特集1 コムスン事件ではっきりした介護保険の問題点 営利企業では担えない、老後の安心
訪問介護サービスの最大手・コムスンの不正が発覚しました。厚労省の処分を受け、同社は介護事業から手をひくことに。これまで 同社からサービスを受けていた全国六万五〇〇〇人の高齢者やその家族、二万四〇〇〇人余の職員、広範に影響が及ぶ事件になりました。悪質な業者には相応の 処分がされてしかるべきです。しかし、今回の事件は単に特定の事業者が起こした問題としては片付けられません。「老い」を安心して生きるために、事件を通 してみえた問題とは?
「第一に、利益と株主配当を目的とする営利企業を、公的サービスに参入させるという制度をつくった厚労省の問題が大きい」と、全日本民医連の林泰則事務局次長(介護福祉部担当)は指摘します。
「介護保険スタート当時、コムスンは一気に一二〇〇事業所を開設し、二カ月で四割を撤退。理由は『採算がとれない』でした。営利企業には地域の高齢者の 介護に責任を持つ、などという発想はおおよそありません。市場原理に基づく営利性と、介護に求められる公共性は、相容れないものなんです」
「ニーズより売り上げが大事」
元コムスン職員の証言
介護保険開始時のコムスンの印刷物。営利参入でサービスが進化すると豪語した |
「ニュースをきいて『やっぱり』と思った」とAさん。コムスンの介護事業所の責任 者をしていました。介護保険が始まる前からヘルパーをしていましたが、介護保険が始まった時期にコムスンの職員になりました。「とたんに働きにくくなっ た」といいます。上層部から報告されるのは事業所ごとの売り上げばかり。上位の事業所には会長が出向いて表彰、徹底して利益に重きがおかれました。
そんな雰囲気のなか、Aさんも利益を意識するように。新規の利用希望者がいても家事援助なら断りました。
「家事は、身体介助と比べて介護報酬が低いですからね。以前はどんな条件の方も断らなかったのに、コムスンにかわってから、『ニーズより売り上げが大 事』になって…。利益の競争に追われ、善悪の感覚がマヒしてゆく感じでした」ほどなくしてAさんは同社を辞めました。
介護の質も明らかに落ちました。ヘルパーは訪問先での滞在時間を少しでも短く切りあげようとします。
「契約したサービスの終了時間が来れば、食事づくりが途中でも帰る、なんて話はありえます。もっとひどいのは、利用者さんが目の前で倒れた、食事が喉に 詰まった、ということがあっても、時間になれば帰っちゃう。救急車も呼ばず、事業所に連絡して対応を仰ぐこともせずに…ですよ。それが営利企業の介護なん ですよね。介護は商品ではありません。どうすれば良くなる? と考えれば考えるほど、介護を公的責任でおこなっていた措置時代に戻してほしいと思えてきま す」とAさん。
営利企業の参入で起こる問題は、介護保険スタート前から危惧されていました。「営利企業が組織目標として追求するのは『最大利潤』、非営利企業の『最適 利潤』とは、一文字違いだが、違いは大きい」とコメントした専門家も。
「介護は福祉からサービスへ進化する」―介護保険スタート時、こう豪語したコムスンは、営利企業の参入の象徴でした。それがこの七年間で介護保険制度の 矛盾を証明する存在になってしまいました。営利の参入で、利益の競争はあってもサービスの質が向上するどころではありませんでした。厚労省に求められてい るのは、介護保険の制度設計のミスを認め、見直しをおこなうことです。
「同時に浮かび上がったのは、介護現場がどんなに厳しいか、という問題です」と、林さん。グラフは訪問介護に従事する労働者の統計です。身分が非常に不安定で、給与も低いことがわかります。
低すぎる介護報酬が困難うむ
介護職の月給は? |
「コムスンのような大手もありますが、介護を支えているのは地域に根ざした多くの事業所の奮闘なんです。そのほとんどが小規模事業所。国が介護給付費を抑え、介護報酬があまりにも低いので、職員の賃金が改善されません」(林さん)
〇五年・〇六年の介護報酬改定では、全体で二・四%の引き下げ。〇三年も二・三%のマイナス改定でした。介護保険がはじまって以来、介護報酬は一度も上 がっていないのです。人件費やコスト削減などの事業所の経営努力も、もはや限界です。
労働条件が低すぎて人材確保も困難に。介護職を目指す人が減り、欠員になる介護専門学校があったり、就職一年以内に退職するスタッフは二割近くにのぼり ます。当然ヘルパーを専門職として育成する時間や財源の保障はどこにもありません。
「新人が入れば訪問に同行して教えたい。けれど、そういう訪問にも一人分の報酬しか出ないわけで、何度も同行はできない。本人に自信がなくても、まわり が『大丈夫』と送り出す、といった状態」と、関係者は話します。
介護にもっと税金を使ってほしい!
「介護の仕事を続けたい、でも」
埼玉・ケアステーションみさと(東京民医連)では、介護実践を利用者さんへの手紙で記録。この一文はそのひとつ。老いてもその人の尊厳を守ろうという心が伝わる。介護職は生存権を守る最前線の仕事だ |
一定の技術を身につけ、やりがいも感じている。でも「続けたいのに、続けられない」。ある非営利法人で働くヘルパーのリサさん(33)もその一人です。「『一生続ける』とは言いきれない」と話します。
人を助ける仕事がしたくて、三年前にOLから転職、自宅から利用者宅へ直接出向いて介護する「直行直帰」スタイルで働いています。食事づくりや掃除・洗 濯の家事援助から、身体介助まで。一日に複数の入浴介助が入ればヘトヘト、結構な重労働です。
でも、やりがいはあります。「貧しくて孤独・困難な高齢者の典型」といった人たちの生活も間近にします。腐った畳や布団、中身が溢れたポータブルトイ レ、ゴミを片づけ、人間らしい生活環境を整えるところから支援が始まるお宅があります。湯沸かし器やエアコンがない家はざら。何カ月もお風呂に入れていな い人も珍しくなく、「せめて足を」と何度もお湯を換え、ていねいに足浴します。認知症がすすみ、食べ物や水分を口元まで持っていかないと何も口にしないひ とり暮らしの高齢者もいます。「私の介護が、この命を支えている」と実感します。
時給は一〇〇〇円、悪くない条件に思えますが、働いた時間としてカウントされるのは、利用者のもとで働いた時間だけ。月~土曜まで週三六時間労働の契約 ですが、サービスとサービスの間の待機時間があるため、実際の拘束はそれ以上。収入を拘束時間で割ってみると、時給は最低賃金にも満たない六〇〇円でし た。
月十数万円の手取りでは、親元を離れて生活するのも難しい。正職員になる道もありますが、仕事や拘束時間が増えるだけで、収入は上がらないので決断でき ません。今より条件の良い職場も探してみましたが、見つかっていません。
「政府は高齢者を『お荷物』のように扱っている。その人たちを支える私たちの仕事が尊重されないのは当然かもしれない」と、リサさん。「介護の制度を良 くしていくために、介護労働者と高齢者は、いっしょに声をあげられる間柄だと思う。そのためにも私たち働く側の実態を知ってもらうことが、大切かな」
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「こうした低介護報酬の構造が、サービスの質の向上や、利用者が必要とする介護サービスの提供・継続を難しくしています。地域の介護基盤を弱くする一番 大きな要因です」と林さんは指摘します。「高齢化はもっとすすみます。介護報酬引き上げとともに今でも重い利用者負担を軽くするために、国は介護に税金を もっと使うべきです。今回の事件を契機に、『誰のための何のための介護保険か』を問い直しましょう」
文・木下直子記者
コムスン事件とは… 全国に介護事業を展開する株式会社コムスンが、訪問介護事業所を開設する際、実態のないヘルパーの名前を届け出るなど虚偽申請をした事件。同社はこれらの 事業所が行政から指定を取り消される前に、廃止届けを出し、責任逃れをしようとした。介護報酬の不正請求も発覚。厚労省は6月、同社の新規事業の開設や事 業更新を認めないと決定、2081カ所の事業所のうち1655カ所が事実上閉鎖に。同社は介護事業から撤退した。コムスンの親会社・グッドウィルは、偽装 請負で有名になったクリスタルグループや、日雇い派遣などの事業も手がけている。
いつでも元気 2007.9 No.191