特集2 アスベストの健康被害 10~20年遅れた日本の対応
国と企業の責任で補償を
「ちょっと」の積み重ねが…
「ことし6月に、機械メーカー「クボタ」尼崎工場が使用したアスベスト(石綿=いしわた/せきめん)によ り、周辺住民に健康被害が起きていることが公表されてから、連日のように新聞やテレビで報道されています。ただ、多くの報道が国民の不安をあおっているだ けのような気がしています。
みなさんに、アスベストによる健康被害について肺がんや中皮腫以外のものもあることも知っていただき、同時に、いたずらに不安を募らせるのではなく、正 しい知識を身につけていただければと思います。
天然の鉱物、蕫魔法の繊維﨟
アスベストとは天然の鉱物繊維です。日本は、カナダやブラジル、ジンバブエなどから輸入しています。輸入は、ピーク時は約35万トン(1975年)でしたがその後は次第に減少し、昨年は0・8万トンと、ピーク時の2・3%になっています。
また、アスベストは主にアモサイト、クロシドライト、クリソタイルの3種類に分類できます。このうちアモサイト、クロシドライトは発がん性が高いため、 日本では1995年に輸入・製造・使用が禁止されました。
発がん性が弱いといわれているクリソタイルも、04年10月に建築材料など10品目について製造・使用が禁止され、吹きつけ作業も完全に禁止されまし た。アスベストの全面禁止は、08年になる見込みです。
アスベストは燃えない、薬剤に強い、摩耗しにくい、安いなどの特徴があり、魔法の繊維として、紀元前からローマやエジプトなどで使用されていた歴史を持っています。
90%が瓦や外壁、建築材料
日本では主に戦前は軍需用として使用され、現在では90%以上が建築材料に使用されています。具体的には屋根瓦、外壁材のほか、天井や壁、床などの内装材に使用されています。また船の機関室の断熱材などとして使用されてきたため、造船所でも多く使用されています。
以前は自動車部品工場(自動車のクラッチ板、ブレーキシューに使用)や、電車の製造修理工場(電車のヒーターの断熱、蒸気機関車の釜周囲などに使用)、 ガラスやセメント工場など、思わぬところで使用されていたので注意が必要です。
5つの主な疾患のほかにも
アスベストによる健康被害には、主につぎのようなものがあります。
●良性石綿胸水 アスベストへの曝露(さら されること)後、20年以内に最も多く発生する疾患です。短期間、少量の曝露でも発症することがあります。私の経験では、38度台の発熱、突然の呼吸困難 で始まり、左右の胸腔に繰り返し水が貯まってきます。処置をしなくても、解熱と同時に自然に吸収されることも多いのですが、胸腔ドレーンチューブを挿入し 胸水を排液する場合もあります。
●びまん性胸膜肥厚 石綿胸水が繰り返し起こり、完全に吸収されなくなると発生し、ひどい呼吸困難を起こすのが特徴です。肺を覆う膜(胸膜)が厚くなり、厚くなった部分と肺の周りの骨格が広範囲に癒着してしまって、肺の運動が制限されるためです。
治療としては、癒着した部分を手術によってはがすことになりますが、効果が得られないことも多いようです。アスベストの吹き付け作業に従事していた人に多く見られます。
●石綿肺 アスベストが原因で発生した「間質性肺炎・肺線維症」のことです。
10年以上のアスベスト曝露歴があると発症しやすいといわれています。肺の組織が次第に硬い線維になっていき、肺の膨らみが悪くなります。気管支の障害 も重く、酸素を取り込む能力が低下します。呼吸困難がひどく、さらに空咳もひどいのが特徴です。
治療は一般の「間質性肺炎・肺線維症」と同じで、咳止め、気管支拡張剤などで対症療法をおこないます。最近、急激に病状が悪化する人が多く、死亡した り、重い後遺障害が残る例が増えています。
●肺がん アスベスト曝露後、20年くらいすると発症する人が多くなってきます。曝露量が多ければ多いほど、また最初に曝露してから経過した期間が長くなるほど発症 しやすいといわれていますが、少量・短期間の曝露でも発症します。「この程度なら安全」という曝露量はありません。アスベスト曝露歴のある人は無い人と比 べて5~6倍肺がんになりやすいといわれ、これに喫煙が加わると50~60倍にもなるといわれています。
治療自体は、肺がんの一般的な治療と同じで、特別なものはありません。これまでは「喫煙が原因」とされてしまい、アスベストによる肺がんが見過ごされて いたケースも多いのではないかと、私は思っています。
●悪性中皮腫 主に胸膜や腹膜に発生する悪性腫瘍です。ほとんどの場合、アスベストの曝露歴がある人に発症するといわれており、アスベストと関連の深い病気です。患者さんの数は、肺がんと比べて圧倒的に少数です(100分の1以下)。
しかし「クボタ」尼崎工場の周辺住民の被害で、肺がんよりも悪性中皮腫が問題になっているのは、肺がんとくらべてごく少量のアスベスト曝露で発症しやす いためだと思われます。曝露後20~30年ほど経過すると発症者が増え始め、だいたい35年後がピークといわれています。
治療は肺と胸膜をいっしょに取り除く「胸膜肺全摘出術」に加えて放射線療法、化学療法(抗がん剤投与)をおこないます。ただ予後は悪く、横須賀共済病院 の三浦溥太郎医師の調査では、2年生存率29・6%、5年生存率3・7%で、1年以内に半数以上の方が亡くなっています。
これらの5つの疾患は、現在でも労災認定が受けられるものです。これ以外にも疫学的には食道がん、胃が ん、大腸がん(直腸がんも含む)、咽頭がんがアスベスト曝露者には多いことが確認されています。これは吸いこむのではなく、口に入ってしまったアスベスト をのみこむことで胃腸や咽頭の粘膜を傷つけ、がんを発生させると考えられています。
曝露の証拠│胸膜肥厚斑
肺を取り除いたところ。白いところが胸膜肥厚班 |
また健康被害ではありませんが、アスベスト曝露の証拠と考えられている胸膜肥厚斑も重要です。
これは曝露後15年くらいで、胸部のレントゲン写真やCT写真で見られる変化で、肺を包んでいる胸膜が部分的に厚く(肥厚)なったものです。これがある 人は自分では気がつかないうちにアスベスト曝露を起こしていたと考えられます。ただ、この状態ではまだ自覚症状はないので、年1回の胸部レントゲン写真、 または胸部CT写真での経過観察となります。
飛散を防ぐには、よく調査
アスベストは製品として使用されている限りは、健康被害を起こしません。ただ割れたり、壊れたりして製品から粉じんが飛散するようになると健康被害を起こす可能性が出てきます。
今後問題になってくるのは、95年以前に建てられたビルや家屋などです。95年まではまったくアスベストに対する規制がなかったためで、よく調査しない とどこにアスベストが使用されているか不明なことが多く、解体したときにアスベストが飛散することが十分に考えられます。建物全部にアスベストが使用され ていると考えて対処したほうがよいと思います。
国も05年7月1日から「石綿障害予防規則」を施行しました。例えば建築物を解体するとき、全体をシートで覆って建物全部に水を吹きつけ、アスベスト飛 散を防止します(次ページ図)。作業員は防じんマスク・作業着を全身に身につけること、作業着は他の衣服とは隔離して保管し、洗浄などをした後でなければ 作業場以外に持ち出せないことなどを決めています。
しかし注文主(解体を業者に依頼した人)に対策を立てさせるだけで補助金もないことから、実効性をどう確保するかが課題だと思います。
また、95年1月の阪神・淡路大震災以降もたびたび大きな地震が起こっていますが、この際倒壊したビルや家屋から大量のアスベストが飛散していることも 考えられます。これらの自然災害による影響を、今後どう考えていくのかも重要な課題だと思います。国が率先して対策を検討する必要があります。
検診・相談先は
国は各地の労災病院をアスベストの検診・相談の拠点にしようとしているようですが、アスベスト問題の専門家がいる病院は岡山労災病院など少数です。
全日本民医連もアスベスト対策委員会を設置し、全国の病院・診療所で健康相談や検診ができるよう、とりくみをつよめているところです。まずは近くの病院・診療所で相談してください。
また、労働者の健康問題にとりくむ「働くもののいのちと健康を守る全国センター」(注)と各地域センターも、検診をしてくれる病院・診療所を紹介してくれるなど、相談にのってくれます。
私の経験でも、いったいどこでアスベストに触れたのかと思うような人から中皮腫が見つかった例があります。「アスベストなんて見たこともない」という人も、不安な方はご相談ください。
国が甘い判断、責任は重大
建築シートで厳重に覆い水で湿らせ、アスベスト飛散を防ぐ。作業時は外からわかるように表示する(厚労省他発行のパンフレット『建築物の解体等の作業における石綿対策』から) |
ヨーロッパでは72年ごろから前述のクロシドライトの輸入禁止が始まり、80年代には多くの国でアスベス トはすべて輸入・製造や吹きつけ作業が禁止されています。また、86年には「クロシドライトの禁止、吹きつけ作業の禁止、可能な場合は代替化を促進する」 という内容のILO条約も出ていますが、日本政府は飛散抑制措置や保護具の使用で十分だとしてきました。
私はこのような甘い判断が、ヨーロッパと比べて日本の対応が10年~20年遅れてきた原因だと思います。
日本でも石綿肺は1929年、肺がんは60年、悪性中皮腫でも73年に症例が報告されています。諸外国ではその20~30年前に症例が報告されており、 日本でも行政がアスベストの健康被害を知りうる状況にあったと思われます。にもかかわらず日本の行政はアスベストを放置して、95年にようやく規制に乗り 出したわけで、怠慢であるといわざるをえません。
中皮腫の死者9年で6千人
アスベスト被害の労災認定でも、認定基準を満たしているのに認定しなかったり、認定を遅らせるなどしてきた国の責任は重大です。
中皮腫による死亡者は、厚生労働省が統計をとり始めた95年から03年の9年間で6060人もいます。し かし、同じ期間にアスベストによる中皮腫として労災認定された人は284人にすぎません。今後は、労災認定基準の該当者を早期に認定することや、認定基準 を弾力的に運用して被害者を救済することが求められるでしょう。
また、アスベストを扱っていた工場・港湾などの周辺住民の健康被害への医療費補償も必要です。一時的な補償金ですますのではなく、国と企業の責任による継続的な補償が必要だと思います。
注=働くもののいのちと健康を守る全国センター 労働者の健康被害をなくし、安全衛生を確保することと、被害への補償実現にとりくんでいる。
電話 03-5842-5601
ホームページ http://www.inoken.gr.jp/
いつでも元気 2005.11 No.169