特集1 新春座談会 「私たちの憲法」世界から見れば 歴史の流れは「戦争のない地球」へ
「映画日本国憲法」をつくった
ユンカーマン監督を囲んで
自衛「軍」を明記した「新憲法草案」が発表され、緊張をはらんだ年明けです。「映画日本国憲法」をつくって話題のユンカーマン監督を囲んで、全日本民医連会長の肥田さん、若手職員の宮坂昌宏さん、高橋芳江さんが語り合いました。
肥田泰さん 全日本民医連会長 外科医。 1944年生まれ |
ジャン・ユンカーマンさん 映画監督。作品に「映画日本国憲法」「チョムスキー9・11」「老人と海」ほか。1952年生まれ |
高橋芳江さん 京都民医連事務局 「ピースアクション」という平和のあつまりを立ち上げた。1972年生まれ |
宮坂昌宏さん 長野・諏訪共立病院 理学療法士 長野民医連平和学校第1期副実行委員長。1983年生まれ |
アメリカ人だからこそ
肥田 ユンカーマンさんは日本人ではないのに、どうして日本国憲法の映画をつくろうと思われたのですか。
ユンカーマン 私は一九六九年、高校生のとき、はじ めて留学で日本にきたのです。当時五〇万の米兵がベトナムでたたかっていました。ところが日本は戦争をしない国で、すごく対照的だった。その後ジャーナリ ストになって、自衛隊や沖縄の基地問題をとりあげたりして、平和憲法がなし崩しにされる経過もずっと見てきました。今回も憲法改悪に強い危機感を感じて映 画制作に入ったのです。
もう一つ、いま改憲の動きがなぜ出てきたかというと、アメリカの圧力が大きいと思うんです。そのことを考えれば、逆にアメリカ人だからこそ、こういう映 画をつくる責任もあると思うのです。
肥田 たしかにいまの改憲はアメリカの押しつけです ね。平和憲法のもとで暮らしてきた日本国民にとっては、外にでかけて戦争するなど思いもよらないことですが、アメリカや日本の多国籍企業からは「海外での 利益を守るには軍隊が必要」という論理が出てくる。この論理がまた復活するのかという思いがします。
昨年中国にいき、第二次世界大戦で日本軍が三〇〇〇人もの村人を虐殺した平頂山などを見てきました。日本がアジアと世界の人たちに向けて「こういうこと はもうしません」という約束をしたのが、いまの憲法です。それを変えてしまうのは世界への裏切り行為になると強く感じました。でも残念ながら、日本の教育 では加害の歴史をあまり教えないんですね。
宮坂 そうですね。民医連で働いてて、戦後六〇年と改憲のことを勉強する場があったから、 日本の侵略、細菌兵器や毒ガス弾などのことも知りましたが、テレビなどでもほとんど知らせない。いいことでも悪いことでも、その歴史の上に自分たちは生き ている。反省すべきことは反省しなければいけないと思います。
ユンカーマン 戦争はかっこいいとか、戦争する国の 方が誇りがもてるとかいう流れが出てきていますね。戦争とはいったいどういうものか、それをはっきり考えなければいけないときです。軍隊をもてば日本の主 張が強くなるという説もあるが、そんな考えが実際には何につながるか、リアルに頭に入れなければならない。私の映画に沖縄の辺野古で出会ったおじさんが出 てきますが、彼はサイパンの生まれです。日本軍が負けて島の日本人が集団自決をしたとき、彼のお母さんはおばあさんをナイフで殺した。第二次大戦で二〇〇 〇万人死んだと一口にいうが、その一人ひとりが苦しんで死んでいったのです。戦争を単純に考える人はそこまで考えているでしょうか。
肥田 軍事力で解決ということは、相手の国民の大多数をやっつけなければ成り立たないんですね。ある意味で人類への冒涜です。
高橋 今、戦争になると破壊力が大きすぎて、もう勝つ国も負ける国もないんだと映画でもいわれていますね。
宮坂 アメリカ人は本当にイラクを助けにいくんだと信じているのですか。
ユンカーマン それは口実だと思います。真の目的は石油でしょう。アメリカのいう国益とは、アメリカ資本が考えていることなのです。そうでないとアジアにこんなに軍隊を置く必要はない。日本を守るためではありません。
肥田 アメリカ政府が国民に説明するときには、はっ きり国益のためだといっていますね。しかしそれでは外向きには正当化できないのでイラクに大量破壊兵器があるというウソをついた。ふりかえれば戦争はいつ もウソから始まっています。アメリカがベトナムへの北爆の口実にしたトンキン湾事件も、日本が中国侵略の口実にした中国側の鉄道破壊も、ウソだったことが 後にはっきりしました。だからマスコミを握って世論を操作することが重要な戦略になるんですね。
ユンカーマン 日本が軍事力をもつのが国際貢献だというのも大きなウソ。国際貢献は軍隊をもたなくてもいろんな形でできます。日本は本当の意味の国際貢献を、誇りをもってすればよい。
高橋 日本は憲法九条をもち、戦争をしない歴史をつみ重ねることでアジアの信頼をかちとってきたんですからね。
宮坂 アジアの人、アメリカの人に九条の大切さをもっと知ってもらい、世界の人から「日本の九条はすばらしい」と応援してもらいたい、そんな状況になっている気がします。
ユンカーマン そうですね。この映画制作で韓国に いってうれしかったのは、羹萬吉さんも、韓洪九さんも、前向きにこれからのアジア、日韓関係を考えているんですね。ヨーロッパでEU(欧州共同体)ができ たように、アジアもこれから平和的な地域をつくればよいと考えている。僕が提案したいのは、中国、韓国、日本の人たちが市民レベルで国を越える運動をつく ればよいのではないかということです。そうすればどの国も大きな軍隊をもたなくてすむ。
高橋 私も映画ですごいなーと思ったのは、韓国の元 慰安婦の女性が、「日本人すべてが悪いとは思わない。当時の世の中、戦争が悪かったのだ。だから私たちが立ち上がった」といわれたことです。慰安婦だった ことを七〇歳までだれにも話せないほど苦しんできたのに…。ほんとうに申し訳ない思いがしました。
宮坂 「韓国と日本の若い人が平和的な感受性を一つにして話し合い共感しあっていくことがいま一番必要」と韓教授もいわれていますね。
ユンカーマン ソウルの日本大使館前でおこなわれて いる元慰安婦の水曜デモは一三年つづいています。これに日本からの支援がすごいです。それは日本人が悪いのではない、戦争が悪いのだと知っているからだと 思うのです。こういう交流があると、もう二度とあんな戦争はできない、隣国の友だちをそんなふうに非人間的に扱えなくなると思いますね。
「戦争は違法だ」が世界の流れ
どういう日本を望むのか
肥田 こわいのは、戦争を推進しようとするときには、「いやだ」という人を抑えつけること が必ずやられる。民主主義的な権利の抑圧ですね。憲法を変えるということは、たんに字面をちょっと変えるということではない。「自衛隊」を「軍」に変える だけとか、「環境権」が入るからいいじゃないかとかいいますが、自民党案を見てもあくまで中心は九条で、そのために「愛国心」や「国を守る義務」を国民に 押しつけている。憲法というのは本来、国民が国をしばるものなんです。それを逆に、国が国民をしばるものに変えようとしている。このことをしっかり国民に 知らせていかないと。
高橋 私たち、医療にたずさわるものとして平和とともに、身近な患者さんのいのちを守りたい。九条とともに、国民に健康で文化的な生活を営む権利を保障している二五条も守らなくては。
ユンカーマン 憲法を変えるかどうかということは、日本がどの道を選ぶかという問題だと思うのです。アメリカの例を見れば、大変な軍事力の一方で社会福祉を無視していて、大国といえないくらい困っている人がたくさんいるんです。
肥田 アメリカでは健康保険をもたない人が四〇〇〇 万人以上いるといいますね。ハリケーンで被害を受けた人の多くは、車がない、お金がないから逃げ出せない下層の人たちでした。州兵がイラクへいっていて、 国民の生命や財産を守れなかった。改憲勢力の描いている明日の日本の姿がそこにあります。
私たちはそんな日本にするわけにいきません。どういう社会をわれわれは望むかを対置しなくては。一つは平和を守ること、二つめは社会保障、人間として生 きる権利を守ること。いま世界でも、アメリカや多国籍企業の横暴な支配とは違う、平和と人権を基盤にした「もう一つの世界は可能だ」という動きが始まって います。「もう一つの日本」「もう一つのアジア」の姿を広げていきたい。
ユンカーマン 長い目で見れば、九条は日本独特のも のではありません。二〇世紀の歴史をふり返ると、第一次大戦の反省から国際連盟やパリ不戦条約が生まれ、第二次大戦後には国連ができ、日本には憲法九条が できました。「戦争は違法だ」という流れです。これは戦後もつづいていて、ボスニアやコソボの紛争後には国際裁判所がつくられました。戦争に頼らずに別の 機関をつくって国際間の問題を解決する努力が、世界レベル、地球レベルでつづいています。つまり世界には九条の方向にいく流れがあるんです。九条を変える のは歴史の流れとは逆の方向です。
そのなかでアメリカはベトナム、パナマ、グレナダ、イラク、みんな弱い国を相手に、圧倒的なバランスのとれない戦争ばかりしている。世界でそんな国はほ かにありません。日本を「普通の国」にするという人たちは、じつはアメリカみたいにしたいようです。しかしアメリカはちっとも普通の国ではない。世界を見 ればそういうことをせずに軍備を縮小している。それが普通の国なのです。
傍観していては変わらない
高橋 韓国には徴兵制があり、スポーツ選手の入隊などが報道されていましたが、日本にも徴兵制が入ってくるのでしょうか? 身近に考えられないのですが。
ユンカーマン そうですね。僕が若いころ、アメリカ は徴兵制がありましたから、徴兵されるかどうかという問題に直面し、だから平和運動に参加するようになりました。いまは徴兵制度はないのですが、「経済的 な徴兵制」といわれています。ほかに仕事がないから軍隊に入るという若者が多いのです。
肥田 日本もそうです。職がないから自衛隊にいっ て、技術を身につけるという人が圧倒的だった。これまでは憲法九条があって、自衛隊に入っても外国へ人を殺しにいくということはなかったので「安心」して それができたのですが、九条がなくなると自衛隊に入る人が減っていく可能性があると思います。そうすると徴兵制が問題になる。アメリカもイラクで米兵がど んどん死んで、徴兵制が復活する可能性があると思います。
ユンカーマン 今度の自民党草案には徴兵制が入っていないんですね。そのかわり国会両院の半数だけで改正の発議ができるように、まず憲法を簡単に変えられるようにする。徴兵制は入れないかわりに前文に「国を守る義務」を入れてあります。本当に危ない。
宮坂 監督のいわれたように、「戦争のない世界」をめざすのが世界の流れだとしても、ただ傍観していてはだめですね。その世界に近づくためにも、自分たちがしっかりその考えを世界に広げ、交流を広げてがんばりたいと思います。
高橋 日本だけを見ると悪い方向に向かっているような気がしますが、世界に目を向けると違うんだな、と思いました。勇気づけられます。
肥田 今年も元気でがんばりましょう。
「映画日本国憲法」憲法制定の経緯から 平和憲法の意義まで、世界のさまざまな人が語る記録映画。出演はジョン・ダワー、C・ダグラス・スミス、ベアテ・シロタ・ゴードン、ノーム・チョムス キー、日高六郎ほか。DVD(78分)は2800円。制作・販売=シグロ、電話03(5343)3101 |
いつでも元気 2006.1 No.171