全日本民医連が高齢者実態調査 2万人の協力で─ 浮かびあがる 「貧困」「孤立」
昨年秋に全日本民医連が全国でとりくんだ「高齢者医療・介護・生活実態調査」の概要がまとまりました。対象は六五歳以上の医療生協組合員、友の会 員など共同組織の皆さんです。目的は、高齢者の生活の実際や抱える困難、ねがいをリアルにつかんで、社会保障制度の改善や、国や地方の政治に反映させよ う、すべての高齢者が安心して住み続けられるまちづくりのために生かそう、というもの。集まった声は二万人分。結果から浮かんできたキーワードは「貧困」 と「孤立」でした。
「貧困」
高齢者のきびしい生活実態が明らかになった
東京保健生協での調査。組合員の高野イツさん宅で (06年10月26日「民医連新聞」提供) |
図1は本人月収です。「一〇万円未満」の人が四割。「最低限度」とされている生活保護と同じか、それ以下の収入です。女性ではさらに厳しく、過半数が一〇 万円未満でした。「収入は国民年金だけ」という人が、公的年金受給者全体の二割。無年金の方が八〇五人を数えたことも見過ごせません。
こうした事情を背景に、三人に一人が「生活が苦しい」と答えました。とくに「ここ四~五年で暮らしが苦しくなった」という人は四割にも。
昨年、税制改定が高齢者世帯を直撃し、住民税・国保・介護保険料負担が重くなった影響とみられます。六人に一人が被服や食費、教養娯楽、高熱水費、交際費などを切り詰めていました。それでも足りず、貯金を取り崩している人は一割を超えました。
医療・介護の支払いに「負担感がある」と答えた人は、五割近くになりました(図2)。そして、実際に介護保険サービスや、医療機関での治療を控えている人も少なくありませんでした。
「日常的に心配ごとがある」人が六割、「将来に不安がある」人が八割を占めています。
図1 本人の月収「10万円未満」が4割 | 図2 医療、介護の支払いについて半数近くが「負担」と |
高齢者医療・介護・生活実態調査について |
「孤立」
ひとり暮らし、外出なし生活全般に支障あり
図3 収入と「外出」の度合い 収入が低い人に「外出しない」が多い |
ひとり暮らしの人は、全体の四分の一でした。その半数が「健康上の理由で生活に支障がある」と訴え、税や保険料負担増の影響も大きく受けていました。また、ひとり暮らしの七人に一人が「相談相手がいない」と回答。なお、生活保護受給者の七割は、ひとり暮らしです。
「『ほとんど』または『まったく』外出しない」という人(「外出なし」群)は、全体の三分の一。この群には、「健康上の理由で日常生活に支障がある」と 答える割合が高く、その内容は家事や入浴、食事、起床などすべての項目にわたりました。また「近所づき合いがない」という人は二割いました。所得が低いほ ど「外出なし」の割合は高まり、「月収五万円未満」では四割が「外出なし」群です(図3)。
職員が驚いた暮らしぶり
調査は、職員が対象者のお宅を訪問し、経済状況や生活ぶりについて、顔をあわせて聞き取る形でおこないました。参加した職員はのべ二万四〇〇〇人。今回 初めて高齢者の生活の場を訪ねた職員も、少なくありませんでした。全日本民医連に集まった数百枚の報告書には、高齢者の暮らしぶりに驚き、政治に怒りを感 じた職員の声がありました。
「訪問したとたん、『取り崩していた貯金が底をついて生活できない』と相談された。月三万円の年金生活者だった」
「『お金に困ってない』と答えたお家で、紙オムツが五~六枚干してあった。本当は厳しいのでは」「食費が月一万円だった。このご家庭の医療費の支払いがときどき滞る理由が分かった」
また、「こんな生活の人から、税金や保険料を取る行政が信じられない」「年金の少なさに驚いた。その大半を介護や医療費に取られ、どうして暮らせるの か。怒りがこみあげた」「高齢者が安心して生活できる社会に変えなければ」「高齢者のこの実態を社会に示すことが、医療・介護に関わる私たちの使命だと思 う」と。
高齢者への負担増計画 これ以上耐えられない─
職員がきいた声 ~報告書より~
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「構造改革」が苦しみのもとに
政府の「構造改革」が社会保障を削り、生活の困難な高齢者を増やした―。調査は、こう痛感させました。
それでも足りないかのように、政府は六月に税制・保険料の改定で、さらなる自己負担増を計画。〇八年度からの「後期高齢者医療制度」で、高齢者全員に保 険料を払わせ、滞納すれば保険証取り上げも考えています。
長野・老健はびろの里の介護福祉士・原明日香さん(23)の訪問先は夫婦二人の生活保護世帯でした。みるからに古いお家、暖房は豆炭で、これに火をおこ すにもガスを使わず、近くの林でもらった木切れを燃やしていました。買い物は足の悪い夫の仕事です。値段をみて買うかどうかを判断したいので、ヘルパーに 買い物は頼めません。切れた電球も換えず、食事は一日一度にしていることも分かりました。
「利用料が負担でサービス利用をやめる人の話は聞いていましたが、調査でリアルにつかめました。いまの制度では、本当に介護が必要な人が、お金がないためサービスを受けられない。なんとかしないと」
調査の背後にさらに困難な人
もう一つ、調査プロジェクトが重視していることがあります。調査協力を依頼した人たちは七万人でしたが、訪問を許可してくれたのは、二万人だけでした。 声が聞けなかった人が五万人も。なぜでしょう? 各地の調査担当者からはこんな報告が。
「生活がたいへんなお宅ほど、自宅に訪問されることをためらい、拒否する」「家がたいへんで答える余裕がない」。調査の背後に、困難な事情のために協力 できず、現状を訴えることすらままらない層が確実に存在しているのです。
「このままではいけない」
調査で分かった現状を受け、さっそく行動しているところも。「調査で分かった以上に困っている人が、地域にいるはず」と、「困ったことはありません か?」と呼びかけるチラシを、周辺地域の全世帯に配った病院。調査に同行し、「会員から孤独死を出してはいかん」と、ひとり暮らし高齢者の安否確認の具体 化を話しあっている友の会(長崎健康友の会・花丘ブロック)など。
東京の西部保健生協では、孤立する高齢者の生活支援に、有償ボランティア「助け合い活動の会」をはじめました(写真)。
庭の手入れや食事づくり、買い物など、介護保険からはみ出した部分の生活支援です。また、ひとり暮らしの高齢者を対象に、週一度、組合員さんから電話をかける「安心コール」もはじめました。
写真と文・木下直子記者
「貴重な調査になりました」
実態調査の企画・分析に関わった専修大学(社会保障論)
唐鎌直義(からかまなおよし) 教授
住宅問題が生活を圧迫
昨年の全国調査へのご協力のおかげで、たくさんの新事実があきらかになりました。政府がすすめているような高齢者の負担増政策をこれ以上おこなうべきではない、と再確認できるものでした。
衝撃的だったのは、高齢者が抱えているさまざまな矛盾と最も強い相関関係にあるのが住宅問題である、ということです。
所得の高い低いよりも、家族といっしょに暮らしているかいないかよりも、「持ち家」であるか否かによって、高齢期の生活が大きく変わってしまう、という ことです。確かに、住宅を形成できたということは、個人の長年のキャリアを反映しています。また、厚生年金の受給者であっても、年金から家賃を払い続ける ことは困難です。
男性の回答者の一八・六%、女性の回答者の二二・一%が持ち家ではありませんでした。高齢者向けの家賃補助のような新しい仕組みをつくっていくことが、高齢者福祉施策の重要なテーマになりそうです。
いつでも元気 2007.6 No.188