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ニュース・プレスリリース

力をあわせて

意外な発見がたくさん  北海道・勤医協札幌病院

torikumi185_03 「月間」最終日の一一月三〇日、まち並みウオッチングをしました。友の会役員六人、職員一一人が参加。今回は地下鉄菊水駅(札幌病院最寄り駅)改札口から札幌病院へ入るまでの歩道や階段などの状況を、車いすなどを使って調べました。
 参加者からは「券売機の表示板は車いすから見上げると、光の反射で見づらい」「1番出口は札幌病院に一番近い出口だが、足腰の弱い人にとってはどうだろ う?」「2番出口に通じるスーパーのエスカレーターは、一見便利だが、歩行に自信のない人にとってはどうだろう?」「病院前の信号の青信号点灯時間が二五 秒間しかないなんて、びっくりした」など、たくさんの感想が寄せられました。
(小野幸夫)

 

署名請願が実った!?  東京・三多摩健康友の会国立支部

 介護保 険制度改悪によって、一〇月から福祉用具が全額自費で買い取りになることに対して、市で助成してほしいと、友の会昭島支部として請願署名にとりくみ、六〇 九筆の署名を提出しました。一〇月二三日の対市交渉では、車いすやベッドの福祉見直し対象者は一五〇人いるが、市が負担することは考えていないと冷たい返 事でした。
 ところが、一二月市議会開催前に、「福祉用具への助成に関する請願」と同趣旨の補正予算案が議会に提出されました。来年までの助成ですが、少しホッとしました。
(上原久江通信員)

 

班会の底力  山梨・甲府健康友の会

 私たち 上小河原町友の会では、隔月に班会を開いています。今回の班会では町内のスタンド式消火器の破損について相談しました。相当傷んでいたので市役所に交渉し たところ、早速スタンドの修理と、収納されている消火器の交換がされました。収納庫を開くと大きなベルが鳴って防犯にも役立つと思います。全部で一二基で す。これで安心して冬が過ごせます。
(手塚佳樹通信員)

 

医療制度を守るために  京都やましろ健康医療生協

 毎月、 第二金曜日の夕方の一時間、「医療制度を守ろう」と署名活動をしています。一一月に入ると、周辺は暗くなり寒さも増してきましたが、理事、社保平和委員 会、職員が十数人集まりました。立ち止まって真剣に聞いてくれるお年寄りも多く、一時間で一〇〇筆余り集まりました。
 私鉄の駅を順番に回って、マイク宣伝をしています。医療制度を守るために、休まず活動を続けます。
(加藤節子通信員)

 

『元気』の記事を参考に  石川・金沢北健康友の会

 金沢市もようやく一二月一日から介護認定者の「障害者控除対象者認定」の制度ができました。日本共産党議員が九月議会で取り上げ、市も制度を作ることを約束して実現したものです。
 県健康友の会も市内の共同組織と力を合わせ、基準作りや要綱について意見も出し、市との懇談を重ね、ようやく申請開始にこぎつけました。友の会では事前 に申請用紙も作り、相談会もおこなって集団申請には三〇人が参加しました。
 この運動にとりくむにあたって、『元気』12月号の十勝社保協の記事が大変参考になりました。とくに、制度を作るのに「市当局に一方的に詰めるのではな く」、住民のために何ができるかという視点が大切だと思いました。
(鍋野正道通信員)

 

リハビリの継続を  宮崎医療生協

 昨年四月の診療報酬改定により、リハビリテーションに制限が設けられた問題で、宮崎民医連では、他の医療機関や団体にもよびかけて、国に対して「リハビリテーションの継続を求める意見書採択の請願署名」にとりくんできました。
 一二月上旬、六自治体(宮崎市、延岡市、日向市、国富町、綾町、都城市)に合計約六五〇〇筆の請願署名を提出し、その後各自治体の委員会で審議されまし た。その結果、日向市、国富町、綾町、都城市の四自治体で委員会採択となりました。
 会派訪問(約五〇会派)、委員会傍聴をおこなうなかで、各政党の今回のリハビリテーション制度改悪に対する考え方や方針について大きな違いがあることが明確になってきました。
 今後は、賛同してもらえる医療・介護機関、患者団体に呼びかけ、継続審議となった宮崎市、延岡市について、来年の三月議会に向けて引き続き請願署名にとりくみます。
(白石敏夫)

 

あの戦争を忘れまい  千葉健生病院健康友の会

 あの戦争を忘れまい、と誓う文集ができました。友の会の平和部が呼びかけて、七〇人の手記を自主編集したものです。
 旧満州で奥地から必死の逃亡の末、長春にたどり着いた女性たちがソ連兵の魔手から若い女性たちを守るために「防壁」になってくれた証言。父の顔を知らな いまま還暦を迎えた娘が、つい最近、たんすの中から「む(無)念」と書かれた亡父の手ぬぐいを発見した時の胸中。東京大空襲のとき冷たいプールで火の粉を 防ぎながら父を待っていた娘。その父が運んだ釜の中の硬貨が高熱で溶けて丼一杯分の塊になっていた話…。
 ナマの証言が一〇〇のスローガンに勝ることを改めて知りました。
(奥村正雄)


各地のとりくみをお寄せください。編集の都合上短くする場合がありますが、三〇〇字で、写真もつけてください。毎月の締め切りは七日ごろです。

いつでも元気3月号No.185より