(得)けんこう教室/そけいヘルニア/より活動的な生活を送るための外科治療
成田 淳 長野・長野中央病院外科
立っているときに、どちらかの足のつけね(そけい部)にピンポン玉のようなふくらみが出ることがありませんか。お腹と足の境界に腸などが飛び出し気味になる疾患。これが「そけいヘルニア」、俗にいう“脱腸”です。
腸が完全にはまり込むと危険
「ヘルニア」という言葉は、体の臓器が異常な位置にとびだした状態を表すことばで、整形外科での「椎(つい)間板ヘルニア」と外科の「そけいヘルニア」が有名です。
そけいヘルニアの場合は、通常強い痛みはありませんが、長時間の立ち仕事などをおこなったあとは重たいような鈍い痛みを感じる方が多いようです。横になって休むことで腹圧が強くかからなくなり、飛び出したふくらみは元通り引っ込みます。
しかし、時には腹壁のすき間に腸が完全にはまり込んでしまう場合があります。ヘルニアの「かんとん」といいます。この場合は早急な整復か緊急手術が必要です。はまり込んだ腸管は、血が通わなくなり壊死(えし)してしまうので、大変危険な事態に陥ってしまいます。
なぜヘルニアがおきるのか
そけい部は筋肉の層が幾重にも重なって構成されていますが、元来すき間が存在します。男性 では、胎児の時に腹腔内にあった睾(こう)丸がそのすき間を通り体外に出て陰のうにおさまります。このとき腹膜をかぶったまま下降し(腹膜鞘(しょう)状 突起)、自然に閉じます。この鞘状突起が、何かの原因で閉じないことがあると、腸管などの内臓がこの中に出てきます。小児のそけいヘルニアです。
体の発育とともにふくらみの症状が改善する場合もあります。成人のヘルニアの場合、加齢とともに筋膜が弱くなり、強い腹圧に耐えきれず発症します。40代以上の男性に多いゆえんです。
女性の場合は、卵巣は腹腔にとどまりますが、鞘状突起は男性と同じようにあるため、そけいヘルニアが発症します。
そけいヘルニアには、下腹壁動静脈の外側から突出する「外側型」と内側から突出する「内側型」、そして、骨盤の形状のため女性に多い「大腿(だいたい)ヘルニア」の三つの種類があります(図1)。
治療は最新のメッシュ法で
治療は手術療法です。成人の場合、以前は筋膜を頑丈に縫い合わせて孔(あな)をふさいでいましたが、手術後の痛みやツッパリ感が強く、また、再発も時にみられました。
現在は、筋膜のすき間の弱くなった部分に薄い人工のメッシュ状に編まれたシートを挿入し、腹圧に耐えられる壁を作る手術方法が主流です。テンションフリー法と総称される方法です。
通常、脊椎(せきつい)麻酔や硬膜外麻酔という下半身やそけい部の痛みをとる麻酔をかけ、創(きず)は4~5cmほど。患者さんとお話しながらおこなう30分ほどの手術です。ヘルニアの状態によって可能な場合は、局所麻酔でおこなうこともあります。
腹腔鏡手術を積極的に取り入れている施設では、腹腔鏡を使用して腹腔内や腹膜外からシートを留置する手術もおこなわれています。この場合は全身麻酔が必要であり、手術時間も1時間ほど必要です。創は小さなものが3ヵ所になります。
そけいヘルニアにもさまざまな種類と個人差があります。手術方法もより創が小さく、体への負担が小さいと考えられる方法でおこないます。シートの留置位置 にも、筋膜の上にシートを固定する方法と筋膜の下に挿入する方法(図2)の大きく2種類あり、患者様の病状に合わせて各種修復法がおこなわれています。
小児の手術は全身麻酔下の手術となり、外科医、小児外科医、麻酔科医、そして小児科医の連携が不可欠です。
患者にわかりやすい医療を展開
ヘルニアの診療は、計画性をもって安全に進めることができます。医療の標準化とクリティカルパス(入院から退院までの治療計画表)の使用です。
当院では手術当日の午前中に入院、午後手術をおこなっています。手術の後は、数時間の安静ののち飲水や歩行を始めることができます。翌日からは食事を普通にとり、シャワー浴も可能です。創部の抜糸もないため、手術後3日ほどで退院する方が多いようです。
創部の痛みは軽いので、入院期間はより短くできると考えられます。また、局所麻酔による手術の場合は、痛みがより少なく、手術後すぐに歩行や飲食が可能ですので、翌日退院を標準としています。
小児の手術の場合は、手術当日夕方の退院としています。
医療従事者が皆で話し合いを進め、適切な医療を追及し続けていくことが、むだなく、無理なく、もれなく、間違いのないよりよい医療をおこなうためにもとても大切です。
このことが「チーム医療」で「標準化を進めていく」ということです。
当院は現在最先端の電子カルテ版クリティカルパスを使用して、患者様にわかりやすい標準医 療を展開しています。標準的な医療を遂行し、同時に必要な個別対応をします。患者様に治療内容についてできるだけ理解していただき、ご一緒にそけいヘルニ アの解決を図りたいと考えます。
より活動的な生活のために
人間は立って歩き社会生活を営むもの。ふくらみを気にしながら生活するのは大変です。
元気にいきいきと生活をしていただくためにも積極的な治療が必要であると考えます。そけいヘルニアでお困りの方、そけいヘルニアであるか心配な方、外科にご相談ください。
いつでも元気2008年2月号