特集2 柔軟性と腰の力は落ちる一方 このままでは直立姿勢で働くことが困難に?
正木健雄さん(日本体育大学名誉教授)が語る
どうなっている?子どものからだ(2)
総合的な体力は現状維持
子どもたちの体力低下は、じつは1960年代からすでに心配されていました。そこで文部省は、東京オリンピックが開かれた64年から毎年、子どもたちを 対象に全国的な「スポーツテスト(体力診断テストと運動能力テスト)」を実施してきました。
諸外国では体力か運動能力かどちらかを計ってきたのですが、わが国だけが体力と運動能力の両方を30年以上にわたって調査してきました。したがってこの ような調査結果は、いまでは人類的な貴重な財産ともいえます。調査結果をきちんと読み解き、正確な対応をしていくことが子どもたちの将来を保障することに つながるでしょう。
昨年9月、文部科学省・中央教育審議会は「子どもの体力向上のための総合的な方策について」という答申を出しました。「子どもの体力が15年ぐらい前か ら落ちてきた」ということで、かなりの予算をかけ、また体力つくりに力を入れることになっています。
しかし、図1を見てください。小学校6年生、中学3年生、高校3年生のこの30数年間の体力の推移をみると、一度あがってまた落ちてきていますが、ほとんどが東京オリンピックのころを上回っています。
これは、学校で「体力つくり」を一生懸命やってきたおかげです。学校には週3回の体育の授業があります。子どもたちは外で元気に遊ぶ機会が少なくなって いますが、それでも、きちんとした体育の授業があれば、体力はなんとか現状を維持できることが証明されたのだと思います。
小学生は運動能力が低下
一方、図2は運動能力の調査結果です。こちらは中学3年生、高校3年生では、まあまあ64年ごろの水準を維持しています。
問題は小学校6年生の変化で、80年代後半から落ちる一方です。この結果から「小学生の場合、体力をつけることには成功したが、それを運動の場面で外に 出す能力を発達させることには成功していない」ということがわかるでしょう。
ではなぜ中学、高校では運動能力が落ちるのをくい止めているのか。このカギは体育専門の先生がいることです。小学校ではほとんどいませんね。専門の先生 がいてきちんと指導すれば運動能力は伸びる、いなければ落ちてしまうということです。
つまり、体力をつけること自体は、それほどむずかしいテーマではなかったけれど、もてる力を運動の場面で十二分に出させる指導はていねいにしないと、そ の能力は伸びないということがわかってきたわけです。
したがって、文部科学省が「また体力の向上を」というのは結構なのですが、いまいちばん問題なのは小学校に体育専門の先生がいないこと、そのために小学 生の運動能力の低下が著しいのだという問題のポイントを、きちんと把握しないといけないと思うのです。
柔軟性低下の原因は?
このような状況のなかで、激しい低下傾向を示している体力要素が二つあります。柔軟性と背筋力です。
柔軟性は、図3のように、71年からずっと低下しています。
なぜ71年を境に子どもたちの柔軟性が落ちてきたのか。これについては学会などでも議論があるのですが、なかなか理由はわかっていません。なかには子どもたちの脚が長くなったからだなどという人もいます。これは笑い話ですが。
ひとつ考えられるのは、71年に学習指導要領が改訂され、以前あった「徒手体操」が授業から消えてしまったことです。徒手体操というのは、たとえば「脇 を痛くなるまで伸ばす」というように、いまのストレッチングのようなことをする体操です。それがなくなったことが、柔軟性の低下につながったのではない か。
もうひとつの可能性としては、71年ごろからのリモコン式カラーテレビの普及があります。このテレビから出る電磁波が、からだに悪影響を与えているのではないか。
次号以降でお話しますが、電磁波はからだのたんぱく質を固めてしまうことが、動物実験などから明らかになっています。視力の低下に影響を与えていることは、かなり明白になっています。
同じことが、からだ全体のたんぱく質についてもおきているのではないかという懸念です。
腰の力が落ち育児や介護が
もうひとつ65年ごろから落ち続けているのが、私たちが「腰の力」と呼んでいるもので、「背筋力」を「体重」で割った「背筋力指数」です。背筋力は、直 接的にはお尻の筋肉「大殿筋」の筋力を測定しますが、「背筋力指数」は重力に抗して直立姿勢を保つ筋力のようすがわかる指標です。
私たちは地球の上で生活しているのですから、自分の姿勢を保つには体重と同じだけの背筋力があればいいわけです。その場合は、背筋力指数は「1」という ことになります。
ただし、何か仕事をするとなると、さらにその分の背筋力が必要になってきます。たとえば育児をするなら、子どもや荷物の重さが自分の体重の半分とすれば 「1・5」という指数が、育児に耐えられる腰の力の目安になります。ところが図4のように、いまの女子の平均値を見るとその「1・5」以下になってきてい ます。
平均値が1・5以下ということは日本の女性の半数は、育児をすると腰を痛めるという状況になってしまったといえるわけです。
一方、男子をみても指数はずっと低下しています。中学3年生で「2・0」を切るぐらいまで落ちています。これは、高齢者などおとなの介護をすると腰が痛 くなるというレベルになってきています。
このまますすめば、重力圏内で直立姿勢をとって生活し、運動や労働をすることが困難な人間が大半をしめるようになることが、十分に予想される恐ろしい事 態です。
わずかの運動や遊びで
「筋力をつける」というのは、トレーニングのなかでもいちばん簡単な課題です。それなのに、腰の力がこれだけ低下しているということは、学校体育の指導 者や行政関係者に「腰の力をつける」という意識がほとんどなかったと考えられます。
「体力が落ちている」というと、「とにかく走れ」というイメージではないでしょうか。体力調査でみると、心臓の強さや運動神経、垂直跳びなどはきわめて 高い水準なのに、懸垂や走り幅跳びなどの成績が悪い。これは、文部科学省なども含めて体力調査のデータをきちんと分析せず、しっかりした指導対策をしてこ なかった行政責任があるのではないかと私は考えています。
こういう話をしていたら、埼玉県のある小学校のお母さんたちが驚いて、背筋力計を学校に寄付し、「1週間に1回でいいから綱引きをやらせて」と頼んだこ とがありました。
背筋力は、おそらく1週間に1回10秒程度、全力で力を出せば、現状維持から少し上向くものと考えられます。たとえば、じゃんけんで負けた子が勝った子 を背負って歩くような遊びがありますね。その程度の運動をすれば、十分に解決できる問題なのです。
側わん症にコルセット?
ところで日本では、背骨の曲がる側わん症というと、思春期の女子に多い病気とされてきました。しかし、ヨーロッパでは側わん症は「乳幼児」の問題でし た。一昨年私は、ある先生からこんな質問を受けました。
「3歳の子が側わん症と診断されコルセットをはめている。風呂のときだけはずすようにいわれているが、幼稚園ではどうしたらよいか」
いよいよ日本でも、乳幼児の側わん症が問題になってきたと、緊張しました。
ここで問題は「コルセット」です。日本でも整形外科系の症状は基本的に運動療法で治しますが、側わん症だけはコルセットをはめるのです。コルセットはた しかに背骨の曲がりを止めますが、もたれてしまうので筋力はますます弱り、いつまでたっても治らない。根本的治療にならないというのが、国際的な常識で す。
私が見学したポーランドの病院では、思春期の女の子の側わん症治療に、背中の筋肉の歪みを正したあと筋力トレーニングをしていました。「筋肉を強くしコ ルセットにする」というのです。
乳幼児の側わん症に対しても、同じような「筋力トレーニング」方式を用いていました。やり方は、日本の「高い、高い」のような方法です。子どもをうつぶ せにしてから持ち上げるのがポイントで、「頸反射(体に対し頭を一定の位置にしたとき反射的に現れる筋緊張の変化)」を利用したうまいやり方です。
乳幼児が側わん症になりやすい時期は、「おすわり」をする生後6カ月ごろ、「立っち」ができる9カ月ごろ、歩けるようになる18カ月ごろといわれます。 乳幼児であっても、やはり重い頭をささえるだけの「筋力」が必要なことがわかります。
「高い高い」や「はいはい」を
私たちはこれまで、赤ん坊に「高い、高い」をしたり、畳の上で「はいはい」をたっぷりさせたり、自分から立ち上がって自然に歩くようになるのを待つ育児 をしてきました。また、おんぶの仕方も「背骨が垂れる」ような形でしたから、日本の子どもは側わん症になりにくいのだと国際的に高く評価されてきていまし た。
それがいつの間にか、「側わん症がおこりやすい」育児、つまり乳幼児の胴体に筋力がつかない育児に変わってしまっているのです。そして、乳幼児にまでコ ルセット治療です。
背筋力が低下したおとなは、子どもを「高い、高い」することもできないでしょう。そうなれば、赤ちゃんも筋力をつける機会を失います。そんな「育児能力 の低下した社会」をつくらないためにも、腰の力の低下問題をみんなで考え、解決していきたいものです。
(つづく)
いつでも元気 2003.9 No.143