、大阪府知事選挙の全候補者に子どもを守る政策について公開質問状を出し、回答を得た。
子どものいる世帯からも国保証を取りあげている自治体との交渉の場で社保協がシンポ参加者の発言を読みあげて迫り、「検討する」という回答も引き出した。医療団体とも面談、歯科医師会長に「放っておけない」と語らせるに至った。
「少し動きがつくれました。憲法二六条の教育を受ける権利を守るために、横のつながりをもっと持ちたい」 (渡部さん)
木下直子記者
教育現場にあらわれた「貧困」の実態 大教組調査06年 【小学校】 小遣いで買った100円のコンパス。円が描けずに困って… |
いつでも元気 2008.4 No.198