特集2 人工肛門 排便は、袋をつける方法か腸を洗う方法で
患者会で聞く体験談が力になります
人工肛門(ストーマ)とは、手術で腸管をおなかの表面に直接出して、排泄口にすることです。直腸がんなどで肛門をとる手術を行なうと、人工肛門をつけなければなりません。
最近は手術の進歩で、肛門や肛門括約筋を残す手術もできるようになり、人工肛門をつける患者さんは減っていますが、まだまだ、さまざまな理由で自分の肛 門が使えなくなる方がいます。今回は、人工肛門がどういうものか、また、それをつけた患者さんがどういう生活をするのかについて紹介します。
人工肛門は器具ではない
「人工肛門」という器具があるわけではありません。「ストーマ(=Stoma)」ということばがラテン語で「乳頭状に突き出した口」を意味することからわかるように、通常は2~3礼メートルの半球状の腸管の端が皮膚表面から突き出ている状態です。
■人工肛門の分類
大きく分類すると、一時的なものと永久的なもの、腸管の開口部が2つある双孔式(二孔式、ループ式)と1 つの単孔式、あるいは使用する腸管の部位のちがいで、小腸を使う場合の回腸ストーマ、空腸ストーマ、結腸を使う結腸ストーマ、なかでも最も数が多いものが 直腸がんの手術時に作られる、S状結腸ストーマです(図1)。
人工肛門ではありませんが、同様に体表面から尿を直接出すための人工膀胱もあります。
S状結腸の単孔式ストーマ | 横行結腸の双孔式ストーマ | 回腸の双孔式ストーマ |
■人工肛門が必要な疾患
人工肛門をつけなければならない疾患にはさまざまな種類があります。
表1に示した疾患はそのおもなものですが、なかでも直腸がんは代表的な疾患です。
そのほか、良性の病気でも遺伝的に大腸に多数ポリープのできてしまう大腸ポリポーシスや、大腸にくり返し炎症をおこす潰瘍性大腸炎などがあります。
また、大腸に穴があいたとき(穿孔)や、腸閉塞の一時的な避難のために双孔式ストーマをつくる場合もあります。
表1 人工肛門が作られる おもな疾患 永久的ストーマがつくられる疾患 ●直腸がん 一時的ストーマがつくられる疾患 ●直腸 |
人工肛門で排便する2つの方法
人工肛門で排便する方法には、便の出るのに任せる自然排便法と、1~3日に1度、定期的に人工肛門から腸内を洗って排便させる洗腸法があります。
排便方法の違いで生活も変わってきます。大切なことは、2つの方法があるということを、医療機関が患者さんに説明し、患者さん自身も理解して、どの方法 が自分にとって適切かを考えることです。
■袋を着けて排便
自然排便法ではいつ便が出てくるかわかりませんので、採便袋と呼ばれる袋を常時おなかに着けて生活します。この袋と皮膚が密着する部分の素材には「皮膚保護材」が使われています。この皮膚保護材については後で説明します。
■日中に便が出たら困る人は
洗腸法では器具を使ってストーマからお湯を大量に流し込みます。洗腸して完全に便が出たら、あとは一定の 期間便が出ないので中間の管理が楽です。どうしても一定時間に便が出たら困る社会人の方に、この方法を選択する方がいます。当院の患者さんでは最近、調理 場で働く方がこの方法を選択していました。
しかし、洗腸のときは1時間近くトイレを占拠するので、ご家族の理解や体力、気力が必要です。
洗腸法は、大腸の長さがある程度残っているS状結腸や下行結腸のストーマの方が可能です。拡張しやすい大腸に比べ、小腸はあまり拡張しないので大量のお 湯を入れて洗うことはできず、洗いにくいのです。
皮膚保護材の大事な役目
ストーマの装具は便がたまる採便袋と皮膚面に接着するための面板と呼ばれる板状の部分で成り立っています。この面板の皮膚との接着部分の素材が皮膚保護材です。
この皮膚保護材は非常に重要で、ストーマ用品の発展はこの皮膚保護材の発展といっても過言ではないくらいです。
もともと皮膚には、水蒸気を発散して体温の調節をしたり、酸性、アルカリ性の度合を保ったり、細菌の進入や外傷から身体を守ったりする働きがあります。
しかし、ストーマ用の装具が長期に皮膚に密着すると、便や装具によりかぶれたり、真菌が増殖するなどさまざまな障害が皮膚におこってきます。皮膚保護材 はこの障害を軽減してくれるのです。
皮膚保護材は多種多様な製品が市販されています。有名なものにカラヤガムがあります。カラヤという木の樹液を乾燥させてつくるもので、古くから優秀な皮 膚保護材として注目され、現在においてもその価値は衰えていません。食品添加物や化粧品、入れ歯などにも使われています。また最近では柑橘類の果皮から抽 出した柑橘ペクチンなども使用されています。
人工肛門の手術
人工肛門の造設法を図2に示します。手術時には、患者さんが管理しやすく皮膚などのトラブルがおきにくい 人工肛門にするために、十分に注意を払います。いったん悪い人工肛門をつくってしまうと患者さんは一生苦しむことになるからです。おもなポイントを示しま した(表2)。
患者さんの葛藤
■術前に装具を体験
患者さんにとって人工肛門がつくということは大変なことです。まず病気に対する理解が重要です。どうして そんなものをつけなければならないかを理解してもらった上で、人工肛門とはどのようなものか、そのあとの生活はどういう風になるのかを、ビデオやパンフ レットを使って説明したり、実際に人工肛門の装具を一晩貼って体験してもらいます。
患者さんが最も処置しやすい場所を前もって決め、人工肛門が予定される位置に手術前に印をつけておきます。しかし、手術の日に気持ちの整理がついている人はほんのわずかなのです。
■一人でケアができるまで
さて、手術が終わりました。手術直後、多くの患者さんは人工肛門を見ることさえしません。術前の気持ちの受け入れの度合いが高い人は術後の受け入れもスムーズです。
まず見てみます。それからおそるおそる袋の上から触ってみます。看護師が装具を交換するのを初めは眺めているだけですが、そのうち看護師に促されて少し ずつ手を出し始めます。そして完全に一人で(患者さんによってはご家族の助けも借りてですが)ケアができるようになるまでに1~2週間かかります。
■身体障害者手帳の申請
人工肛門の患者さんは「ぼうこう又は直腸機能障害」者として身体障害者手帳の申請ができます。これで各市町村から装具の費用が支給されたり、公共交通機関などで各種特典が適用されます。自分にあった装具を決定し、いよいよ退院です。
退院後の生活
はじめはぎこちなかった患者さんも数カ月たつとわれわれよりはるかに上手な手つきになります。何十回、何百回とするのだから当然です。スポーツ、登山などを積極的に楽しんでいる方もいます。
■手術後の機能障害も
患者さんの問題はストーマに関することだけではありません。手術による機能障害も大きな問題です。骨盤の中の手術では、排尿や性機能に関係する神経も切りとることがあります。最近は神経を残して手術をする方法が多くとられますが、それでも多少は機能が低下するのです。
元の肛門を切除した手術の後に、ないはずの元の肛門の痛みを感じる患者さんがいます。これらの相談や治療をする窓口も必要です。
■退院後の相談は
退院後のトラブルの対処や相談は外来で行ないます。私が前に勤めていた札幌の北海道勤医協中央病院のように、「ストーマ外来」という人工肛門の治療や指導を専門に行なっているところもあります。
外来での指導とともに、相談活動ではストーマ患者さんの患者会が大きな力になっています。
■体験談が勉強になる
患者会は、北海道民医連では釧路や札幌にあり、そのほかの多くの病院でも独自の患者会が結成され、会合や温泉旅行などが行なわれています。全国的な組織としては「日本オストミー協会」があります(「オストミー」とは人工肛門・人工膀胱のこと)。
釧路協立病院の患者会の名称は「はまなすの会」です。人工肛門の姿が道東の海岸に群生するハマナスの実に似ているので付けられたそうです。いかにも道東らしい名前です。
患者会の集まりには医者が同席することもありますが、何といっても患者さん同士の、生の体験談で座は盛り上がります。装具の工夫や外出時のトイレの工夫 など、患者さんの具体的なお話にいつも勉強させていただいています。
■患者が患者の話をきく
最近「はまなす会」で興味深いことがありました。術前に気持ちの整理がつかず、なかなかストーマをつくる ことを納得できなかった患者さんがいました。外科病棟のスタッフからお願いして、患者会の下村会長にご自身の体験をお話していただき、手術にこぎ着けまし た。やはり経験者の話は説得力があるものです。
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よく顔を合わせている患者さんでも意外なところでまちがった理解をしている場合も多く、入院時の正しい指導を十分に行なうことは今後の課題です。
患者さんのことばに学びながら、きちんとした人工肛門の手術や指導ができるようにがんばりたいものです。
「医者に頼っていてはだめ」といわれ猛勉強
人工肛門患者会「はまなすの会」下村衛会長(80歳)の話
私は、10年前、直腸がんがみつかり手術、人工肛門をつけることになりました。
先生から悪性の進行がんだといわれたときはさすがに動揺しましたが、手術して治るものならと、人工肛門をつけることを決意しました。
おかげさまで経過は順調でした。
いまでは、冬はスキーで6キロ歩くなどすっかり元気です。人工肛門をつけてふつうに生活できることに感謝しています。
「はまなす会」は、診察で術後のことを相談していたとき、患者会のことを教えられて、1996(平成8)年、14人の患者でつくりました。樫山先生から は『医者にばかり頼っていてはだめだ』といわれて、人工肛門のことを猛勉強しましたよ。
同じ病気で悩んでいる人のためであれば、これからもお役に立ちたいと思っています。
いつでも元気 2004.2 No.148