(得)けんこう教室/おとなだけではない?/増える「子どものうつ」
山田 薫 愛知・協立総合病院小児科
「うつ」とは、原因にかかわらず気持ちが落ち込んだ状態をいいます。うつ状態がつづく病気 の代表が「うつ病」で、従来は複雑な心の動きをする“成人の病気”と考えられてきました。ところが最近では、子どもにも珍しくないことがわかってきまし た。しかし、子どもは成長過程にあるため成人とは異なった症状を示すことが多く、うつ状態が気づかれにくいことも事実です。
10歳以降急激に増える
最近の欧米の調査では、児童の約5~8%にうつ病がみられ、年齢が高くなるにつれて増える という報告があります。日本でも小学生の7・8%、中学生の22・8%が何らかの抑うつ状態にあるという調査結果があります。同じ調査グループによる面接 調査では、小学生の1%、中学生の4・1%がうつ病でした。
うつ病を初めて発症した年齢を見ると、10歳以降急激に増え、中学生ともなると、成人の有 病率(6・5%)に近くなります。また男女差は、児童期ではほとんどありませんが、思春期から青年期になると次第に女性の割合が高まり、成人と同等の比率 (男女比=1対2)になります。
不安やイライラが目立つ
うつ病は成人の場合、興味や意欲の衰え、活動性の低下、気分の時間的変動(午前中は元気が ないが、午後になると活発)、食欲不振や睡眠障害などが主な症状です。成人は、自分がどう感じ、何がつらいのかを他人に伝えられますが、子どもはうまくい い表せません。憂うつそうに見えることは少なく、低年齢では「眠れない」「食べられない」といった体の症状が先に出ます。次第に元気がなくなり、好きだっ たこともしなくなります。朝起きられずに学校を遅刻し、親から怠けていると思われることもあります。
また、不安やイライラが目立つのも成人とは異なる点です。このストレスを発散するため周囲 に当たり散らすこともあり、わがままや第二次反抗期と捉えられがちです。思春期以降では、不登校、引きこもり、手首を切る自傷行為、自殺を試みるなどの問 題行動につながることもあります。
うつ病が疑われる場合の診断法
うつ病が疑われる場合は、まず子どもの過去の姿と現在の状態を比較し、現れている症状がうつ病によるものか、きっかけとなる出来事があるかを検討します。統合失調症、神経症、内分泌・代謝疾患や薬物の影響、発達障害などが隠れていないか見きわめる必要もあります。
基本的に子どもと成人では、うつ病の診断基準に違いはありません。
日本でも広く利用されている、アメリカ精神医学会の診断基準「精神疾患の診断・統計マニュアル第4版用修正版」(DSM-IV-TR)によると、うつ病に は大きく分けて、表のような典型的な症状があらわれる「大うつ病」と、軽症の抑うつ状態が長く続く「気分変調症」があります。
十分な休養が、治療の基本
子どものうつ病では、三つの治療法を組み合わせます。
まず十分な休養をとらせることが大事です。心も体もエネルギーが枯渇しているので、ストレスの原因から遠ざけ、ゆっくり休ませます。軽い抑うつ状態であれば、休養だけで症状が軽くなることもあります。そして、抑うつの原因(きっかけ)に対して改善方法を探ります。
原因が複雑だったり解決が難しい場合、次のような治療法を加えます。
【薬物療法】(抗うつ薬) 子どもにも有効とされる抗うつ薬、セロトニン再取り込み阻害薬 (SSRI)のうち副作用の弱いものをまず使用します。通常、成人よりも少量から始め、吐き気、食欲不振、下痢などの副作用に注意しながら成人と同じ量ま で増やしていきます。うつになると脳内では、気分や感情の調整にかかわる神経伝達物質が減り、情報伝達がスムーズにいかなくなります。この神経伝達物質の バランスを整え、抑うつ気分を改善する治療薬です。
【精神療法】 うつに陥っている場合は、物事を否定的に捉え、自分を責める考え方から抜け出せなくなっています。
そのため医師やカウンセラーなどが時間をかけて対話を重ね、考え方の癖を除々に直していく 「認知行動療法」や、対人関係における葛藤を解消し、健康な対人関係を築けるように「対人関係療法」などをおこないます。その際、子どもは精神的、肉体 的、情緒的、社会的に発達段階にあり、物事を認識したり考えたりする能力は、個々の家族関係や社会の影響を大きく受けていることを考慮することが大切で す。
子どもの話をよく聞き、見守って
治療を始めたからといって、すぐに回復するわけではありません。良くなったり悪くなったり、波があります。
うつの子どもには、家族の理解と支えが必要です。「がんばれ!」とむやみに励ましたり、気分転換させようと無理に外へ連れ出してはいけません。子どもは励 ましにこたえられない自分を責め、疲労感を増すだけです。子どものうつ状態を受け入れ、回復をじっくり待ち、子どもの話をよく聞いて見守ってください。
子どものうつ病の場合、症状が続くのは平均9カ月、治療期間はほぼ1年くらいです。完治した後、再発することもあります。子ども時代にうつ病を繰り返すと、成人期のうつ病につながりやすいという報告もあり、長期的な経過観察も必要です。
子どもにうつ病の疑いがあれば、早めに専門家に相談しましょう。「治療の目標」は、うつ病の期間を短縮し、再発を予防したり、うつ病から生じる問題行動などの二次的障害を減らして、健全な心の発達を取り戻すことだと思います。
イラスト・いわまみどり
いつでも元気2009年9月号