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いつでも元気

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特集2 増え続ける乳がん 50歳以下の比率が高い日本

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池上 淳
北海道・一条通病院外科医長

マンモグラフィ検診で早期発見

 2005年にわが国であらたに乳がんにかかった人は推計3万6千人を超えました。女性のがんではトップです。死亡者数は毎年1万人に達しようといういき おいで(図1)、いまや女性の22人に1人は乳がんにかかってしまう時代になりました。さらに問題なのは、わが国では欧米に比べ、子育て中や働き盛りなど の若年者(50歳以下)の比率が高いことです。

図1 乳がん患者数(推計)と死亡者数
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乳がん患者数(推計)=篠原出版新社『がん・統計白書-罹患/死亡/予後』(1999年)から
死亡者数=厚生労働省「人口動態統計」から

「二次予防」が重要

 乳がんも他のがんと同じように遺伝子に傷がついて起こるものと考えられています。しかし、はっきりした原因はわかっていません。

 遺伝子が傷つく原因としては、先天的に親から受け継いだ遺伝子にすでに傷がついている場合(家族性乳がん)と後天的なもの(紫外線・薬物、食生活、ホルモン環境など)があると考えられています(表)。

 米国では乳がん患者の約10%が家族性乳がんであり、遺伝子の検査(血液検査)で診断がつけば、乳がんが発症するのを予防するために卵巣や乳腺を切除したり、薬を飲んだりする人がいます。

 わが国の家族性乳がんは米国より少ないと考えられています。調査研究が進んできていますが、遺伝子診断は常に倫理上の問題をかかえており慎重にするべきと考えます。

 また、乳がんの大部分は後天的な原因によるものですが、自分でできる乳がん予防策は、「アルコールを控 え、肉より魚、野菜を多く摂って適度な運動をし、閉経後の肥満を防ぐ」といった一般的な生活習慣病の予防と同じです。これといった有効な手段がありませ ん。そこでせめて乳がんで命を落とさないための予防(二次予防)が重要になってきます。

表 日本人女性の乳がん危険要因
(高危険群と低危険群の特性比較)
因子 危険性が高い 危険性が低い 関連の強さ
 
年齢 高齢 若齢 +++
地域 都市部 農村部
婚姻状態 未婚 既婚 ++
出産経験 未経産 経産
初産年齢 高齢
(30歳以上)
若齢
(20歳以下)
++
出産数
授乳 なし あり(数年)
初潮年齢 早い
(11歳以下)
遅い
(16歳以上)
閉経年齢 遅い
(55歳以上)
早い
(44歳以下)
体格 高身長 標準
閉経後肥満 肥満 標準体重
良性乳腺疾患既往 あり なし ++
乳がんの既往 あり なし +++
乳がんの家族歴
(母または姉妹)
あり なし ++
放射線被ばく 頻回または高線量 なし ++
アルコール飲用 あり(日本酒1合、
週4回以上)
なし
野菜・果物 低摂取 高摂取
低摂取 高摂取
運動 なし 規則的運動
(週2回以上)

低いマンモグラフィ検診率

 欧米でも乳がん患者は増えていますが90年代以降、死亡率が減っています(図2)。これはマンモグラフィ 検診の普及により早期発見率が上がったことが大きな理由と考えられています。わが国でも胃がんによる死亡率が胃がん検診や内視鏡検査の普及で飛躍的に下が りました。これらは二次予防が成功した例です。

 わが国の乳がん検診は老人保健法にもとづき「30歳以上に問診・視触診検診を毎年おこなう」かたちで 1987年度にはじまりました。しかしこの方法では乳がんの死亡率を下げる効果がないことがわかりました。厚生労働省はマンモグラフィ検診が乳がん死亡率 を減少させる、との報告を受けて2000年度には50歳以上、2004年度には40歳以上を対象におこなうよう通達し、各自治体でマンモグラフィ併用検診 がはじまりました。40歳以上の女性が対象で2年に1度の検診です。

 マンモグラフィは乳房を板で挟んでX線写真を撮り、現像した画像を診断する(読影)検査です。どの過程も 特殊な技術、知識が必要なため、マンモグラフィ検診をおこなうことができるのは撮影や現像の器械、撮影技師、読影医師すべてが認定を受けている施設に限ら れています。自治体により差はありますが、マンモグラフィ検診での乳がん発見率は視触診のみの約2~3倍です。しかも早期乳がんの発見率が高く、乳がんに よる死亡率を下げる効果が期待できます。米国のように対象者の70~80%がマンモグラフィ検診を受ければ、乳がん死亡率を20%以上減らせることがわ かっています。

 しかし現在わが国のマンモグラフィ検診受診率は3%程度と考えられていて、乳がん死亡率を下げるためにはもっと多くの対象者が受診することが必要です。なお被ばく量はごくわずかで体に影響はありません。

図2 日米英乳がん死亡率の推移
人口10万人あたり
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超音波検査で発見率向上

 マンモグラフィとともに乳腺疾患の診断のもうひとつの柱は超音波検査(エコー)です。超音波検査の利点は なんといっても痛みを伴わないことです。マンモグラフィは乳腺組織の豊富な閉経前の乳房に対してはしこりが発見しづらい欠点がありますが、超音波検査はそ こを補ってくれます。しかし細かな石灰化を見つけるのがむずかしいこと、動く画像を見ながら病変を探すので検査する人の力量や主観に左右されやすく、客観 性に欠けるきらいがあります。

 マンモグラフィと超音波検査のどちらがいいのかは年齢、乳腺の状態、症状によって異なり、両方おこなった 方がいい場合もあります。若年者(30~40歳代)の乳がん検診に超音波検査を併用しようとの試みもあります。様々な条件が整えば、超音波併用検診では視 触診のみの検診の3倍の乳がん検出率が得られると考えられています。

月に一回自己触診を

 それでは触診は必要ないのかというと、そんなことはありません。乳がん発見のきっかけの80%は「自分で しこりに気付いた」です(図3)。月に1回(生理のある人は生理が終わって5目目くらい)の自己触診はもちろんするべきです。このときしこりを探すという より、以前と違った感触がないかに注意しましょう。しこりの感じ方は乳腺の硬さやしこりの場所、深さで違いますが、少なくとも第三者の触診よりも敏感であ る事は間違いありません。

 違和感やしこりを自覚したら自分で良性、悪性の判断をしないこと、「検診」に行くのではなく専門外来を 「受診」することは非常に重要です。その方が見落としが少なくきめ細かい検査、診断、アドバイスが受けられます。自覚症状があるのに視触診のみで「異常な し」と診断されたため、そのまま放置し進行した状態で来院される方もいます。

 マンモグラフィ検診で「異常なし」とされた場合でも自覚症状が続く揚合は次の検診(2年後)まで待つのではなく、専門外来を受診しましょう。

図3 初発症状(複数該当を含む)
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手術は縮小の傾向

 一般的に視触診、マンモグラフィ、超音波検査をおこなって、悪性が少しでも疑われれば(1)穿刺細胞診 (注1)、(2)針生検、マンモトーム(注2)、(3)切開生検(注3)などをおこなって、病理学的診断(顕微鏡による診断)をつけます。(1)(2) (3)の順に簡単で負担の少ない検査ですが、信頼性は(3)(2)(1)の順となります。ほとんどの場合は細胞診で診断がつきますが、むずかしい場合には (2)や(3)の検査に進みます。石灰化病変や、乳頭からの出血に対しては特別な検査をすることがあります。中には慎重に経過をみていく場合もあります。

 乳がんの治療は局所治療(手術、放射線など)と全身治療(抗がん剤、ホルモン剤など)を組み合わせておこないます。以前に比べ全身治療の役割が大きくなってきており、手術は縮小の傾向です。

 治療の流れとしては一部の乳がんを除いて、まず、局所治療として手術(温存術の場合は放射線を追加)をお こない、その病理結果(顕微鏡での検査)をもとに、再発率を下げる治療(補助療法)が必要か検討するのが一般的です。最近では適切な補助療法をおこなえ ば、ほとんどのケースで再発の危険性が下がることが証明されており、より積極的におこなうようになってきました。

(1)手術について
 手術の方法は(1)乳房を全て切除する乳房切除術と(2)乳房を残す乳房温存術があり(図4)、それぞれ一長一短があります。温存術では通常、術後放射 線を追加します。適応は施設により違いますが、すべての症例に乳房温存術が可能なわけではありません。しこりが大きく従来なら温存術が困難だったケースで も、術前に抗がん剤を使い(術前化学療法)、しこりが小さくなれば温存術をおこなうという試みもされています。特に温存術を希望する場合は非常にデリケー トな問題なので、術前に主治医と十分な話し合いを持つことが重要です。

(2)術後補助療法について
 手術標本(手術で切除した病変を含めた臓器)の病理結果や進行度、年齢、閉経状態、全身状態などを考慮して術後補助療法をどうするかを決めます。

 【ホルモン療法】
 この時重要なのがエストロゲンレセプター(エストロゲンがくっつく細胞の部分)の有無で、これは手術標本の病理検査でわかります。乳がんの約70%はエ ストロゲン(女性ホルモンの一種)により成長が促される性質(ホルモン感受性)を持っています。乳がん細胞がエストロゲンレセプターを持っていると、エス トロゲンがくっついてがんの成長を促すため、それを妨げるホルモン剤を使うことにより再発を抑える効果が期待できます。

 閉経前には卵巣の働きを一時的に止めてしまうLH―RHアゴニスト(注射)、閉経前にも後にも使える抗エ ストロゲン剤(飲み薬)、閉経後にのみ使えるアロマターゼ阻害剤(飲み薬)があります。かつては閉経後乳がんにはもっぱら抗エストロゲン剤が使われていま した。最近はアロマターゼ阻害剤の開発が進み、抗エストロゲン剤より効果が優れているとの報告が多く、注目されています。

 【化学療法(抗がん剤)】
 病期が進んでいる場合やホルモン感受性のない乳がんの場合は化学療法をおこないます。複数の抗がん剤を同時に使うのが原則でしたが、タキサン系の薬剤は 単独でも十分な効果があります。もちろん副作用はありますが、予防の方法も進歩し、とくに吐き気などの消化器症状は軽く、外来でも受けることができます。 ホルモン感受性のある乳がんの場合、化学療法に引き統きホルモン療法をおこなうこともあります。

 【再発治療】
 残念ながら、手術を受けた患者の約30%が再発してしまいます。ほとんどは術後2~3年の間に起こります。治療は再発部位、症状、年齢、全身状態、ホル モン感受性の有無、それまでにおこなった治療、患者の希望などを考慮し決定します。最近「トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)」という分子標的治療薬 (注4)が開発され、単独使用または抗がん剤との併用で、従来は治療がむずかしかった悪性度の高い乳がんの再発治療に効果を表しています。トラスツズマブ は全ての乳がんの再発転移に適応があるわけではなく、手術標本の病理検査で調べ、乳がんの細胞表面にHER2」というタンパク質が多量にある場合のみ使え ます。

図4

乳房切除術

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乳房温存術
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進歩する診断・治療

 乳がんの診断、治療はこれまで他のがんをリードしてきました。治療では先ほど述べた術前化学療法が標準治療になる可能性があります。

 また、センチネルリンパ節生検も広まりつつあります。センチネルリンパ節とはがんが最初に転移すると考え られるリンパ節のことで、このリンパ節を手術中に探し出し、転移がないと診断した場合にそれ以上リンパ節はとらない、という考え方です。これによりリンパ 節の不必要な切除を予防できる可能性があります。

 問題点もあります。手術中にセンチネルリンパ節を探し出せない事がある、センチネルリンパ節に転移がない と診断した症例の約10%に実際には転移があると考えられている、などです。いずれにしてもセンチネルリンパ節生検によってリンパ節切除を省略しても従来 のリンパ節切除と再発率、生存率が変わらないか、調査研究が進んでいるところです。

 画像診断がより発達すればセンチネルリンパ節生検さえ必要なくなる可能性もあります。また、がん細胞がつ くりだす目印となる特定の物質(バイオマーカー)がはっきりしてくれば、血液検査で乳がんの早期発見が可能になることも予測されます。これが実現すれば検 診としてのマンモグラフィは不必要となるでしょう。

 乳がんの診断、治療は日々進歩しています。昨年は不可能だったことが今年は可能になったりすることはしばしばあります。再発してもがんと共存して長生きすることも可能で、あきらめない気持ちも大切です。


(注1)穿刺細胞診 しこりに直接注射針を刺して細胞をとる検査法。超音波で針先を確認しながらおこなう。

(注2)針生検、マンモトーム どちらも細胞の集団(組織)をとる方法。太い針を使うので局所麻酔をする。この検査も超音波やマンモグラフィを使って確実に病変をとらえる。マンモトームの方が多くの組織がとれ、とくに石灰化病変に威力を発揮。

(注3)切開生検 局所麻酔をして、しこりの全部または一部をとる方法。乳房温存術をするときはなるべく避けたい。

(注4)分子標的治療薬 正常細胞には作用せず、特定のタンパク分子を持つがん細胞だけをねらい撃ちする薬。

いつでも元気 2006.9 No.179