特集1 医師不足から始まる日本の医療崩壊 欧米と比べ12万人も少ない 埼玉県済生会栗橋病院副院長 本田宏さんの話 税金を医療に使い、医師を増やせ
本田宏さん (毎日新聞社提供) |
医師不足が深刻な社会問題になっています。「医師自身が声をあげていかなく ては、日本の医療が崩壊する」と訴え続けている本田宏さん(埼玉県済生会栗橋病院副院長)。NHKの「日本の、これから 医療に安心できますか」(10月 14日放送)でも日本医師会会長、厚生労働省事務次官らとともにコメンテイターとして出演。番組をリードしていました。
番組と全日本民医連医師委員長会議での講演から、「税金をもっと医療に使い、医師を増やせ」という本田さんの主張のさわりを紹介しましょう。
医師は総数が絶対に足りない
NHKの調査では、この3年半で、224の公的病院の347の診療科が閉鎖されま した。多かったのが産科96カ所、小児科36カ所。診療報酬が低く、24時間対応で過酷な労働を強いられ、何か起きたら刑事事件にされかねないという現実 のなか、「医師が疲れ切って病院を離れる」という形が最も深刻に出ています。
■「集約化」で新たな無医地区が
しかし厚労省は「全体としての医師数は足りている。都市部に偏在していることが問題だ」といいます。医療の高度化に対応して安全性を確保し、医師労働を軽減するためには「集約化」が必要だとして、都道府県に実施を求めています。
マスコミでもたびたびとり上げられているのが、三重県での集約化の例。産科医が2人ずついた御浜町と尾鷲市で、尾鷲市の2人を御浜町と別の市に異動。御 浜町では3人体制になりましたが、尾鷲市では産科がなくなってしまいました。市民の強い要求で市は独自に産科医を確保。しかしそのための高額の医師給与が 市財政を圧迫しかねない…上からの集約化が、新たな矛盾と無医地区を生みだしています。
■医療の質と安全に影響
「偏在が問題だという説はウソ。都市部でも医師数が十分な県は一つもない」と本田 さん。「医療に安心できますか」では、本田さんが副院長を務める栗橋病院での医師当直が紹介されました。 16年目の女性の外科医。午前も午後も手術をし て、その後入院患者を診察し、夕方5時から当直(月6回)。救急患者の対応をしながら、合間を見て保険会社に出す診断書を作成(民間保険の加入者が増え、 医師の事務作業も増えている)。午前2時、勤務についてから18時間ぶりに仮眠。翌朝、そのまま外来診察。午後からはまた手術で、当直明け勤務が終わった のは、夜の9時。前日朝から37時間が経過していました。 医師は「これが通常の勤務。自分が疲れているために事故の危険性が高まる。患者さんに跳ね返ら ないようにということだけ考えている」と語っていました。本田さんはこういいます。 「医師不足は、そこに医者がいないという問題だけでなく、いても、医 師数が不足しているために一人何役(外科、化学療法、緩和ケア、救急)もこなさなければならない。それが医療の質と安全にも大きく影響しているのです」
表1 日本の医師はOECD平均より 12万人不足 |
表2 日本の医師不足、原因は偏在ではない! OECD平均に足りている県は1つもない(人口10万対医師数) |
表3 年間外来患者数と1回の医療費 |
■診察患者が欧米の3・5倍
日本の医師はどのくらい足りないか。
OECD(経済協力開発機構)加盟国の人口10万人当たり医師数平均は、約290人。日本は200人弱で、加盟国29カ国中26位です。
「日本の医師数は26万人。OECD平均並みなら38万人です。12万人も少ない(表1)。OECD平均より医師数が多い県は1県もありません(表 2)。WHO(世界保健機関)の06年報告では世界192カ国中なんと63位ですよ」
医師が1年間で診ている患者数を比べると、スウェーデンでは900人、アメリカで2200人。日本だけが断トツで8400人です(表3)。
「OECD平均は2400人ですから、日本の医者は3・5倍働いている。だから“3時間待ち3分診療”“ちゃんと説明もできない”ということになるのです」
国際評価は世界一だが…
日本の医療は、WHOとOECDの評価で総合世界一。理由は、国内総生産(GDP)に占める医療費割合がOECD加盟国中18位(安い)、健康達成度は世界1(効率がいい)、平等性が世界第3位(誰でもかかりやすい)だからです。国民皆保険制度が果たした役割は大きい。
■ヒラリーさんはこういった
その半面、こんな事実があります。
無保険者が国民7人に1人に達して、金持ちしか医療が受けられず大問題になっているアメリカで、クリントン大統領のとき、日本の国民皆保険制度を導入で きないか検討したそうです。結論は、導入できない。なぜかというと、アメリカ人は日本のような医療では満足できないから。3時間待ち3分治療、大部屋…質 が悪過ぎる、ということで断念した、と。
「そのときにヒラリー・クリントンさんがこういったそうです。『日本では医療従事者が聖職者さながらの自己犠牲で働いているから、医療がもっているんだ』と。外国人はそう見てくれているのです。
日本の医療は、コスト(費用)、アクセス(かかりやすさ)、クオリティ(質)の3つを目指して、結局、クオリティが落ちてしまった。この3つは、2つは 選べるけど、3つ同時には選べないのです。100円ショップでルイヴィトンは売っていない。ビジネスホテルでホテル・オークラのサービスは無理なんです」
日本は“社会保障国”でなく“社会舗装国”
社会保障費は欧米の1/2、公共事業費は3倍
患者負担は欧米の2倍
「でも、日本の医療費が安いといっても、患者さんは納得できませんよね。保険料も 高い、窓口負担も高いのですから。カギは、国の税金の使い方にあります。ヨーロッパ諸国では、税金を使って医療費が家計に占める割合を5%以内に抑えてい る。日本は11%と倍以上です。こんなに国民に負担させている国はない」
■ケタ違いに医療費は安いのに
表4は、急性虫垂炎(盲腸)で入院 したときの治療費総額と入院日数です。 「一番高いアメリカの医療費は1泊2日で190万~240万円。患者負担はその人が入っている保険によっていろい ろです。ロンドンでは、医療費は114万円ですが、患者負担はなし。バンクーバー(カナダ)、マドリッド(スペイン)、ローマ(イタリア)も、患者負担な し。パリ(フランス)は2泊で47万円ですが、患者負担2万8600円。フランクフルト(ドイツ)は自己負担1万円。国が医療費を負担しているのです。
日本は、医療費はベトナム並みに安く、患者の負担は3割で約10万円+個室代。つまり、ケタ違いに医療費は安く、患者負担は高い。ここが一番の問題なのです」
■勤務医の給与は大手社員より安い
「物価高の日本で、診療報酬の単価は低い。しかも薬剤、医療機器は世界一高いのです。病院が購入するとき、欧米での価格の約3倍にふくらんでいる。日本の病院が黒字になるわけがありません。
よく、医師の給与は高いと非難されます。しかし一般の勤務医の生涯賃金は大手企業のサラリーマンより安い、とある経済関連の雑誌に取り上げられていました。勤務医の実態はそうなんです」
■厚労省にいいたい。この実態
医療の質を保ちながら、国民負担を重くしないために税金を使っている先進諸国。医療費抑制といって、国民にさらに負担を押しつけようとしている日本。
「医療に安心できますか」でもいくつかの実態が紹介されました。
父親の入院していた病院の経営が成り立たなくなって閉院となり、仕事を辞め、自宅でみるしかなくなった50代男性。
C型肝炎の患者(30代)は「アルバイトでしか働けず、月収15万円。検査の数値が悪くなり、インターフェロン治療を勧められているが、月5万円の医療 費で1年間かかる。副作用が強いので、治療中は働けない。それで100%治るとは限らないし、踏み切れない。肝がんになる危険性があることはわかっている が」と。
月5万円の年金収入しかない老夫婦の国民健康保険料が月1万円。保険料の未納が1年間続くと、保険証が取り上げられ、10割負担になります。
福岡・行橋市の市長の言葉が痛烈でした。「厚労省にいいたい。保険料を払えない人は10割負担にして生活保護に回せと指導がある。しかし生活保護は、一 定数以上は増やすなと、これも厚労省の指導だ。いったいどうしろというのか」
特別会計が266兆円も
■高速道路の緊急電話250万円
「その国が何を大事にしているか。予算を見れば一目瞭然です」と本田さん。日本の社会保障費は一般会計の中で23%、公共事業費は10%。
「しかし一般会計の3倍以上の特別会計が266兆円もあります(表5)。ここに道路特定財源などの公共事業費がつまっている。日本の公共事業費は欧米の約3倍、社会保障は2分の1です。
びっくりしたのは高速道路の緊急電話です。国会答弁によると1台250万円です。原価は40万ですよ。しかも1礰神おきに両側についている。こういう付 帯設備でもうけるんですね。道路をつくりたがるわけです。僕は思いましたね。そうか、日本は“社会保障国”ではなくて“社会舗装国”だったんだ!」
04年、OECD加盟国では、医療費の73%は国の負担です。日本は、国と地方あわせて33%。一方、国民の負担が45%(窓口負担15%、保険料30%)です。
■イギリスではすでに医療崩壊
「これ以上の国民負担増は理不尽の一言です。いま、きちんと、国民の税金を医療に 使え、医者を増やせと主張しないと、確実に日本の医療は崩壊します」 日本と並んで医療費抑制を続けてきたイギリスでは、怒った患者が医者を殴るというよ うな事件まで頻発。医者が国外に逃げ出し医療崩壊状態に。ブレア首相は医療費を1・5倍にすると公約し、医学部の定員を1・5倍にしました。 「日本でも 医者が悪者になっている。そして疲れ切った勤務医が離職するという形で、日本の医療崩壊が始まっています。質を保つためには、人もお金も必要なんだと、医 師自身が訴えなくては。そうしないと、患者さんが迷惑をこうむるのです。事故が起きてから『がんばっていたんだけど』といっても遅いのですから」と本田さ んは強調します。
■余裕のある人は税金で出して
「そしてもう一つ。医療費抑制と合わせて、政府は混合診療を解禁しようとしています。金で医療の質に差別をつける。これも絶対に許せません」
番組の中では、混合診療推進派は「ゆとりのある人には相応の負担をしていただく」などといっていました。
「日本医師会長の唐澤祥人さんがきちっといってましたね。『ゆとりのある方には税金で出していただいて、病気になったときは金のある人もない人も、同じようによい医療を』と。そのとおりです。
格差社会を広げるのか、格差を縮めて安心できる社会をめざすのか、国民全体の問題なんですよ」
いつでも元気 2006.12 No.182