愛媛/新居浜協立病院 総合的な医療・福祉の発展に貢献するまちづくり
愛媛県新居浜市は、北は瀬戸内海に面し、南は四国連峰を望む自然豊かなまちです。同時に、臨海部に四国屈指の工業地帯を有し、住友化学、住友重機 械工業、住友金属鉱山をはじめとした住友グループの企業城下町です。現在人口は、約12万6000人、面積は234平方キロメートルです。
その歴史は、1691年に別子銅山の開坑とそれに付随した産業発展によって、大きな発展を遂げてきました。1973年に別子銅山は閉山しましたが、市内 には貴重な産業遺産が多く遺されています。
また、毎年10月には瀬戸内海沿岸の数ある太鼓台の中でも、豪華絢爛、勇壮華麗な新居浜太鼓台(今年44台)がくり出される新居浜太鼓祭りが開催されました。
その時々の医療要求に応えて
新居浜協立病院の前身である平和診療所は、1952年に人家の一部を借りて職員3人で出発しました。当時は、保険のない人がほとんどで、当時の職員の献 身的な努力で医療に恵まれない人びとに対する医療活動が行われてきました。「小児マヒから子どもを守る運動」や老人クラブ連合会を巻き込んだ「老人医療費 無料化運動」、集団検診とその告発で集団移転を勝ち取った「岩鍋地区フッ素ガス公害への取り組み」、そして振動病医療、慢性疾患医療、在宅医療など、その 時々の地域の方がたの医療要求に応えて奮闘してきました。
なかでも振動病は大きな取り組みとなりました。住友金属鉱山の別子銅山で最盛期は2000人以上の労働者が削岩機を使用していて、手足のしびれや白ろう 現象に悩む人が少なからずいました。1977年に別子銅山で働いていた労働者の振動病の健診と治療を開始しました。「東予地区振動障害者友の会」が結成さ れ、1978年住友金属鉱山を相手取り損害賠償を求める愛媛振動病訴訟を起こし、新居浜協立病院と職員は運動を支援しました。この取り組みは、南予地域の トンネル工事の出稼ぎ労働者や瀬戸内海の造船労働者、近隣県の労働者の健診にも発展しました。
また、開設当初から、全国の民医連から医師の支援を受けてきましたが、1979年からは、医師の卒後研修にも積極的に取り組み、スタッフ養成を重視し、医療技術向上に努めてきました。
職員と組合員との共同で問題解決
2002年に、病院をリニューアルし、一般病床56床・療養病床55床のケアミックスとなりました。2005年度リニューアル後はじめて黒字となりまし たが、2006年診療報酬改定で赤字になりました。現在は、一般病床46床(10対1入院基本料)、療養病床53床です。
病院のある地域は、昔は中心街でしたがドーナツ化現象で若い世代は郊外へ出て行き、地域に高齢者が残され、高齢者のみの世帯や独居世帯が多い地域となっ ています。医療生協組合員の世帯も高齢化がすすんでおり、医療・福祉の後退のため、地域の人びとの生活は大変になる一方です。そんな中、病院職員と医療生 協組合員が共同で、地域へ「困った探し」に出かけ、いっしょに問題解決を図っていこうと、今年の教育学習月間で取り組みました。その後も継続して取り組ん でいます。
「高齢者に親切な病院」の実績を大切に、「総合的な高齢者医療・福祉」の充実・発展に貢献するとともに、「安心して住み続けられるまちづくり」を地域の 人びととともにすすめていきたいと思います。
(新居浜協立病院 事務長 片岡 朗)
「民医連院所のある風景」 『民医連医療』2007年12月号.No.424より