(得)けんこう教室/がんの痛みは90%以上なくせる/医療用麻薬を使って緩和医療を
大西和雄 兵庫・東神戸病院緩和ケア病棟医長
がん(悪性新生物)による死亡は、2008年推計では約34万3000人、死亡原因の1位(全死亡数の30・5%)を占めており、今後も増加が予想されます。
がんが恐れられるのは、「死に至る病」というだけでなく、がんにともなう痛み、呼吸困難、倦怠感などの苦痛があるからです。とくに痛みは、がん患者さんにしばしばみられる症状で、食欲の低下、睡眠の妨げ、生きることや治療への意欲を失わせます。
しかし適切に治療されれば、多くの場合、この痛みは改善できます。
痛んだ時が緩和医療の始めどき
がんの痛みが強くなったからといって「末期」とは限りません。最期まで痛みのない場合もあ りますし、まだ治療が可能な病初期に強い痛みが生じることもあります。医療用モルヒネは、一日20~60mgで投与を始めるのが一般的ですが、私の患者さ んにも一日1600mgを投与しながら外来通院していた方がおられました。
苦痛をともなう症状をやわらげる医療を「緩和医療」といいます。緩和医療は、抗がん剤を用いたり、がんへの治療が終わってからはじまるのではありません。痛みが生じたときが、緩和医療の開始の時期なのです。
日本のがんは、まだまだ痛い
1982年、「WHO方式がん疼痛治療法」の素案ができ、1986年、「がんの痛みからの解放―WHO方式がん疼痛治療法(第1版)」として世界に刊行されました。日本でも数万部売れたようです。
しかし「医療用麻薬消費量の国際比較」(図)を見ると、日本の医療用麻薬の消費量はまだまだ少ないことがわかります。がんの痛み治療への実践状況が先進国のなかで最も遅れ、「日本のがんは、まだまだ痛い」といわれる理由がここにあります。
なぜ日本では、緩和医療が進まなかったのでしょうか。これには医療者側と患者側、それぞれに問題があると思います。
医療者側には、医師が(1)緩和医療を、治療をやめてしまう「敗北の医療」だと考えてきたことや、(2)緩和医療について十分な教育を受けていないという現状があります。
一方、患者側にも、(1)がんだから痛いのは仕方がない、といった考えや、(2)モルヒネを投与されたら終わりだ、命を短くする、中毒、依存…といった、麻薬への抵抗感やさまざまな誤解があります。
WHO方式がん疼痛治療法とは
では、がんの痛みの90数%に効果があるとされる「WHO方式がん疼痛治療法」(表)とはどのようなものでしょうか。
WHO方式がん性疼痛治療法の5原則(抜粋)(1)経口投与を基本とする (2)時間を決めて定期的に投与する (3)WHOラダー(指針)に沿って痛みの強さに応じた薬剤を投与する (4)患者に見合った個別的な量を投与する (5)患者に見合った細かい配慮をする 日本医師会監修:「がん性疼痛治療のエッセンス」2008年版より引用 |
■頓服でなく、決まった時間に
投与法の原則の一つに「時間を決めて定期的に投与する」というのがあります。これは痛みが出たら痛み止めを飲むという「頓服(とんぷく)」という考えはしないということです。最初から痛みのない状態にすることが原則です。
そのために使用される薬は3群に分けられます。非オピオイド、弱オピオイド、強オピオイドで、オピオイドとはアヘン様物質のことです。さらに、これらが効かない痛みには鎮痛補助薬を使います(右参照)。
非オピオイドは風邪や腰痛などにも使われる薬で、軽い痛みに使用されます。これで効果が十 分でない場合、オピオイドを併用します(原則は非オピオイドからの変更ではなく、併用です)。弱オピオイドの代表は、咳止めにも使用されるリン酸コデイン です。そして、強オピオイドはモルヒネに代表される薬で、がんの痛みの緩和の中心となるものです。
■痛みから解放されると延命効果も
モルヒネを中心とするオピオイドは、痛みにあわせて徐々に増量すれば、決して依存症になる ものでもなければ、命を縮めるものでもありません。痛みにより食事や睡眠がとれず、ベッドから離れることもできなかった患者さんが、痛みのコントロールが できるようになり、実際にこうした状態から解放されています。このことは患者さんの生活の質を改善するだけでなく、延命にもつながるのです。
なお、オピオイドの主な副作用は、便秘・吐き気・眠気・せん妄(錯覚や幻覚など)ですが、投与時には副作用対策もあわせておこないます。
痛みの評価は患者さん自身で
一般の治療にあたっては、「診断する」ということから始まりますが、痛みの緩和にあたっては、「痛みを評価する」ということから始まります。痛みとは主観的なものですから、患者さん自身の評価が重要です。
また、「薬が効いたか」という評価も患者さん自身でおこないます。どこに、どんな痛みがあり、そのことが日常生活にどんな不便を生じているかを主治医に率直に伝えてください。
痛みには確かな治療法がある
がんの治療は進歩してきていますが、残念ながらまだ多くの人が亡くなられているように、治療法が確立されていません。しかし、がんの「痛みへの治療」はかなり確立されたものです。
もし、がんで生きる意欲を失うほど痛んでいる人がいるなら、それは「がんだから」痛んでいるのではありません。「適切な痛みの治療がおこなわれていないから」痛んでいるのです。
■がん対策のための戦略研究「緩和ケア普及のための地域プロジェクト」のホームページhttp://gankanwa.jp/ には、一般の方向けの情報もあります、ご参照ください。
いつでも元気2009年3月号