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いつでも元気

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特集2 進歩するHIV感染症治療 “死なない”病気になってきた

東京・都立駒込病院感染症科 今村顕史さんにきく

抵抗力の維持・回復がカギ

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今村顕史さん

 HIV感染症、エイズと聞くと「必ず死にいたる」というイメージを持つ人も多いでしょう。しかしいま、HIV感染症は死なない病気になりつつあります。
 HIV感染症とは、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)が免疫を壊し、抵抗力が下がっていく病気です。しかし抵抗力が下がっただけでは人は死にません。健康 な人はかからないような合併症(日和見感染症)にかかり、死に至るのです。この合併症を起こした状態がエイズ(後天性免疫不全症候群)です。合併症を起こ す前に抗HIV薬を使ってウイルスを抑え、抵抗力が下がらないようにする。これがいまのHIV治療の流れになっています。
 抗HIV薬の開発が成功したのが1996年ごろです。現在の医療水準ではウイルスを完全に消すことはできませんが、血液検査では測れないほどに抑えること(測定感度未満)が可能になっています。

早めの治療が大事

 HIV感染症は、免疫とウイルスの検査をしながら治療します。この2つの検査の関係を理解することが大切です。図1を見てください。

図1 HIV感染症には大きく3つの段階が
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 CD4とは、正式にはCD4陽性リンパ球数といい、病気とたたかう免疫のために働いている白血球の仲間です。CD4数が減ると免疫が下がり、抵抗力が落ちます。
 HIV│RNAとは、HIVウイルスの量を測る検査です。これが上昇すると、ウイルスも多くなります。
 HIV感染症には3つの段階があります。まず急性期です。感染したばかりの時期で、短い期間、熱が出たりしますが、症状の出ない人もいます。

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図2 治療を早期に開始すると

 

 その後、数年から10数年の無症候期が来ます。その名の通り、これといった症状はありません。しかし気付かないうちにCD4数は下がり、やがてエイズ発症期を迎えます。
 そこでエイズ発症期を迎える前に、抗HIV薬を3剤以上組み合わせた治療を始めます。
 ただ感染者全員に抗HIV薬を使うわけではありません。合併症を起こす少し手前まで免疫が下がってから、服用を始めます。CD4数は一般の人では血液 1ml中700~1500個と差が大きいのですが、200~350個となった時点で抗HIV薬を使います。CD4数が200を切ると、合併症を起こしやす くなりますから、ウイルスを抑えて、免疫を維持するのです(図2)。

図3 治療開始が遅いと
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 HIV感染がわかったとき、すでにCD4数が200個を切っていた場合はどうか。治療は大変です。ウイルスを減らすのも、CD4数を回復させるのも大変になります(図3)。CD4をつくる力が衰え、あまり回復しない場合もあります。合併症があれば、合併症も治療しなければなりませんが、合併症にはまだ治療法のないもの、進行すると手遅れになるものがあります。やはり早めの治療がよいのです。

日本に多い「いきなりエイズ」

 ところが日本では合併症を起こしてからHIV感染がわかる「いきなりエイズ」の人が多いのが現状です。
 HIV感染者の統計を見てみましょう。エイズ未発症者では、20代~30代が多く、女性が少ないですね(図4)。 しかし、これが実際のHIV感染者の実態を反映しているかというと、違うと思います。「性行為で感染するのだから若い人に多い」「男性の同性愛者に多い」 というイメージを多くの人が持っている。そのイメージに当てはまる人が心配になって検査を受けたり、医療者側が検査をすすめたりして感染がわかったという のが実態でしょう。
 その証拠にエイズ未発症者は20代、30代に多いのに比べ、エイズ発症者は30代~50代が多いですね(図5)。感染に気づかないまま数年から10数年の潜伏期間を過ごしている人がかなりいるということです。

図4 日本人HIV感染者(エイズ未発症者)の年齢別報告数(H14~16の3年間合計)

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図5 日本人HIV感染者(エイズ発症者)の年齢別報告数(H14~16の3年間合計)
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 また男性の感染経路で見ても、感染者(エイズ未発症者)では同性間が多いのに比べ、エイズ発症者では同性間と異性間でそれほど差はありません(図6)。「自分は同性愛者じゃないから」と検査を受けることもなく、感染がエイズ発症まで見落とされている人が多いのです。
 世界では4000万人の感染者がいるといわれ、先進国では日本だけが増えているといわれています。

図6 日本人男性における感染経路の変化

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増えている「私がどうして?」

 ところで、異性との性交渉しか経験がなく、不特定多数の人と性交渉を持つような「遊んでいる」人でなければ大丈夫なのでしょうか。実は、そうとはいえないのです。
 自分の交際相手が一人でも、相手に不特定多数の人と性交渉をした経験があれば、自分も間接的に多くの人と接することになりますね。
 さらに数年から10数年間という無症候期があります。しかしつきあうときに「あなたは過去10数年間、何人の人とつきあってきましたか」なんてことは聞きませんね。
 また自分がつきあっている相手の過去の相手に、不特定多数の人との経験があったかもしれない。そう考えていくと、性交渉がある人には誰にでもHIV感染のリスクはあるものと考えるべきでしょう。私の外来でも、「私がどうして?」という人が増えています。

最大のリスクは性感染

 では、どうしたらよいのでしょう。大事なのは感染予防ですが、特別なことをするわけではありません。
 HIV感染症に対する誤解に「うつりやすい」というものがあります。しかし「患者さんに刺した注射針を間違えて自分に刺した」という医療者の針刺し事故でも、感染率はB型肝炎で30%、C型肝炎では3%ですが、HIVでは0・3%です。
 HIVと聞くと「お風呂はいっしょで大丈夫か」「感染者を刺した蚊に刺されても大丈夫か」「洗濯物は別々にした方がよいのか」など、過剰な防御を考えがちです。しかしもっと感染率の高いB型肝炎やC型肝炎で洗濯物を別々にはしませんね。
 歯ブラシやカミソリ、傷口を触るとうつると思っている人もいますが、針刺し事故は他人の血液を体内に直接入れてしまうという一番感染しやすい行為ですから、これより感染率が高いことはありません。血液での感染は日常生活ではほとんどないし、唾液でも同じです。
 感染するもっとも大きなリスクは性感染で、これを防ぐいちばん有効なものはコンドームです。日本では避妊目的で使う傾向が強いですね。しかし性交渉があ れば感染のリスクはあると考えて、すべての性感染症を予防する目的でみんながコンドームを使うようになれば、HIV感染者も減るでしょう。

検査は簡単に受けられる

 感染の不安がある人は、検査を受けましょう。採血検査で、一般の医療機関や保健所で受けることができます。保健所であれば無料で、しかも匿名で受けられます。
 検査ではまず、スクリーニング検査(一次検査)をおこないます。この検査は感染者をもらさないため、できるだけ「ひっかける」ようになっていますから、 感染していなくても0・3%の人が「偽陽性」になります。一次検査で「陽性」になっただけでは、感染しているという判断はできません。
 一次検査で陽性になった人は、確認検査(二次検査)をします。確認検査でも陽性になった場合、HIVに感染していると診断されます。

患者の高齢化で新たな課題

 HIV感染症が「死なない病気」になってきて、患者の高齢化による課題も生まれています。高齢になれば介護が必要になったり、糖尿病や高血圧症など、HIV感染症以外の病気にかかる人が増えます。しかし感染者を診てくれる医療機関が非常に少ないのです。
 駒込病院に通院している延べ1226人の外来患者(HIV感染症)のうち、60歳以上の人は何と15・4%もいます。通院までにかかる時間を見ると、30分、1時間、なかには2時間かけてくる人もいます(図7)。近くに感染者を診るところが少ないため、一部の医療機関に患者が集まらざるをえないのです。
 こうした状況を是正しようとして厚労省は各都道府県に中核拠点病院を設け、患者を分散させる方針を決めました。しかし、いま決まりつつある中核拠点病院 は高齢者を診る病院というより、病状が落ちつくと他の病院や施設に紹介している病院が多い。HIV感染者の高齢化に対応する準備は、まだ遅れているので す。

図7 現在の通院状況

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すでに感染者は身近にいる

 またHIV感染者は、すでに私たちの身近にいることも知っておく必要があります。
 駒込病院に紹介される患者は、毎年増えていますが、その多くが一般の病院や診療所で発見された人たちです。内視鏡検査(胃カメラや大腸ファイバーなど)や入院時の検査、妊婦健診でも見つかっています。
 また駒込病院でHIV感染がわかったばかりの人に、5年間以内に歯科を受診したかと聞くと、68%の人が受診したと答えています(図8)。5年前ならすでに感染している人が多いはずです。先生が感染していると思わないで診ているだけです。

図8 当院初診前の5年以内に歯科受診があったか
都立駒込病院のHIV感染症外来患者(2001年)

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 「準備ができていないからHIV患者を診られない」という医療機関も多いと思いますが、それは感染がわかった人を診ないというだけにすぎません。
 医療にはスタンダードプリコーションという考え方があります。体液や血液は、未知の感染症があるものとして扱い、常に対応する。これが正しい考え方で す。新型インフルエンザ、SARSなどいろいろな感染症がどんどんわかっている時代です。飛行機に乗っていろんな人が世界中を行き来している。日本にも未 知のウイルスがすでに入っていてもおかしくありません。
 HIV感染だけでなく、すべての感染症から防御をすべき時代なのだと思います。

感染者を受け入れる社会を

 治療は進歩して、HIVの検査もやりやすくなりました。以前は絶対亡くなる病気でしたが、いまは「早く見つけた方がよい」「慢性疾患に近づいてきた」と説明できるようになってきました。
 さらにHIV感染者でも子どもを生める時代になっています。母親が感染している場合でも、しっかり治療すれば母子感染率は1%未満になります。男性が感染者の場合は精子をより分けて体外受精をする方法も開発されています。

図9 周囲の誰にHIV感染症を打ち明けたか
都立駒込病院のHIV感染症外来患者(2001年)

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 しかし治療法の進歩に比べ、仮に自分が感染者だと思って日本の社会を見回してみたときに、どうでしょう? 感染者を支える環境はあまりできていません ね。まだ「必ず死ぬ」「うつりやすい」という誤解があります。先ほどの60歳以上の患者へのアンケートでは、周囲の誰にも自分が感染者だと打ち明けていな い未告知の人が21%もいます(図9)。自分だけで抱え込んで悩んでいるのです。
 HIVは、自分も感染している可能性があることを多くの人に理解してもらうことが大切です。日本がもう少しHIV感染症を受け入れる社会になれば、気が楽になって検査を受ける人が増え、先進国で唯一、感染者が増えている現状も変わるでしょう。

いつでも元気 2007.10 No.192