特集2 父母のための性教育ABC 子どもとりまく現状を知ることから
まっすぐに、いのちを見つめて 撮影・黒沢久司 |
丸橋和子
東京・立川相互病院産婦人科
私たちは、若者に対する「性の健康教育」にとりくんでいますが、日々の活動のなかで痛感しているのがまず おとなたちへの教育が必要だということです。いくら家庭での性教育が大切といわれても、おとなの知識そのものが非常に怪しいということを、PTAでの講演 などで実感してきたからです(6月号参照)。
子どもがもつ情報
親世代とは比較にならない
子どもをとりまく環境や、子どもたちがもつ性にまつわる情報・考え方が、自分の子ども時代とは比較にならないほど変化していることに気づいていないおとなも多くいます。
■小学生のときに知ったが6割
京都大学大学院助教授の木原雅子さんらが全国の中高生対象に調査した結果、性交経験は高校3年生女子で約4割、男子で約3割。その相手は、マスコミでい われるような援助交際ではなく、高校生同士が約7割です。中学3年生の約6割は、愛があれば高校生がセックスしていいと思っているし、高校生自身も約8割 は、愛があればセックスしていいと思っています。
セックスについての情報は、親世代は約5割が中学のときに知ったのに対し、いまの高校生は約6割が小学生のときに知っています。
中・高生の子どもが夜、1人で繁華街に出かけることを許す親はそうはいないと思いますが、携帯電話やパソコンさえ使えれば、出かけたのと同じような情報 と危険に、子どもたちはいつもさらされています。昨今の性犯罪報道を見ていると、性暴力から身を守る術も知らなくてはなりません。
おとなは、子どもたちの生活を非難するだけでなく、現状を知り、子どもたちに正しい知識を伝えられる存在にならなければいけないのではないでしょうか。
■“性”は人生そのものだから
私たちが、学校PTAにいき一番多く耳にする声は「ふだん子どもと性の話はしづらくて」というものです。また、「学校の性教育はいきすぎだ」とか「性器 の名称を教えるなど破廉恥だ」と非難する声もあります。性教育というと、とても恥ずかしいものを連想しているようです。
しかし、「性」という言葉が意味するものは、性器だけではなく、「生命の誕生」「男性として、女性としての自分や他人の体のこと」「愛する人との関係」 など、人生そのものだと思います。100人いれば100の人生があるように、100の性の形があっていいと思いますし、正解を1つに決めることはできない と思います。
それでもなぜ、性教育=性の健康教育にとりくむのかというと、性の健康教育は食事のマナーを教えることと同じと考えるからです。
人間にとって「食事」とは、生命を維持する「食欲」という本能に関連した行為ではありますが、そこには、誰かといっしょに会話や時間を共有するというコ ミュニケーションとしての働きがあります。
食事に対する正しい知識の不足や食事の際のまちがった行動は、生活習慣病や食中毒といった病気もひきおこすし、マナーに反する行動は、いっしょに食事を する人との関係を台なしにすることもあるでしょう。人を健康に幸せにしてくれるはずの食事も、知識と行動次第では、人を不幸にすることがある。
この「食事」の部分を「性」に置き換えても同じことがいえると思いませんか?
広がった性感染症
先進国でエイズ増加は日本だけ
では、おとながまず、マナーとしての性の健康教育を受けてみてください。まず性感染症についてです。
性感染症は昔、「性病」と呼ばれていました。性病はかかるとどこかが腫れたり痛んだり膿が出たり、わかりやすいものでした。そして、たいてい身に覚えが ありました。
しかし現在、性病は、特別な人ではなく、性的接触さえあれば誰でもかかりうる病気という意味で「性感染症」と名を変えています。
症状も出ないものが多く、自分でも知らないうちに人にうつしていることがあります。感染する場所は、陰部だけではありません。最近では口を使った性行為 などによって、のどにばい菌がついたり、逆にのどのばい菌が陰部にうつったりします。
■増えたクラミジアと淋菌感染
性行為によってうつる感染症は30種とも40種ともいわれていますが、最近増えているのは「クラミジア」と「淋菌」によるものです。どちらも、おりもの の変化などで気づくこともありますが、無症状のことが多く、女性の場合、知らないうちに子宮の奥や卵管に炎症がすすみ腹膜炎になったり、将来の不妊症や子 宮外妊娠の原因になることがあります。
一般女性の20人に1人がクラミジアに感染しているといわれ、10代ではさらに頻度が高くなっています。ある調査では女子高生の5人に1人がクラミジア 陽性でした。
早期ならクラミジアも淋菌も、1回の薬の投与で治せます。ただし、パートナーの方と同時に治療しないといつまでも互いにうつしあう(ピンポン感染)こと になります。
感染の予防は、正しくコンドームを用いることです。
■再発もあるヘルペス感染症
そのほか、ヘルペス感染症があります。風邪をひいたときなど、口の周りに水いぼ(水泡)のようなものができる方がいますが、これもヘルペス感染の一種 で、口唇ヘルペスといいます。同じようなものが陰部にできると性器ヘルペスといいます。
もともとはできる場所によってウイルスの種類が分かれる傾向がありましたが、最近では口を使った性行為により、陰部から、どちらのウイルスもみられるよ うになっています。
初めて症状が出るとき、多くの水いぼと強い痛みが現れます。高熱や足の付け根のリンパ腺が腫れたりします。痛みのため、尿が出せなくなることもありま す。内服薬や点滴で早く症状をとることは可能ですが、一度感染したウイルスは一生神経のなかに潜み、抵抗力が落ちたときに、ふたたび症状をくり返す(再 発)ことがあります。
再発のヘルペスは初回ほど症状は強くありませんが、何度もくり返し、うつ状態になる方も見られます。パートナーの方の治療は、ウイルスを消す方法がない ため行ないません。
■毎日1人新規エイズ患者が
現在の日本がもっとも気にしなくてはならない性感染症は、エイズです。HIV(ウイルス)に感染すると、数年から10年前後の期間をかけて免疫(体を守 るしくみ)が破壊され、通常はかかることのないような感染症を発症するようになります。この状態をエイズ(後天性免疫不全症候群)といいます。
エイズは免疫不全による感染症が発症しない限り無症状です。
日本では薬害エイズとして有名ですが、現在もっとも問題なのは性感染です。先進国のなかで唯一日本のみが増加しており、このままでは爆発的流行を迎える 恐れがあります。
現に、昨年の東京都では、毎日ほぼ1人の割合で、新規HIV感染者が登録されています。
HIVの感染力は肝炎ウイルスなどに比べるとはるかに低いですが、先に述べた、クラミジアやヘルペスなどの性感染症があると2~10倍感染しやすくなり ます。現在、エイズの発症を食い止める薬が開発されていますが、発症してしまうと治療は困難です。エイズもコンドームを正しく用いることで予防できます。
妊娠と避妊
基礎知識はしっかりもとう
続いて妊娠と避妊についての知識です。まず、妊娠しやすい日、しづらい日クイズ。これはPTAに講演にいくときにいつも出していますが、すべて正しく知っていた方はほとんどいらっしゃいません。
解いていただけましたか?
■「安全日」は存在しない
最初に断っておきますが、一般によくいう「安全日」というものは存在しません。妊娠も出産も希望していないなら、常に避妊が必要です。
日本人の約7割はコンドームで避妊しています。そして約2割の人が膣外射精を避妊だと思い実行しています。コンドームは装着時期の誤りが多く、膣外射精 は避妊とはいえず、どちらも、避妊率は75~85%です。こんな方法で「危険日」には避妊し、「安全日」にはそれもしない。しかも、そもそもいつが妊娠し やすいか正しい知識がない。これが日本人の現実であり、若者の避妊の現実です。
■「妊娠しやすい日」とは?
では、クイズの解説です。
「妊娠しやすい日」とは、精子が子宮内に入ったとき、卵子と出あう確率が高い日のことです。卵巣から卵子が月に一度放出されますが、その日を「排卵日」 といい、卵子の寿命は約1日です。この間に卵子が卵管にとり込まれ精子と出あうことができれば受精可能となります。
排卵は次の月経がくる約2週間前におこります。卵子の寿命を考えて、排卵日前後3日間を「妊娠しやすい日」=「もし妊娠したければここがお勧め日」とな ります。
注意してほしいのは、排卵日は月経蕫後﨟2週間ではない点です。
排卵して受精しないと、準備していた子宮内膜組織が血液とともにはがれて、体外に出るのが月経です。ですから計算としては、次の月経を予測して、2週間 前を逆算することになります。生理周期は常に一定というわけではありませんから、生理周期だけで排卵予測をするのは、本当はとてもむずかしいことです。
■「妊娠しづらい日」とは?
「妊娠しづらい日」とは、決して「妊娠しない日」ではありません。しかし、あえて妊娠の可能性が低い日としてあげるなら、排卵後、卵子の寿命が尽きてから次の生理までの間ということになります。
生理中は妊娠しづらいと思っている人もいますが、まちがいです。精子は1週間近く生きていることがあり、排卵が少し早めにおこることもあります。また、 生理以外に排卵ごろに出血することもあり、それを「生理がまたきた」と思う人もいます。
妊娠検査薬については現在、病院で行なう検査薬も市販されているものも、精度的にはほぼ同じです。妊娠4週ぐらいから陽性にでます。
妊娠週数の数え方ですが、妊娠週数は最後の生理が始まった日から0週0日(妊娠1カ月目)と数え始めます。28日周期の生理が遅れて、それが妊娠による 場合、妊娠4週(妊娠2カ月目)ということになります。
■ピルの利点、医師に相談を
諸外国では、より100%に近い避妊効果が得られるピル(経口避妊薬)や避妊リングなどがよく用いられていますが、日本ではなかなか普及しません。ピル は危険要因の少ない人が使えば、健康を害することはほとんどありません。むしろ生理周期が一定になったり生理痛が楽になるなどの利点があります。生理痛で お困りの方は、婦人科で相談なさってもよいのではと思います。
最後に、「緊急避妊ピル」。これは、コンドームが破損したとか、レイプされたなどアクシデントのあった性交後に用いるもので、避妊効果は70~80%と いわれています。性交後72時間以内に、中用量ピルを2錠、さらに12時間後に2錠内服するといった方法です。とくに女性には、覚えておいていただきたい 知識です。
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子どもたちは、おとなが想像するよりもはるかに多くの性情報に囲まれています。それらの何が正しくて、何 がまちがっているのか伝える努力を、おとなは怠ってはいけないと思います。そして、子どもたちを責めるのではなく、受け止めつつ幸せな人生を送るためにサ ポートしていければと願っています。
いつでも元気 2005.8 No.166