特集2 若者の性感染症・エイズを予防し望まない妊娠を避けるために
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト
10代の性の健康教育にとりくんで
丸橋和子 東京・立川相互病院産婦人科
近ごろ、新聞などで蕫性教育﨟という言葉をよく見かけるようになったと思いませんか? ときおり特集記事も見かけます。国会で、性教育に使われている副 読本の内容が話題になったり、東京都では青少年性交禁止条例(?)が検討されたり、といった記事をお読みになった方もいるかもしれません。
「傷つく前に知識を」と
実は最近、若者の「性感染症の増加」「望まない妊娠の増加」が問題となっています。
■毎日1人HIV感染者ふえる
日本ではもっぱら蕫薬害エイズ﨟として認識されているエイズですが、性行為でのエイズ感染が急激に増えています。東京都では、毎日1人の割合で新規HIV感染者が登録されています。
エイズを予防するためには、その前段階であるその他の性感染症を予防しなくてはなりません。しかし、クラミジア(昔、トラコーマ=流行性結膜炎の原因菌 として知られていた菌です)や淋病といった性感染症は増加の一途をたどっています。
ある調査では、女子高校生の5人に1人がクラミジアに感染していたという報告もあります。
■初交の低年齢化がすすむのに
一方、初めて性交する年齢(初交年齢)は低年齢化し、高校卒業時、性交経験者は4割をこえました。にも関わらず、若者の性の知識はお世辞にも整っている とはいいがたいのが実情です。私の勤務する病院でも、10代から20代前半の学生世代の方たちが、性感染症や望まない妊娠のために産婦人科を受診してきま す。
彼女たちは、妊娠の心配はしていても自分の生理周期や排卵といったことを知らないことが多く、性感染症の予防にいたってはまったくの無防備です。最近で は、風俗でアルバイトしている方(学生や他に仕事を持っている)が増えてきましたが、最も気をつけなくてはならない彼女たちですら、蕫オーラルセックスで も性感染症がうつる(口腔や、のどから感染する)﨟ことを知りません。
私たちは、性感染症や中絶によって肉体的にも精神的にも傷ついてしまう彼女たちを前にして、傷つく前に知識を身につけてもらいたい、そのために自分たち のできることから始めようと、若者たちに性の健康教育を行なう「ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト」を2003年に立ち上げました。
幸い04年度は独立行政法人福祉医療機構による「子育て支援基金」の助成金が交付され、学習講座の開催、出張講演、性感染症にかかった方や人工妊娠中絶 手術を受けた方へのアンケートを行ないました。
誤ったアダルト情報あふれ
中絶手術を受けた方へのアンケート結果(表)からわかることは、避妊に関する「不正確な知識」と「不十分な実行力」です。若者が行なうことのできる避妊 方法はいくつかありますが、回答者のほぼ全員がコンドームで避妊していました。ただし、毎回使用しているとは限らず、「手元になかった」「安全日だった」 という理由で用いなかったり、「相手に避妊してといえなかった」ため使えなかったという人もいます。
「これまで妊娠しなかったから」とか、「友だちが大丈夫だったから」という理由で避妊しなかった人たちは、あらゆる問題が他人事であったのかもしれません。
■膣外射精は避妊にはならない
そして最も問題なのが、膣外射精が避妊になると思っている人があまりに多いことです。世の中に氾濫しているアダルトビデオでは、コンドーム装着シーンは なく、最初はオーラルセックス、そして必ず最後は膣外射精。現代の若者たちは、驚くほど簡単にそれらアダルト情報に触れることができるのに、何が正しい情 報で、何が誤った情報なのか知る機会は非常に少ないのです。
避妊に関する知識は学校で得た人が最も多いのですが、性教育バッシングともいうべき流れがあり、現在、学校でコンドームや避妊に関する正しい知識を教えることが困難です。
昨今、赤ちゃんを捨てた、子どもを虐待死させたという事件があとをたたないことを考えると、単に中絶はよくない、ということではないのです。ただ、いつ もこういう話題が出ると、女性ばかりが非難の矢面に立たされ、男性の責任は見過ごされがちです。
■愛があってもいいとは限らない
私が中絶の話をするのは、医師として、安易に中絶を勧めがちなパートナーや親たちに、そして安易に中絶を繰り返す若者たちに、いっしょに中絶のリスクに ついて考えてもらいたいからです。もしも、出産の意思がないのであれば、「愛があってもセックスしていいとは限らない」ときがあることを、考えてみてもら いたいと思っています。
そして、もし、社会全体で出産や育児に関するサポートがあれば、本当は産みたかったという人たちのなかに、中絶を避けられた人がいるかもしれないという ことも社会全体で考えなければならないと思います。
私たちは、アンケートを通じて知った、若者たちの間違った知識をいろいろな手段で修正していきたいと思っています。
親子の通いあいが一番
昨年度は、直接学校で生徒たちに話すという機会はあまりありませんでしたが、PTAの方にお話しする機会が何回かありました。
お母さん方には、▽エイズを含めた性感染症の知識や現状、▽月経の成り立ち、▽妊娠しやすい日・しづらい日クイズ、▽人工妊娠中絶などを中心にお話しています。
■心と体が満たされるために
そして、最も私が伝えたいことで、必ずお話しするのが、(1)性の健康教育は、食事のマナーを伝えることと同じである、(2)家庭内でコミュニケーショ ンがとれている親子ほど、性にまつわる諸問題(初交年齢、中絶など)が少ない。今日からすぐできることは親子のコミュニケーションである、ということで す。
性教育というとなんだか難しいようですが、性にまつわるいろいろなこと、生命の誕生の喜び、生まれた子どもをいとおしく思う気持ち、夫婦や家族でいるこ と、男性として女性としての自分の体のこと、特別に大切にしたい人とのこと、これらすべてが、性教育につながると思います。いろいろな生き方があるよう に、いろいろな性のあり方があります。
正解はひとつではありません。ただし、自分や愛する人たちの健康や幸せのため、最低限知っておくべきこと、やるべきことがあるのではないでしょうか。こ のことは、食事がただ単に満腹になればよいのではなく、心と体が満たされるためにはある程度の知識とマナーが必要なことと同じと考えています。
世代間で違う性の認識
性教育に関して、「昔は自然に覚えたものだ」とか「ませた子どもだけの問題」と考えるおとなが大勢います。性に関して、「子どもは寝ている状態」と本気 で信じている人もいるかもしれません。
しかし、いまほど世代間で性に関する認識に違いがある時代はないといわれています。自分の時代の経験はまったく参考にならないと思ったほうがよいのです。
■親だけが知らないことも
実際、10代の女の子が性感染症による腹膜炎で受診し、問診表にも性交経験ありと書いてあっても、「うちの子は、彼氏もいない。もちろんセックスだって したことがない。なぜ婦人科を受診しなければならないのか!」と、怒りを医療者側に訴えてくる保護者の方がときおりいらっしゃいます。親だけが子どもの本 当の姿を知らないことがあるのです。
性教育は家庭で教えるべきという意見もあります。家庭で教える性教育は当然必要です。それぞれの子どもたちに、それぞれの発達の段階で正しい知識を伝え るのはとても効果的です。しかし、現実にそれが実行できる家庭はどのくらいあるでしょうか。
■おとながまず正しい知識を
PTAに講演にいくと、だいたい同じような感想が聞かれます。「なかなか、家庭で性の話がしづらくて…」「いままで知らなかったことが多く、子どもたちに直接専門家から話をしてほしい」
子どもを産んだことのあるお母さん方ですら、自分の生理周期に関する知識に乏しく、「妊娠しやすい日・しづらい日クイズ」の正解率は散々です。性感染症にいたっては、未知との遭遇です。
けれど、これは当たり前のことなのです。お母さんたち(もちろんお父さんたちも)は、まともに性教育を受けたことがないのですから。まず、おとなたちが正しい知識を学ぶ必要があります。
■コミュニケーションに飢えて
加えて、現代社会はコミュニケーション能力の不足がいわれています。家庭でのコミュニケーションが少ない子どもたちほど初交年齢が低く、中絶率が高いと いうデータがあります。コミュニケーションに飢えた子どもたちが、人との関係を求めて、相手を思いやる信頼関係を築くことなくセックスというコミュニケー ションに走り、心の透き間を埋めようとしているように思えます。
私は、性教育は子どもたちに関わるすべての人たちが行なうべきだと考えています。両親、学校、医療機関、地域、それぞれの担う役割はいろいろあるはずです。
目隠ししたり禁止したりではなく、おとなたちは、子どもたちとコミュニケーションをとりつつ正しい情報を伝え、子どもたちが正しい知識を元に、自分で考 え、自分で自分の行動を決めることができるよう援助できればと思っています。
■8月号で「父母のための性教育ABC」を掲載します。
(編集部注)性教育バッシング=父母と協議しながら熱心に性教育に取り組んでいた養護学校を東京都議会で一部議員が「不適正」と攻撃。産経新聞がキャン ペーンをはり、都教委が教職員を処分した。
いつでも元気 2005.6 No.164