特集2 〝現代の国民病〟糖尿病 4年後には1080万人に!?
近藤照貴 長野中央病院内科 |
予防も治療も、食事・運動が第一
厚生労働省の調査(2002年)では、糖尿病が強く疑われる人が740万人、糖尿病の可能性が否定できな い人が880万人おり、日本人の6人に1人が糖尿病である可能性が示されました。2010年には糖尿病の患者数は1080万人になると予測され、まさに糖 尿病は現代の国民病といえる状況になっています。
初めは自覚症状がない
糖尿病は、血液中の糖分(血糖)が一定値以上に高い状態が続く病気です(図1)。血糖は正常の人では 100mg/dl前後に制御されており、大食いをしても、断食をしても、極端に上下しないようになっています。コントロールしているのは、おもに膵臓から 分泌される「インスリン」というホルモンです。
体内に吸収された糖分は、肝臓を通って全身で利用され、その後グリコーゲンという物質になって肝臓や筋肉 に蓄えられます。グリコーゲンは必要に応じてブドウ糖に分解され、血中に放出されて利用されます。肝臓や筋肉、脂肪などでブドウ糖を利用するときや、グリ コーゲンを分解するときにインスリンが必要になります。インスリンが出なくなったり効きにくくなったりすると血糖が上がり、やがて糖尿病になります。
糖尿病は血糖レベルがよほど高くならなければ(300mg/dl以上くらいまで)ほとんど自覚症状がありません。このため糖尿病の診断が遅れ、合併症が出るまで気づかないことが多いのです。
明らかな高血糖となると尿中に糖が出て(尿糖)、尿の量も増えます。結果、のどが渇いて水を飲みたくなります。尿糖が多量に出る状態では、細胞でブドウ糖がうまく利用できないため、体重が減ってしまいます。
2型糖尿病が激増
糖尿病は1型と2型に分類されます。1型糖尿病は、1型糖尿病になりやすい体質の人が、ウイルス感染などをきっかけに急にインスリン分泌が減り、高血糖になる病気です。
インスリン分泌の減少や枯渇にもさまざまなタイプがある(激症、急性発症、緩徐進行型など)ことがわかってきていますが、いずれにせよ一生インスリン注射が必要になります。日本人の場合、糖尿病全体に占める割合は欧米人よりも少なく、3~5%と推定されています。
2型糖尿病は体質的素因にくわえて過食、運動不足などの生活環境要因が影響して、インスリンの効きが悪くなったり(インスリン抵抗性といいます)、膵臓からのインスリンの分泌が悪くなったりして、血糖値が上がるタイプです。日本人の糖尿病の95%程度がこのタイプです。
最近の40年間で30~50倍も増えており、日本人は欧米人ほど肥満者が多くないにもかかわらず、患者数は増加しています。
なぜ急に糖尿病が激増したのでしょうか。人類は長い間飢餓とたたかってきて、できるだけ体にエネルギーを蓄えようとしてきました。とくに日本人の食事は穀物が中心の低脂肪・低カロリー食で、とりすぎたカロリーを処理する能力はあまり要求されませんでした。
ところが、食べたいだけ食べられる飽食の時代になり(現在は格差も拡大していますが)、ご飯やいもなどの穀類を1日500gも食べていたのが280gに減少。一方、脂肪摂取量は18gから60gに増加。
高カロリーで、しかも運動量が減ったことが、糖尿病激増の原因と考えられています。
HbA1cが重要な指標
実際、日本人の糖尿病の増加率は、脂肪摂取量や自動車の登録台数と相関することが知られています。
図1の基準値を超える高血糖が2回以上確認されれば、糖尿病と診断されます。
明らかに高い血糖であればそれだけで診断できますが、はっきりしない場合はブドウ糖負荷試験で診断します。75gのブドウ糖の入った試験液を飲み、飲む前と、30分後、1時間後、2時間後の血糖を測ります。必要に応じてインスリンの反応も調べます。
糖尿病と診断されたら、血糖をできるだけ正常近くにコントロールします。目標は、右下の表の「良」です。空腹時血糖で100mg/dl前後、食後2時間の血糖で150mg/dl前後、HbA1cは6・5%未満です。
HbA1cは血液中のヘモグロビンがどれくらいブドウ糖と結合しているかの割合です。血糖検査では採決し たときの血糖値しかわかりませんが、HbA1cでは過去1~2カ月間の血糖の状態がわかります。高血糖状態が長いほど糖尿病の合併症が現われる危険性が高 くなるため、HbA1cは血糖コントロールの最も重要な指標です。
一般的にHbA1cが6・5%未満であれば合併症の危険性はきわめて少なく良好な状態です。8%以上だと合併症が非常に進行しやすくなるため、早急な改善が必要です。まず7%以下をめざします。
血糖値を正常に近づける
糖尿病の治療の目的は、(1)血糖をできるだけ正常に近いレベルでコントロールし、網膜症、腎症、神経 症、感染症などを予防すること、(2)併存しやすい高血圧、高脂血症、肥満をあわせて治療することにより、心筋梗塞や狭心症、脳梗塞などの動脈硬化性疾患 を予防することです。
糖尿病の治療は食事療法、運動療法、薬物療法にわけられます。
■食事療法
食事療法は糖尿病治療の基本で、適切な量の食事を適切な栄養配分でとることです。むずかしいことではなく、健常者にもいい健康食です。
カロリー設定は肥満度や体を動かす度合いにより調整しますが、基本は標準体重(身長神×身長神×22)×30キロカロリーで算出します。
栄養素の配分は炭水化物55%、脂肪25%、タンパク質20%程度が目安です。自分の一日の献立を栄養士に伝え、改善点を指摘してもらうとよいでしょう。
■運動療法
運動療法は、急激に力を入れたり走ったりするような運動より、酸素を十分とりいれながら持続しておこなう 全身運動(有酸素運動)が適しています。基本はやや早歩きで、脈拍が1分あたり100~120拍になる程度の運動です。「ややきつい」と感じる速さで20 分ほど歩くと約80キロカロリー(ご飯半杯)を消費します。
1日160~200キロカロリー程度を消費することを目安に、運動しましょう。まとまって時間がとれない 場合は万歩計をつけて1日1万歩程度の歩行を目標とします。運動はこまぎれでも効果はありますが、週に4日以上、160キロカロリー以上のややきつめの運 動をすることが望まれます。
■薬物療法
薬物療法には内服薬とインスリン注射があります。
内服薬には大きくわけて(1)インスリンの分泌を刺激する薬剤(SU剤とグリニド系剤)(2)小腸でブド ウ糖の吸収を阻害して食後血糖の上昇を抑制する薬剤(αグルコシダーゼ阻害剤)(3)インスリンの効きをよくする薬剤(ビグアナイド剤とチアゾリジン誘導 体)の3系統があります。それぞれ特徴と利点・欠点があり、患者さんの状態にあわせて選択し、併用することもよくあります。
インスリンを使うのは1型糖尿病と、2型糖尿病でも血糖降下剤を併用するなどして最大限治療しても血糖が 十分コントロールできない場合に使います。2型糖尿病でも、30%ほどの患者さんでインスリンが必要になります。インスリンは作用時間が短い超速効型(3 時間ほど)から、長い持効型(24時間ほど)、その中間のものやそれらの混合など多くの種類があります。現在は使い勝手のよいペン型注射器が使われ、必要 なとき必要なだけ、インスリン補充をすることが可能です。
正常の人では、空腹時でも少量のインスリンが出て(基礎分泌)、肝臓でグリコーゲンが分解されて血糖が上昇するのを抑え、食後は、吸収されたブドウ糖をただちに利用するために急速な分泌(追加分泌)がおこります(図2)。
1型はもちろん、2型糖尿病でも徐々にインスリン分泌は低下して枯渇します。そのためインスリン注射は、なるべく毎食前に作用時間の短い超速効型や速効型を打ち、基礎分泌分は就眠前に打つというように、分けて補充するのがよいのです。
1日4回の注射がむずかしい場合はそれに準じた方法で、なるべく健常者に近い形のインスリン補充をおこなうことが重要です。
網膜症で毎年3千人が失明
ある程度以上の高血糖が続くと細小血管障害による合併症として網膜症、腎症、神経症が現われます。また高血糖にくわえて高脂血症、高血圧、内臓脂肪型肥満などがあると、太い血管の動脈硬化が進行しやすくなります。
高血糖が続くことによって、網膜の細小血管やその循環が障害されておこるのが、糖尿病性網膜症です。日本では成人における失明原因の第1位で、毎年3000人が失明しています。
網膜症がすすむと網膜内の血流が悪くなり、破れやすく出血しやすい新生血管ができます。この場合には新生血管を減らしたり、発生予防のためにレーザー治療をします。
さらに進行した糖尿病性網膜症では、硝子体手術などの手術がおこなわれます。ただ手術療法は一定効果をあげているものの、視力があまり改善しないことも多く、厳格な血糖のコントロールによって進行を予防することが最も大切です。
糖尿病性腎症と神経障害
糖尿病性腎症は微量のタンパク尿(アルブミン尿)の排泄からはじまって徐々にタンパク尿が増加し、腎機能 が低下して、最終的には腎不全・尿毒症にいたります。日本では年間約3万4000人が新しく人工透析患者になっていますが、そのうち糖尿病性腎症が1万 4000人(約42%)を占め、透析導入の第1位です。
腎症も予防の基本は血糖コントロールですが、タンパク尿が認められたら腎保護作用のある降圧剤(血圧を下 げる薬)で強力に血圧をコントロールすることが重要です。さらに尿中のタンパクが増えれば食事でもタンパク質を制限しますが、糖尿病性腎症は他の腎症とく らべて、タンパク質を制限しても効果は乏しいと考えられています。タンパク尿が出る前の血糖コントロールが重要なのは網膜症と一緒です。
糖尿病性神経障害は、高血糖によって神経細胞の代謝や血液循環が妨げられるため、おもに知覚神経と自律神経の障害をきたす合併症です。
一般的な症状は知覚神経障害で、下肢がしびれる、感覚が鈍くなる、痛みがおきるなどです。自律神経障害では立ちくらみ(起立性低血圧)、胃のもたれや便通異常、膀胱機能障害による排尿障害などがあります。
よく手のしびれなどを気にして糖尿病性神経障害ではないかと心配する方がいますが、下肢の神経障害がないのに手のしびれだけがおきる糖尿病性神経障害というのは、まずありません。この場合は頚椎症や手根管症候群などの病気の合併がないかを調べる必要があります。
また、糖尿病の患者でも、必ずしも糖尿病性神経障害ではなく、他の神経疾患の合併症だという場合もありますので、しっかりと診断を受けましょう。
神経障害は糖尿病性壊疽の原因としても重要です。神経障害が進むと感覚が鈍くなるため、やけどやけがに気 づきにくく、血液循環も悪くなって細菌に感染しやすくなり傷も治りにくくなることなどが原因です。壊疽はとくに足におきやすいため、足を常に清潔に保ち、 日常的に足をケアすることが大切です。
腹囲の増加にも注意して
糖尿病の予防は適切な量とバランスの食事と、1日1万歩の歩行などを目標にした運動です。
とくに内臓のまわりに脂肪がたまり、高血糖や高血圧、高脂血症を合併して動脈硬化が進みやすくなるメタボリック症候群が注目されています(8月号参照)。体重だけでなく腹囲の増加にも注意して日常生活を管理することが、動脈硬化性疾患の予防でも重要です。
いつでも元気 2006.10 No.180