特集2 正木健雄さんが語る「どうなっている?子どものからだ」(3) すぐに「疲れた」、突然キレル
私たちが「子どものからだ実感調査」をはじめた1978年の時点では、「すぐ?疲れた?という」という項目は入っていませんでした。しかし翌年、保育園 の調査を始めるまえ、先生方からこのことを項目に入れてほしいと要望があり、アンケートをとってみると、?最近増えている?ことのワースト3にランクされ たのです(表)。
▼保育所 | |||
1979年 | 2000年 | ||
1.むし歯 |
24.2%
|
1.すぐ「疲れた」という |
76.6%
|
2.背中ぐにゃ |
11.3
|
2.アレルギー |
76.0
|
3.すぐ「疲れた」という |
10.5
|
3.皮膚がカサカサ |
73.4
|
4.朝からあくび |
8.1
|
4.背中ぐにゃ |
72.7
|
5.指吸い |
7.2
|
5.そしゃく力が弱い |
64.3
|
6.転んで手が出ない |
7.0
|
6.ぜんそく |
61.0
|
7.アレルギー |
5.4
|
7.保育中、じっとしていない |
60.4
|
8.つまずいてよく転ぶ |
4.9
|
8.つまずいてよく転ぶ |
58.4
|
9.保育中目がトロン |
4.8
|
9.朝からあくび |
53.2
|
10.鼻血 |
4.6
|
9.すぐ疲れて歩けない |
53.2
|
▼小学校 | |||
1979年 | 2000年 | ||
1.背中ぐにゃ |
44%
|
1.アレルギー |
82.2%
|
2.朝からあくび |
31
|
2.すぐ「疲れた」という |
79.4
|
3.アレルギー |
26
|
3.授業中、じっとしていない |
77.5
|
4.背筋がおかしい |
23
|
4.背中ぐにゃ |
74.5
|
5.朝礼でバタン |
22
|
5.歯ならびが悪い |
73.2
|
6.雑巾がしぼれない |
20
|
6.視力が低い |
71.7
|
6.転んで手が出ない |
20
|
7.皮膚がカサカサ |
67.4
|
8.なんでもない時骨折 |
19
|
8.ぜんそく |
62.7
|
8.腹のでっぱり |
19
|
9.症状説明できない |
61.9
|
10.懸垂ゼロ |
18
|
10.平熱36度未満 |
60.9
|
▼中学校 | |||
1979年 | 2000年 | ||
1.腰痛 |
40%
|
1.アレルギー |
89.2%
|
2.背中ぐにゃ |
31
|
2.すぐ「疲れた」という |
82.0
|
2.朝礼でバタン |
31
|
3.腹痛・頭痛を訴える |
80.2
|
4.肩こり |
28
|
4.腰痛 |
79.0
|
4.貧血 |
28
|
5.不登校 |
75.4
|
6.朝からあくび |
27
|
6.首、肩のこり |
74.3
|
7.神経性胃かいよう |
25
|
7.平熱36度未満 |
71.3
|
8.なんでもない時骨折 |
21
|
8.皮膚がカサカサ |
67.1
|
8.アレルギー |
21
|
9.なんとなく保健室にくる |
65.9
|
10.脊柱異常 |
18
|
9.症状説明できない |
65.9
|
10.授業中目がトロン |
18
|
||
▼高等学校 | |||
1979年 | 2000年 | ||
1.朝礼でバタン |
43%
|
1.すぐ「疲れた」という |
82.8%
|
2.背中ぐにゃ |
37
|
1.アレルギー |
82.8
|
3.朝からあくび |
30
|
3.首、肩のこり |
77.0
|
3.アレルギー |
30
|
3.不登校 |
77.0
|
5.肩こり |
27
|
5.腰痛 |
76.6
|
6.背筋がおかしい |
26
|
6.視力が低い |
73.0
|
6.なんでもない時骨折 |
26
|
7.なんとなく保健室にくる |
71.9
|
8.貧血 |
22
|
8.腹痛・頭痛を訴える |
70.4
|
9.懸垂ゼロ |
21
|
9.歯ならびが悪い |
63.5
|
9.シュラッテル病 |
21
|
10.平熱36度未満 |
62.0
|
『子どものからだと心白書2000』から
予想外の結果でした。その後、この項目はどんどんランクアップし、90年代から現在まで、保育園ばかりか小・中・高を通じて、「アレルギー」と常に1、2位を争う回答率の高い項目となっています。
なぜ「疲れた」という言葉がすぐ出るのか。その実体を探っていくと、子どもたちの脳、とくに「前頭葉」の発達との密接な関連が見えてきました。
「疲れた」の実体は?
79年ごろは上位にランクされたとはいえ、「すぐ?疲れた?という」が最近増えているという回答率は1割 程度しかありませんでした。しかし、90年代になると7割をこえ、最近では8割以上という数値になっています。まちがいなく、「すぐ?疲れた?という」子 どもたちがふえてきているのです。
からだの検査をしても、とくに疲れているという実体は出てきません。ですから、そのほんとうの理由はまだわからないのです。
アンケート結果をみると、「すぐ?疲れた?という」事象は、「アレルギーがある」と回答率が同じくらいで す。そこで私たちは、脳のアレルギーと関係があるのではないかと予想しました。アレルギーはからだに入ってきた異物を体外に出そうとする反応が過敏におき る症状で、からだのどこにでもおこります。
調べると、すでに100年まえに、食べたものでおこる「緊張弛緩症候群」というアレルギーが報告されてい ました。これは、とにかく多動で動きまわっているかと思うと、グターとなってしまう状態をくり返す症状です。「疲れた」という実体は、このようなアレル ギーの可能性も考えられるのではないかと思います。
また70年代後半に行なわれた「疲労の自覚症状調査」では、「朝のうちほど疲れていて、学校へくるとだん だん疲れなくなる」という結果が出ました。子どもたちが「疲れた」というのは、じつは目が覚めきっていない、脳が覚醒していないことが、一番大きな問題な のだと推察できます。
「そわそわ型」増え、学級崩壊?!
脳の覚醒ということでは、私たち日本体育大学には、学生を対象に60年代初めから大脳新皮質の疲労を調査してきた記録がありました。そこで私たちは、子どもの脳、とくに「大脳新皮質」の覚醒水準を調べ、過去の記録と比較してみることにしました。
60年代後半には、これに前頭葉の活動のようすを調べることも加えました。犬の条件反射で有名なパヴロフ の理論にもとづき、簡単な器械で調べます。次のページの図1のような形で2つの色を見せ、約束(赤い色がついたらゴム球を握るなど)に従って調査対象者が 反応するのです。
パヴロフ学派の研究では、大脳活動の働きは基本的には「興奮」と「抑制」の過程から成り立っていると考えます。アクセル(興奮)とブレーキ(抑制)にたとえるとわかりやすいでしょう。
前出の調査方法で、「興奮」「抑制」の強さ、バランス、切りかえの特徴から対象者を5つの「神経の型」にわけます(図2)。
アクセルもブレーキもともに弱い「そわそわ型」、アクセルが強い「興奮型」、ブレーキが強い「抑制型」、両方強いが切りかえが緩慢な「おっとり型」、そして、両者の切りかえがすばやい「活発型」です。
私たちの調査でまずわかったことは、このうち「集中力が弱く、落ち着きもない」という「そわそわ型」が、最近、小学校に入っても減らないままになっているということです。それが図3のグラフです。
刺激に対してあまり興奮もしないが抑制もできないというそわそわ型は、幼児は4割程度と多いのですが、小学校に入るとぐっと減っていくというのがこれまでの傾向でした。
ところが90年代中ごろになると、小学校に入学したあとも場合によっては5割をこえる高い水準になっています。そればかりか、むしろ高学年になるにつれてふえていく傾向もみられるようになってきました。
このような子どもたちは、先生の話を聞き続けられるのはせいぜい1分間ぐらいです。それがクラスの3分の1、2分の1もいるのでは、授業はとてもやりにくいでしょう。小学校で授業を成り立たせなくし、低学年で問題になっている「学級崩壊」の実体はこれだと考えられます。
また、最近非常に多くなっている「ADHD(注意欠陥・多動性症候群)」と診断される子どもたちのなかに、前頭葉の活動が強くなる成長過程で、発達不全をおこしている子が少なからずいるのではないかとも予想できます。
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β波が出なくなる「ゲーム脳」
調査からわかってきたもうひとつの傾向は、「興奮型」への成長がどんどん遅くなっていることです。これま では、小学校に入ると「どうにも止まらない」という「興奮型」の子どもが多くなっていました。こういう子は、集団で遊びまわるような「ギャングエイジ」を 楽しみながら、思春期を迎えていったものです。
ところが、最近では「興奮型」に成長するのがとても遅くなってきているのです。それが小学校高学年から中学校にかけての「暴力問題」や「学級崩壊」の別の原因となっているのではないかと考えられます。
ではなぜ「興奮型」への成長が遅くなっているのか。はっきりとした原因はわかりませんが、日本大学の森昭雄さんが『ゲーム脳の恐怖』(NHK出版)という本を出され、最近注目されていますね。
森さんによると、テレビゲームを長時間やっていると前頭葉が働かなくなり、痴呆性の老人のような脳波の出方になるというのです。
この研究に対しては脳研究者から批判が強くあがっています。けれども、テレビを見すぎたりテレビゲームをやりすぎると、前頭葉が活動したときに出る「β波」が出なくなるという事実を発見してくれたことは、とても意義が大きいと考えます。
このような形で前頭葉が働かなくなっているので、そこでの抑制がきかなくなり、下位の「動物脳」が働き、その結果、突然「キレル」という事象になると、森さんは予想しています。
「抑制型」が突然キレル
一方、わずかですがいままで見られなかった「抑制型」の子どもが、小学校入学前や高学年で見つかっています。本来なら子どもは、まず興奮の強さが発達したあとに抑制の強さを発達させていきます。「抑制型」の子どもは不自然な発達をしているのです。
これは、あまりにも早くから「お受験」に備えた「超早期教育」や、きびしすぎるしつけが原因となっていることが予想されています。
こうした子は無理に興奮を抑えているので、一見おとなしく、何も問題をおこさないように見えます。しかし 何かの拍子で抑制がはずれたとき、一気に「興奮」が噴出してくると思われます。突然「キレル」子どもたちには、このタイプの子が多いのではないかと、私た ちは考えています。
抑制の強すぎる子には、まず「そんなに無理して自分を抑えなくてもいいよ」とわからせ、「安心していたずらできる」雰囲気をつくっていかないとならないでしょう。
日本子どもを守る会が発行している『ビデオっ子の未来は?』という冊子のなかで、日立家庭教育研究所の土谷みち子さんは、テレビやビデオを長時間視聴した子どもが、人と「目と目をあわせなくなってしまった」という例を紹介されています。
その対策はどうするかという点で土谷さんは、テレビを視聴したのと同じだけの時間、からだを動かして遊ぶとよくなると述べています。また、安心していたずらのできる環境も大切だとしています。ともに、展望のもてる対策だと思います。
興奮と抑制を遊びの中で
前出の5つの型のなかで、おとなで多いタイプは「活発型」です。何かあれば十分に興奮できるし、必要なときには抑制もできるというタイプです。本来、人は成長するにしたがってこの活発型の要素を身につけ、発達していくものです。
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これまで平均的な割合では、幼稚園年長児で15%前後、おとなで70%以上というのが活発型の出現率です。
ところが宇都宮市にあるさつき幼児園には、「活発型」の子どもたちが55%もいます。その秘密は、この幼稚園で25年にわたって実践している「じゃれつき遊び」です。
子どもたちの「目がキラリと光り」、いきいきと園生活を送れる遊びはないかと模索した末、みんなでじゃれ つきあい、転げまわる遊びを見つけました。この園では毎朝登園した子どもたちに、30分間これをさせています。日体大の学生たちが相手をすると1時間やっ ても「疲れた」とはいいません。子どもたちが「すぐ?疲れた?という」のはからだの疲れではないのですね。
目が光るというのは、前頭葉が活発に働いているからなのです。
からだを触れあい、とっくみあって遊んでいると子どもは強く興奮します。けれど、あまり興奮が強いと友だちが泣いたりするので、グッと自分を抑制する場面も生まれます。こんな遊びを毎日することで、「活発型」の子どもたちが多くなるのだろうと考えています。
「とっくみあい」「おしくらまんじゅう」など昔から子どもたちがやってきた「接触型」の遊びには、こうした効果があったのではないかと見直されています。
こんなことから、子どもたちが安心して自分を発散し成長できる環境が、家庭や地域で求められているように思うのです。 (つづく)
いつでも元気 2003.10 No.144