特集2 糖尿病の運動療法 ゆっくり、時間をかけて、ずっとつづける
最近の注目は「レジスタンストレーニング」です
2002年の新しい統計では「わが国の糖尿病患者は740万人、6・3人に1人が糖尿病ないし予備軍」となり、とくに高齢者や糖尿病予備軍の増加が注目 されています。糖尿病の治療は「1に食事、2に運動、3、4がなくて、5に薬」といわれますが、生活習慣を改善すると、治療だけでなく発症の予防にもなり ます。食事療法に運動療法を併用すると、糖尿病の治療や発症予防に、もっと効果がある、ということも実証されています。
では、糖尿病の運動療法はどのように行なえばよいでしょうか?
有酸素運動で脂肪を燃やす
糖尿病の運動療法は、血糖値が最高に上がる食後1時間に行なうのが理想的ですが、その時間帯に運動できない人も多くいます。それでもやれる時に運動を行なっていれば、長期効果が現れてきますので、つづけることが重要です。
どんな運動がいいかというと、脂肪を燃焼させる「有酸素運動」です。脂肪を燃やすと「インスリン抵抗性」(注1)が改善するからです。
ウォーキング、ジョギング、スイミング、サイクリングなど、ゆっくり長時間行なえる運動が効果的です。ウォーキングで1日7500歩以上歩くと脂肪が燃 焼し、1万歩以上で「インスリン抵抗性」が改善します。だてに「万歩計」という名前ではないのです。
最近は、ダンベル体操、チューブエクササイズ、タオル体操、階段昇降などが注目されています。負荷を使うこうした運動を「レジスタンストレーニング」(注 2)といいますが、名古屋大学の研究では、お年寄りが軽い負担のレジスタンストレーニングをくり返し行なうと「インスリン感受性」が若者のレベルまで改善 した、と報告されています。
軽い負荷で長時間運動すると筋肉が増えて、「パワーアップ」と「高血糖の改善」の両方に有効といわれてい ます。新潟・下越病院の教育入院で軽いレジスタンストレーニングをプログラムに取り入れたところ、わずか10日間で、壮年男性では平均0・9キログラム筋 肉が増えました。
適切な食事療法とその人にあった運動療法で、意外に簡単に筋肉は増加するのかもしれませんね。転倒予防の効果も期待できると思います。逆に、重量挙げや短距離走のように、短時間で強いパワーを出すような運動を続けても、血糖値を下げる効果はないといわれています。
レジスタンストレーニング
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ダンベル体操
押し上げ運動 |
タオル体操
膝の少し上にタオルを当て膝は上に上げるようにし、タオルで下へ押さえる |
隣の人と話ができる程度に
具体的に、運動はどのような強度で行なえばよいでしょうか?
たとえばジョギングでは、隣の人とおしゃべりできるギリギリのスピードが一番効果がある、といわれています。
運動の強さを脈拍数で測るやり方もおすすめです。手首の動脈をさわって6秒間の脈拍数を数え、10倍すると、「1分間の脈拍数」が出ます。中高年の人は 100~120くらいを目安にしてください。しかし、糖尿病の合併症の一つである自律神経障害があると、強い運動をしても脈拍数が上がらないことがありま すので注意してください。しゃべれないほどきつくなってきたら速度を落とす、ということが必要になります。
糖尿病から腎不全をおこした人は、運動でタンパク尿が増加し病状を悪化させることがありますので、日常生活での歩行を増やす程度の運動にしておくのが安全です。
糖尿病網膜症の人は、病状が進むときには運動が禁止されることがありますので、眼科医の指示に従ってください。
1回20分から30分の運動を、1日2、3回行ないます。1日の消費カロリーは160~240キロカロリーになります。1回に30分以上行なうと、転倒 や交通事故などが起こりやすいので、注意が必要です。
トレーニングをしてきた人が3日休むと、「インスリン感受性」はトレーニング前の状態に戻ってしまうといわれています。1週間に3回以上は行なった方がいいでしょう。
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いつでも、どこでも、1人でも
では、どんな運動を、どこで、行なったらよいでしょうか?
長続きさせるためには、「いつでも、どこでも、1人でも」行なえる種目がよいでしょう。
ウォーキングやジョギングが一番おすすめですが、何かを口実にすぐサボってしまいそうな人は、友人を誘ってジムやスポーツセンターに通うのも一案でしょ う。「高いお金を払ったから、高価なトレーニングウエアーを買ったから、友だちが待っているから」という理由で運動を継続していられる人も多く見受けられ ます。犬を飼って「どうしても毎日散歩に出かけなければならない」と、自分を強制的に運動させている人もいます。
私どもの新潟では、雪国なので冬場は運動場所が不足しますが、デパート内を20~30分歩いている方もあれば、商店街の雁木の下を歩き回る人もいます。 自転車エルゴメーター(ペダル踏み装置。体力をつけたり、測定したりできる)を買って、自宅で好きな連ドラを見ながら運動をつづけている人もいます。
運動療法の利点はいろいろ
糖尿病の運動療法の目的は、高血糖を改善して糖尿病の合併症を防ぐのが中心です。しかしそれだけではな く、肥満を改善して血圧、コレステロール値を下げて動脈硬化を予防する、筋肉をつけて転倒を予防する、健康感・爽快感を得る、また人生を積極的に生きる きっかけにする、といった利点もあります。
脂肪を減らすことは「インスリン抵抗性」を改善し高血糖を是正することになるので、積極的にやせる努力をしていただきたいと思います。内臓脂肪が蓄積し ている「かくれ肥満」の方もいますから、運動療法によって腹囲が減ればしめたものです。
ひざや腰の悪い人は、なかなか外出もできず運動療法もむずかしいのですが、いすに座ってするチューブエクササイズやサイクリング、水中ウォークなど、足 腰に負担をかけない運動で減量をめざす人もいます。
神経障害がある患者さんでは、ハイキング会などで急にたくさん歩いて靴ずれをおこし、糖尿病壊疽になる人もいるので注意が必要です。毎日おふろに入っ て、足全体をくまなく観察することが重要です。
血糖が下がる薬を使用している人が登山など長時間の運動をすると、10数時間たって急に低血糖が起こることがあります。まれなことですが知識として知っ ておいて、注意することが必要です。
ドイツでの運動療法の実習風景。隣の人と話せるくらいのスピードでジョギング(筆者撮影)
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運動しても食事が乱れては
糖尿病の運動療法は楽しくやることが重要です。私が名古屋大学で行なった実験にこんなものがあります。エ ピネフリンなどのストレスホルモンが出ない状態にしたネズミを運動させると、ストレスホルモンが出るネズミの運動よりも、血糖改善効果が高かったのです。 やはり運動は楽しくやった方がよいようですね。
新潟の患者さんが仕事で東京へ出張すると、血糖コントロールがよくなって帰ってくる例があります。これは通勤で長時間歩く生活を強いられるためだ、と思われます。
しかし、どんなに運動しても、ちょっとした油断で食事療法が乱れてしまうと、「少しもやせない、少しも血糖が下がらない」という結果になってしまいま す。30分歩いて80キロカロリー消費しても、そのごほうびとして、おまんじゅう1個ペロリと食べてしまえば、もう体脂肪を減らすことは期待できません。 食事療法をきちんとしないで運動療法をしても効果がない、ということが、この例でわかるのではないでしょうか。
「自己流」にやると危険も
ある失敗例をご紹介しましょう。
「私」は58歳の男性です。
10年前から糖尿病を指摘されていましたが、仕事が忙しく診察にはいっていませんでした。足のしびれが出たり、糖尿病の同僚が突然死したり、ということ がきっかけで怖くなり、初めて糖尿病外来を受診しました。血糖値は高く、282㎎/dl、HbA1c8・9%といわれました。
身長170センチで体重86キロの肥満体型で、出張、宴会が多く、アルコールと油物が大好き。しかし、同僚のように突然死したくないと思い、晩酌はやめ てつきあい酒だけ、油を減らして腹八分目にして、毎朝近くの公園までジョギングを始めました。
そうしたら、薬なしで、血糖値と体重は下がったのですが、両ひざが痛くなりジョギングどころか杖を使わないと、歩行も困難となってしまいました。せっか く下がった血糖値も体重も、また悪化し、いまでは薬の内服が始まっています。
さあみなさん、「私」はなぜ失敗したのでしょう? 運動療法にも、その個別性に合わせた適切な処方があったはずですが、この「私」は危険を顧みずに、自 己流で行なってしまったことに問題があるのではないでしょうか。この「私」の場合、「肥満者がジョギングをがんばると、ひざをいためやすい」ことを、専門 家から教えてもらわなければならなかったのでしょう。
食事療法と軽い歩行だけで体重を落として、それからジョギングを始めればよかったのかもしれません。
あるいは、ひざに負担のかからない、サイクリングや水中ウォーク(プールなど水中で歩く)のような種類の運動を選択すべきだったのかもしれません。
水中ウォークのよいところは、(1)ひざ・腰への負担が軽減すること、(2)水の抵抗がレジスタンストレーニングの効果となって筋肉量の増加が期待でき ること、(3)水の冷たい刺激で代謝が増え体脂肪の減少が期待できること、など。肥満の人が初めてする運動におすすめの種目です。
「運動療法には、効果の裏側に常に危険がつきまとうものだ」と認識して、専門家と相談しながらやっていきましょう。
いつでも元気 2004.5 No.151
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