特集2 ボケ予防 早期発見で防げる、治せる
ボケの大部分は生活習慣病です
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長い間、「ボケは治らない」ものと思われてきました。
しかし、老年期痴呆の大部分は生活習慣病であり、早期に発見してライフスタイルを見直し、脳のリハビリを積極的に行なえば、脳の機能をかなり改善できる ことが次第に明らかになってきています。
このような考え方を最初に提唱したのは浜松医療センター(現在は浜松早期痴呆研究所所長)の金子満雄先生です。いまでは日本全国の多くの市町村で「地域 ぐるみでの早期痴呆対策」運動が行なわれており、大きな成果をあげています。
こうしたとりくみに注目した私たちは、金子先生たちが開発した「二段階方式」を96年より導入し、これによる老年期痴呆の早期発見・早期治療のとりくみ を始めました。97年4月、当院に早期痴呆の専門外来として「脳精検外来」を開設し、今日までに600人をこえる痴呆性疾患患者の診療にあたっています。
ボケって何だろう?
そもそもボケとは何でしょう?
医学的には「痴呆」(厚生労働省は今後「認知症」と呼ぶことに決めたようですが)と呼ばれており、「いったん完成された脳が、何らかのきっかけで広範囲 に障害され、認識、了解、判断、決断などの脳の神経心理機能がうまく働かなくなり、その結果、家庭生活や社会生活に支障をきたした状態」と定義されていま す。
表1に「ボケの種類」をあげましたが、原因となる病気はさまざまであることがわかります。
このなかで最も重要なのが「廃用型痴呆」で、全体の9割を占めます。人間の体は骨でも筋肉でも、長いこと有効に使わないでいると、組織が衰えて細く弱く なっていく性質があり、これを「廃用性萎縮」と呼びます。脳も同じ。長いこと有効に活発に使わなかったために起こった「脳の廃用性萎縮」が廃用型痴呆で す。
「物忘れはボケの始まり」か
世界の痴呆学会における一般的な考え方によれば、「痴呆とは、記憶をつかさどる海馬や、認知機能をつかさ どる大脳後半部の障害で起こる」ものであり、最初の症状は「記憶障害=物忘れ」と「見当識障害=時間・場所など周囲を認識できなくなる」であるとされてい ます。(※側頭葉にある大脳皮質の一部)
しかしこれは大きな誤りです。
最もふつうの老年期痴呆である廃用型痴呆では、最初に前頭前野の機能だけが低下しはじめ、痴呆が進むにつれて、大脳後半部機能も次第に低下してくること が、金子先生たちの分析によって実証されています。
したがって最初に出てくる症状は「自発性、計画性の低下」「意欲の低下」「機転がきかず、創作ができない」といった人間だけがもつ最高の機能、つまり英知の低下なのです。
前頭前野って何だろう?
前頭前野という名称はあまり聞きなれないかもしれませんね。
これは大脳の前半部である前頭葉のうち、手足を動かす「運動野」と眼球を動かす「眼球運動野」より前の部分をさしています(図1・2)。ここは、大脳後 半部に入力された情報をとりこんで把握し理解し、全体を見渡して分析する。そして状況を判断して対応を決め、運動領域に指令を出す働きをしています。
つまり、前頭前野は他のすべての大脳の部分を指揮・監督し、その人の性格や人間性を特徴づける最高司令部であるといえるのです。だからこそ、ここが少し 障害されただけでも人間らしさが減少してしまうのです。
この前頭前野の機能低下こそが痴呆の本態であるというのが金子先生の意見であり、私たちの経験からもまったくそのとおりだと思います。ですから、痴呆の 早期診断のためには、前頭前野の機能を測ることが必要となってくるのです。
二段階方式とは?
二段階方式とは、「かなひろいテスト」「MMSテスト」という二段階で行なわれる痴呆判定法のことですが、さらにその測定結果をもとに、痴呆から正常へと導くトレーニングまでの全体をさします。
「かなひろいテスト」(図3)は浜松医療センターで開発された前頭前野機能テストのひとつであり、注意分配能力、注意集中力、高次記憶能力などをみるテ スト。「MMSテスト」(図4)は欧米でふつうに用いられている簡易知能テストです。
第一段階として「かなひろいテスト」で前頭前野機能の評価を行ない、不合格となったときに第二段階として「MMSテスト」を行なって大脳後半部の機能を 調べます。これらの結果から、痴呆の程度を「軽度」「中度」「重度」に分類します(図5)。
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ボケの3段階
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痴呆は、徘徊、失禁などのひどい症状が、突然出てくるわけではありません。前ぶれの期間が2~3年あり、 徐々に出てくるのがふつうです。その変化を二段階方式の判定基準にしたがって段階分けすると次のようになります。それぞれの段階で、表2に示すような症状 がみられます。
【第一段階】軽度=MMS24点以上
社会活動に必要な理解力や判断力が落第点となりますが、認知機能はまだ正常範囲にある時期です。家庭生活にはあまり支障ありませんが、地域や職場などの 社会生活にはトラブルが起きてくるレベルです。
【第二段階】中度=MMS15~23点
身の回りのことはどうにかできても家庭生活にはっきりと支障が出てくるレベルです。
【第三段階】重度=MMS14点以下
日常生活にまで介護が必要なレベルです。
この第一段階なら、ほとんどの人が脳機能の回復が可能です。第二段階でも、まだ大部分の人が回復可能なので、これらの時期を早期痴呆と呼んでいます。
しかし、第三段階になってしまうと、どんな治療を行なっても脳機能を回復させることはきわめて難かしくになってきます。従来「ボケは治らない」とされて きたのは、回復不能の重度痴呆になってはじめて「痴呆」と診断され、治療されてきたからなのです。
ですからもし、軽度痴呆や中度痴呆が始まっていると思われる方がいたら、躊躇せずに早期痴呆の診断と治療のできる医療機関を受診していただきたいので す。重度痴呆になるまで待ってしまったら回復は困難になることを忘れないでください。
ボケやすい人、ボケにくい人
最も多い廃用型痴呆が起こりやすい人には、明らかに共通した特徴が見られます。▽趣味がほとんどない、▽ 生きがいと呼べるものがない、▽人とのコミュニケーションが乏しい、▽スポーツなどしないし、散歩で体を動かすことさえしない――生涯を通じて、仕事一辺 倒の、感性に乏しい生活をしてきた人たちです。
感性は、芸術・スポーツに親しむなどの右脳教育があったかなかったかで決まります。極論すれば子どものころの右脳教育の失敗のツケがボケの原因といえそ うです。ただ、いまの高齢者は、国の政策で働き続けることを強いられてきた世代でもあり、本人の責任とばかりはいえないような気がします。
逆に廃用型痴呆の起こりにくい人にも共通した特徴が見られます。
▽豊かな趣味、打ち込めるものがある、▽野の花を見つけただけでも気持ちが和み、毎日が楽しい、▽友だちや仲間がたくさんいる、▽何でもいいからこまめに体を動かしている――感性が豊かで、生き生きとした生活を続けている人たちです。
ボケない生活の工夫
となれば、ボケないために心がけるべきことはおのずと明らかになってきます。ボケやすいタイプの生活習慣を改め、ボケにくいタイプの生活習慣に近づけること。ボケない生活の工夫は、実は「かくしゃく超百歳老人」の共通点でもあります。
(1)生きがい、趣味のある積極的な生活をしましょう。
(2)老若男女、交友の機会を増やしましょう。
(3)毎日、一定の仕事と、定期的な肉体運動を必ずしましょう。
(4)日記をつけましょう。
(5)外出、旅行はすすんでしましょう。
ぜひ参考になさってください。
脳リハビリの考え方
以上のように、若いころから感性の乏しい生活をしてきた人たちに廃用型痴呆は起こりやすく、これを早期に見つけたときの対処法は、その感性を少しでも活性化して生きる喜びを知ってもらうことが基本です。
薬はあくまでも補助的なものであり、飲んだだけで痴呆が治るなどという薬は少なくとも現時点では存在しないということを肝に銘じておく必要があります。
表3に右脳リハビリの例を示しましたが、比較的効果の高いのは1~5、とくに3のゲーム類が効果的なようでした。
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痴呆の早期発見・早期治療の方法について、浜松の「二段階方式」の考え方を中心に紹介させていただきまし た。従来の一般的な痴呆学の教科書とは大きく異なる部分が多く、違和感を感じた方も多いかと思いますが、実際に早期痴呆の患者を多数診てきた経験からは、 まったく妥当と思っています。詳しくは、金子先生の著書をぜひお読みください。
参考文献(いずれも金子満雄著、角川文庫)『生き方のツケがボケに出る』『ボケてたまるか! 痴呆は自分で防ぐ 家族で治す』『親がボケれば子もボケる 痴呆の見分け方・治し方』『ボケからの脱出』
いつでも元気 2005.3 No.161