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いつでも元気

いつでも元気

ベネズエラですすむ医療改革 保健・医療を貧しい庶民のなかへ

genki163_04_01 ボリーバル革命のシンボルマーク。インディオ、白人、黒人の三人種が手をつなぎ、「ベネズエラ、今やみんなのもの」

 「アメリカの裏庭」といわれた中南米で、平和的で民主的な政権が、次々に生まれています。特徴は、選挙で 国民多数の支持を得て誕生していることです。その一つベネズエラでは、旧支配層によるクーデターや経済ストを乗り越え、民主的な改革がすすんでいます。医 療分野での改革もめざましい。昨年末、ベネズエラを訪問した新藤通弘さん(ラテンアメリカ現代史研究家)のレポートです。

写真と文・新藤通弘

 ベネズエラでいま、「居住区に入ろう(バリオ・アデントロ)」計画が進んでいる。二〇〇三年から始まったもので、貧しい庶民のなかに保健・医療活動をひ ろげようという運動だ。病気の治療だけでなく、健康を総合的にとらえ、貧困や飢餓、教育、文化、スポーツ、環境などと関連させて考えている。この計画に連 携して、住民自身の参加による地域おこしも進んでいるのである。
 私たちが訪問した新しい診療所の近くには「人民の店」があり、ここでは政府が補助をし、市価の半額で食料や生活必需品が売られていた。経営しているの は、貧民街の住民でつくる協同組合である。学校もつくられ、その運営にも住民が参加していた。まさに草の根からの社会改革である。

チャベス政権が国民の圧倒的支持うけて

国民の6割に医療なかった

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貧民街につくられたボリーバル小学校。授業料、昼食費も無料

 実は、わずか三年前までは、ベネズエラでは事実上公共医療サービスが消滅していたといわれている。一九六一年、民主行動党とキリスト教社会党の二大政党 制が成立して以来、両政党は、自らの党員や支持者以外の一般庶民に対して、医療・福祉サービスなど考えなくなった。
 医師が少なかったわけではないが、多くの医師はもっぱら富裕層や公務員、特権労働組合幹部に奉仕するだけだった。国民の六割以上は、医療の恩恵を受ける ことはできなかったのである。
 国民全般に対する保健予防はないに等しく、乳児の四割近くが栄養不足で、乳児死亡率は千人につき二一人(日本は三・二人。世界でもっとも低い)。
 健康保険や年金などの社会保障を受けられるのは、労働者の25%に過ぎなかった。
 世界第四位の石油輸出国である富裕国ベネズエラで、国民の八割(一九〇〇万人)が貧困、約四割は一日一ドル以下の国際貧困ライン以下の生活。失業率は 15%。全家庭の半分は日常的に飲料水の供給がなく、一五〇万人が文盲――これが、一九九八年、チャベス政権ができる直前の国民の生活状態だった。

住民が「健康委員会」つくり

 チャベス大統領は、圧倒的な国民の支持を受けて当選すると、これも国民の圧倒的な賛成(86%)を得て、新しいボリーバル憲法を制定した。ボリーバルと いうのは、コロンビア、ペルーなどラテンアメリカ五カ国の解放者で、「ベネズエラ独立の父」といわれるシモン・ボリーバルのことだ。
 彼を革命の師と仰ぐチャベス大統領の下で、ベネズエラは、一九九九年、本格的な医療改革に乗り出したのである。
 医療に関する条項として、憲法には、次のようなものがある。
 第83条「医療は国民の基本的な社会権であり、国はそれを保障する義務がある」。第85条「公共医療制度の財政は、国の義務である」。第86条「国民は 非営利の公共医療サービスを受ける権利がある」。実に明確に、「国民の権利」と「国の義務」を定めている。
 しかし、経済基盤は従来の保守層が握っており、さらに労働組合も二大政党系の組合が牛耳っている。医療関係者もほとんどが保守層であるうえ、公共医療施 設も著しく未整備であった。
 そこで、首都・カラカス市の若き市長、フレディ・ベルナールさんは、キューバに医師の派遣を要請することを発案した。キューバは医療先進国であり、国際 連帯活動として多くの医師を第三世界に派遣している。両国は同じスペイン語を話すし、同じカリブ海文化で、歴史的絆も強い。おりしもベネズエラは、キュー バに石油消費の半分を供給している。
 こうして二〇〇三年四月一六日、「キューバは医師を派遣し、ベネズエラは石油でその費用を支払う」協定が結ばれ、「居住区の中へ」計画が始まったのだ。
 憲法では参加型民主主義がうたわれ、医療活動においても、活動計画や予算の作成に、市民が積極的に参加することが規定されている。その具体化として全国 公共医療組織・制度法が制定され、第一期総合計画が実施された。
 地域住民は、キューバ人医師の無料の治療を受けるだけでなく、自分たちで「健康委員会」をつくり、各地域で、保健予防の観点から医師も含めて「保健教 育、地域衛生と疾病状況、生活条件」などについて実態を把握し、対策をたてる。

人民診療所を2年間で5000ヶ所解説
キューバから医師・歯科医師が2万人

知識人のなかでも変化が

 計画がスタートして五カ月後の九月には、ベネズエラで活動するキューバ人医師は一万人を超え、全国すみずみまで「居住区に入ろう」運動が浸透していっ た。キューバ人医師は、一人で約二五〇家族を対象とし、診療所での治療や往診、地域活動への参加など、献身的な活動を行なっている。
 一二月には、「居住区に入ろう」計画は、保健・社会開発省、ベネズエラ石油公社などが参加する大統領委員会の管轄下におかれ、新たな段階に入った。
 同時に、最初の二〇の人民診療所が開設された。昨年末には、それが五千カ所になった。
 この時点でキューバ人医師一万三〇〇〇人、歯科医三〇六二人が活動しており、ことしは、医師・歯科医師あわせて二万人になる予定だ。ほかに、リハビリや 健康増進に欠かせないスポーツ・インストラクターも派遣されている。
 特筆すべきは、この運動に、ベネズエラ人の医師が一一〇三人、看護婦二五九六人が参加していることだ。ベネズエラの医師数約五万人からすれば極めて少な い数だが、知識人にも変化がおきつつあることを実感させる。
 端正な顔立ちのベネズエラ人青年医師に、「君などその気になれば、楽な暮らしができるんでしょうに」と聞くと「いや、ここにこそ、私のやるべき仕事があ ります」とさわやかな笑顔で語っていた。
 「居住区に入ろう」運動の医師団は、〇三年四月~〇四年一〇月までに一七〇〇万人以上のベネズエラ人を治療し、一億回の診察を行なっている。
 また、両国の協定により、二〇〇〇年以降八千人以上の重病・難病の患者が、付添い人とともにキューバで無料の治療を受けている。往復の航空運賃はベネズ エラ政府が、キューバ国内の治療・入院費、薬代はキューバ側が負担している。

WHO代表も「すばらしい!」

 WHO(世界保健機関)のベネズエラ駐在代表レナート・グスマオさんは、このとりくみをこう賞賛していた。
 「これまで医者にかかったこともない先住民や貧困層。医療が民営化されたため医療費が高額になり苦しんでいた中間層。これらの圧倒的多数の人々のため に、ただひとつの政策の決定で、極めて短期間に無料の医療サービスを提供するようになった。すばらしいことだ」
 この政策は、ボリーバル革命の中心的理念から出ている。チャベス大統領は、その理念を「五つの軸」という。
 (1)人道主義重視という社会的性格、(2)資本主義の悪習と決別する経済的性格、(3)少数支配を解体し、国民が主人公の参加型民主主義という政治的 性格、(4)国内の各地域の調和的発展、(5)各国の対等平等の国際関係、の五つである。
 そのなかでも「最も重要なものは人間である」として第一の社会的性格を強調している。
 とはいえ、計画がすべてうまくいくわけではない。貧民街での啓蒙活動・医療活動は困難が多い。犯罪に巻き込まれて、キューバ人医師が不幸にして一人なく なっているという。
 しかし、初めは理解しなかった人々も、近所や家族の働きかけで、多くはじきに地域活動に参加してくるそうだ。
 若いキューバ人医師は、家族や友人と別れ、ベネズエラの貧困層と同じ条件で生活し、こうしたきびしい働きをしているわけだが、その報酬は、月わずか二百 ドル(約四〇万ボリーバル)である。二年契約で、毎年一カ月は休暇で帰国できる。食事や住まいは保証されているので、報酬を貯め、帰国後、車を買うのを楽 しみにしている人が多いという。
 この困難な条件のなかで脱落し、アメリカなどへ亡命してしまった医師は三〇~三五人程度。驚くほどわずかである。

平均寿命も識字率も改善

 こうした革命の成果は、少しずつではあるが国連の「人間開発指標」にも現われてきた。〇二年と〇四年を比較してみよう。わずか二年間で、平均寿命は七 二・五七歳から七三・一八歳にのび、識字率は90・90%から95%に、一人当たり国民所得も二八五八ドルから三九二四ドルに上がった。「総合指数」は 0・71から0・80に上昇している。
 しかし、所得のジニ係数(1に近いほど不平等)は、0・49から0・48とほとんど改善されていない。社会保障制度の改善によって庶民の暮らしは向上し ているが、所得格差は依然として変わっていないのだ。
 アメリカのライス国務長官は、チャベス政権の国民のための改革を理解せず、チャベス政権を「否定的勢力」と決めつけている。米政権はベネズエラ国内の保 守層と提携してその倒壊を狙っており、ことしになってからも、CIAがからんだ飛行機爆破によるチャベス暗殺計画があったと報じられた。しかし一方で、南 米諸国の自立と連携は確実に深まっている。
 ボリーバル革命は端緒についたばかりである。医療改革はその中核だ。人間重視の民主改革の火を消してはならない。
(しんどう・みちひろ・ラテンアメリカ現代史研究家/アジア・アフリカ研究所所員)

【ベネズエラって?】

面積は日本の2.4倍、人口2550万人、人種は混血66%と白人22%他。
 石油輸出量世界第4位という富裕国。しかし富は一部の金持ちのものだった。1980年代、90年代に強力にすすめられた新自由主義グローバリゼーション (市場原理を最優先する経済の世界化)で、国民経済は壊滅的打撃を受けた。IMF(国際通貨基金)から財政再建のための福祉予算の削減、規制緩和、公共 サービス部門の民営化、貿易自由化などが押しつけられ、貧困人口が増えた上に、所得格差が開いた。
 98年、チャベス氏が国民の圧倒的多数の支持を得て大統領に当選。旧体制にしがみつく資本家・大土地所有者、特権高級公務員・労働組合幹部、メディア支 配層は、軍事クーデター、全国的な経済スト、大統領罷免国民投票などで政権転覆をはかったが、すべて失敗している。
 南米では、3月1日、ウルグアイにも民主政権が誕生。パスポートや通貨を同じくする南米諸国家共同体をめざす動きが始まっている。