元気スペシャル 市立病院ささえよう オール根室で医師不足打開を 北海道根室市
根室市内で急性期をになう唯一の病院、市立根室病院。深刻な医師不足で、次々と科が閉鎖、規模縮小に追い込まれ、存続の危機 に。市内で唯一、療養病床があった隣保院病院が閉鎖されたのが二〇〇六年三月末のこと。引き続く医療の危機に、市民が手を取り、事態を打開しようとすると りくみが広がっています。
〝ゆりかごから墓場まで不安〟
人口三万一〇〇〇人の根室市。人口比で全国平均の四割しか医師がいません。この医療過疎に追い討ちをかけるような市立根室病院の医師不足。二年前には一七人いた常勤医師が、今年四月には六人に減ってしまいました。
二〇〇六年四月に脳神経外科が閉鎖。昨年九月からは産婦人科の常勤医師がいなくなりました。産婦人科は週二回の外来のみとなり、出産は市外を頼るしかあ りません。ことし四月からは整形外科も週二日の外来のみに。外科も外来のみとなりましたが、六月から常勤医師が一人、国立病院機構派遣の医師が二人赴任し て入院・手術も再開。しかし国立病院機構からの派遣は八月いっぱいまでです。
医師不足のため外来患者は減少しました。ベッドも一九九床のうち、稼働しているのは一四四床で、入院患者・手術件数も減っています(表)。四~五月の二 カ月間で一日三〇〇万円、合計二億二〇〇〇万円の赤字という緊急事態です。
市立根室病院の常勤医師数と患者数・手術件数 | ||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||
※2007年の医師数は6月現在。入院・外来患者は4~5月の平均 |
釧路まで2時間以上かけて
早朝の根室駅前。5時50分発のこのバスで釧路の病院に通う患者もいる。到着は8時~8時半ごろだという |
さらに深刻なのは、根室市から別海町や釧路市の病院まで車で一時間から二時間以上 かかることです。鉄道やバスなどを使えばそれ以上。根室市の中心から釧路市の病院まで約一三〇礰もあります。本土なら県を優にまたいでしまう距離です。市 立病院で対応できない科が増えたため、市内にある四台の救急車がフル稼働、すべて根室市を出払ったことも。ことし二月には、陣痛が始まった妊婦が別海町の 病院に向かう途中、車中で出産。乳児は一時、体温が三四度にまで下がり、命を落としかねない事件が起きました。
市立歯舞診療所の上田則行所長(66)もことし春、鎖骨を骨折した患者が鉄道で釧路の病院まで行ったと話します。「根室では、鎖骨骨折ぐらいでは救急車 は呼べないから」と上田さん。根室駅までバスで出て、駅から鉄道で二時間二〇分かけて釧路駅まで行き、タクシーで病院にたどりついたといいます。
「ゆりかごから墓場まで不安」―「根室の地域医療を守る連絡会」代表の山口庄一郎さん(76)は、根室市の医療危機をこう表現します。
また根室市は間近に北方領土をのぞみ、外務省の北方四島支援事業として毎年ロシアの人々が受診に来ます。しかし市立病院だけでは対応できなくなっています。医療危機が国際問題にもなりかねません。
医師会など幅広い団体が動いて
「オール根室で地域医療を守ろう」と立ち上がる動きも始まっています。民医連加盟 のねむろ医院・田辺利男院長(57)は、根室市医師団(医師会)会議で、市立病院の医師不足解決のために開業医・市立病院の医師が協力しよう、と働きかけ てきました。その結果、市立病院の応援に休日・祝日の日直で入ってほしいと市が要請し、田辺さん、上田さんなど地域の開業医ら四人が応えました。「日直に 入っている間、少しでも市立病院の医師が楽になれば」と上田さんは心境を語ります。
六月二日には連絡会が「市立根室病院の現状を考える市民シンポジウム」を開催。田辺さん、市立根室病院の管理課長、金沢大学・横山壽一教授がシンポジストとなり、一二〇人の市民が参加しました。
シンポジウムにあたり、商店街にポスターを張り出してくれる保守系の市議会議員も。市立病院の医師確保を求める署名もおこない、市立病院職員、消防署、 医師会や歯科医師会、農協や漁協、千島居住者連盟などさまざまな団体に申し入れ。四つの漁協だけで一七〇〇筆、全体で六月末までに七一〇〇筆が集まりまし た。「隣近所をまわって四〇筆集めた」という伏見陽二さん(74)は「みんなすぐ署名してくれるよ。病院なかったら困るから」。「命の格差をなくしてほし い」というのが、市民の願いです。
医師不足解消はまちづくりの課題
医師の「偏在」が問題?
医師不足の原因は何か。政府は医師数は足りているという認識です。「地域的な偏在」が問題で「医師不足が国民の健康や寿命に影響している状況ではない」と(昨年一一月二日、柳沢伯夫厚労相)。
しかし現実には、OECD(経済協力開発機構)加盟国平均と比較しても、圧倒的に少ない日本の医師(図)。根室市民の頼みの綱である釧路市でも、医師不 足は同じです。大学から派遣されていた医師が引きあげたため、釧路労災病院はことし四月から産婦人科を休診に。医師を一部の「中核病院」に「集約」する厚 労省の方針の一環です。「集約」するといいながら、実際には派遣する医師の総数を減らします。北海道一八〇市町村のうち、お産ができる施設があるのは三七 市町村だけになっています(七月現在)。
市立根室病院の医師不足も、直接のきっかけは大学の医師引きあげですが、大学も医師が足りない。二〇〇四年度から卒後臨床研修が義務化され、民間の臨床 研修指定病院に研修医が流れたことも一因ですが、日本全体の医師数が足りないからこそ大学でも医師不足が起きたのです。
OECD加盟国人口1000人当たりの医師数(2004年)
|
数あわせだけでは解決しない
「医師不足は、単に医師を連れてくればいいという“数あわせ”の問題ではない」と強調する、ねむろ医院事務長の高橋香織さん(46)。山口さんも「市立 根室病院には、たしかに八月までは外科医師が三人います。しかしそのうち、国立病院機構から派遣されている二人は数週間交替なので患者の術後に責任を持ち にくいため、大きな手術ができない。麻酔医もいない」といいます。
道東勤医協友の会根室支部事務局長の神田雄一さん(61)は、「産婦人科や小児科の医師体制を充実させ、子育て世代の医師が来たいと思えるようにするこ とも大事」と。医師が技術や知識を磨ける環境をととのえることも課題です。
地場産業である漁業も不振のときに命を守る砦の医療まで崩壊すれば、市は文字通り「沈没」してしまいます。医師不足解消は、まちづくりの課題でもあります。
全国の運動の前進が“原動力”
「世論を変えてきたという手応えを感じている」という山口さん。根室の医療危機が注目されるようになり、大学から市立根室病院へあらたに医師を派遣する動きも。目の前の医療危機を打開すること、同時に医師不足を招いた日本の医療政策そのものを変えることが必要です。
「市立病院は二次医療圏(注)の中心となる、なくてはならない病院。同時に今の医師不足は北方領土問題をかかえるまちの医療過疎問題でもあります。地域 医療を守る住民運動をさらにすすめて、住民過半数の署名を早期にやりとげたい」とねむろ医院院長の田辺さん。
「根室市の医療危機打開のために、他の地域でできることは何ですか」と質問すると、山口さんはこう話しました。
「医師不足は全国で問題になっています。過疎地なら過疎地、離島なら離島、都市部なら都市部の問題がある。医師不足は、何でも効率や競争でやろうとする 政府の医療政策に根本原因がある。ですから、各地で医師不足解消のための運動にとりくみ、成功させることが私たちの励みにもなるし、原動力になるのです。 それが一番!」と笑顔を見せてくれました。 文・多田重正記者/写真・五味明憲
(注)二次医療圏 一般の入院医療を提供する体制の確保を図る区域。道内で二一圏域ある。
いつでも元気 2007.9 No.191