元気スペシャル モンゴルの子どもたちの笑顔のために
歯科の医療支援11年
神戸医療生協・協同歯科 黒田耕平(歯科医師)
「虫歯は予防がだいじだよ」
「モンゴルでは、前歯がない子や虫歯で歯が黒くなっている子が多いんですよ。日本でも昔、そうでしたよね。力を貸してもらえませんか」
民間非営利団体「日本・モンゴル文化交流協会」の方からこういって誘われたのが一九九一年。モンゴルとの直行便がはじめて飛んだ年でした。
保健指導するエネレルのスタッフ
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人形劇による保健指導に見入る子どもたち
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スライドを映しながら講義する黒田医師
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大草原に虹が(撮影:夏目安男)
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歯磨き指導を受ける子どもたち
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モンゴルといえば日本人も同じ人種のモンゴロイド。何となく親しみもあり、大草原、遊牧民にあこがれる思いもあって、二つ返事で引き受け、四人の歯科衛生士とモンゴルを訪れました。
それから一一年、夏冬一週間ずつ、毎年通っています。スタッフは公募によるボランティアで、冬は五~六人、夏は二〇人くらいになります。
食生活の変化で虫歯急増
この一一年間はモンゴルの人たちにとっても激動の時代だったと思います。
ソ連に次いで二番目に社会主義になった国ですが、九〇年のペレストロイカで、初の複数政党による自由選挙を実施。市場経済へと移行しました。歯科への影 響でいうと、郡部では経営がなりたたなくなって、歯科医師が都市部に集中し、歯科医師がいなくなってしまった地域もあります。
また二千年も遊牧生活をし、肉や乳製品を主食としてきたわけですが、七〇年代から都市に定住する人たちを中心に、ソ連の影響でパン食が始まりました。市 場経済に移ってからは、都市生活者が急増。食生活も急速に西欧化し、国民の健康に深刻な問題が出はじめています。
四〇年前の日本と同じで、まず虫歯・歯周病が急増しています。これから糖尿病や心臓病などいわゆる生活習慣病が大きな問題になってくると思われます。
日本では高度経済成長とひきかえに、公害、自然破壊、健康破壊もすすんでしまいました。モンゴルには、日本の轍を踏まないでほしいと、日本・モンゴル文化交流協会がつくられたのです。
歯科診療所エネレルの開設で
私たちはまず地域住民の歯と歯ぐきの状態の調査からはじめました。
幼稚園、孤児院、障害児施設、マンホールチルドレン(マンホールで生活している子どもたち)の施設、小学校、病院などで、地域住民や子どもたちを対象に歯の検診と保健指導をしてきました。
なるほど首都のウランバートルでは、一人平均一一本もの虫歯があり、若いほど多いという状態でした。
はじめは日本人スタッフがモンゴルのスタッフに「見せる活動」が多かったのですが、次第に「いっしょに考え、いっしょに行なう活動」に変化しています。
ことに九四年に共同歯科診療所「エネレル」が開設され、活動が大きく前進しました。九七年にはモンゴル生協法第一号の協同組合歯科診療所となり、医療生協への発展をめざしています。
日本ほど医療が専門分化していないことや、ペレストロイカで公衆衛生が崩壊状態になってしまったこともあり、エネレルは、歯科医療はもちろん公衆衛生分 野でも活動が期待され、歯科診療だけでなく、人材育成や情報発信もしています。
いま常勤スタッフは一四人。歯科医師四人、歯科看護婦(衛生士はまだない)七人と歯科技工士二人、事務です。
予防プロジェクトが発足
もう一つ当初からとりくんでいるのは医科大学関係者や一般の歯科医を対象にしたセミナーやシンポジウムです。
一昨年、新たなとりくみとして、「全国歯科疾患予防プロジェクト」を発足しました。モンゴルは二一県とウランバートル特別区からなっていますが、この各 地域ごとに三歳児一〇〇人の歯科検診、保健予防活動を実施。同じ子どもを五年間継続して追い、虫歯予防の効果をあげることをめざすとりくみです。これには 行政・教育関係者が協力しています。
そして年一回、各県から一人ずつ選出した歯科医師をウランバートルに招待し、交流・研修を行なっています。二一人もの旅費となると大変な金額になるかと 思ったのですが、日本のお金だと一〇万円程度ですむことがわかり、厚生省やメディアの後援も受け実施しています。
この交流によって、モンゴル人同士のネットワークが育ちはじめていることも貴重です。
抜歯ばかりで疑問だった…と
予防プロジェクトに参加した郡部のある医師はこう語っていました。
「私は以前、車で一日半かけてウランバートルまできて、セミナーに参加しました。歯科医をして一五年になりますが、セミナーで予防、公衆衛生の大切さを 知り、これまで何をしてきたのだろうと衝撃を受けました。いままではダメになった歯を治療するだけ。ペレストロイカ後は歯科機材が不足し老朽化し、もっぱ ら抜歯しかできなかった。これが自分の仕事だろうかと、疑問に思っていたのです。
予防プロジェクトに参加でき、ほんとうにうれしい」
予防が大切だといっても、歯ブラシが手に入りにくい時代もありました。中国からの輸入品しかなく、値が高かったのです。九四年に郵政省の海外ボランティ ア貯金から贈られた一五〇〇万円で、歯ブラシの植毛機械を、歯科診療台などとともにモンゴルに届けました。
エネレルのスタッフは、人形劇やお芝居、ビデオなど工夫しながら、予防活動に積極的にとりくんでいます。
「乳歯のとき虫歯だらけだった子が、永久歯になって、虫歯は一本もありませんよ」などとうれしそうに話してくれます。エネレルスタッフの熱意とがんばりは目を見張るものがあります。
健康づくりで組合員も交流
現在、モンゴルから当院に歯科医師が一人研修にきていますが、これまでに技工士・技術者ふくめ、のべ二三人の研修生を日本に受け入れています。専門分野の研修はもちろんですが、医療生協活動の体験や、職員と組合員との交流も行なっています。
またやはり一昨年から、日本の医療生協組合員がモンゴルに出かけています。むこうでも「健康づくり」運動を広げようと、血圧・尿検査・体脂肪率測定などの健康チェックと交流を行なっています。
モンゴル人自身によるモンゴル人の健康づくりをめざしていますが、むしろ日本人スタッフがたくさんの元気をもらっています。多くの人に支えられながら、さらに交流を深めていきたいと思います。
■このとりくみについて歯科衛生士の河見真紀さんが全日本民医連第五回学術・運動交流集会で発表し、第五回民医連表彰を受けました。
いつでも元気 2002.4 No.126