石綿対策を急いで強化しよう(いのちと健康を守る全国センター)
石綿対策を急いで強化しよう
働くもののいのちと健康を守る全国センター四役会議
6月29日の夕刊各紙は、大手機械メーカー「クボタ」の元従業 員79人が、胸膜や腹膜などに発生する「がん」である中皮腫や肺がんなどの石綿関連疾患で死亡していることを大きく報じた。その後、石綿による被害が、石 綿製品製造工場のみならず造船、自動車製造、機関車製造・解体、港湾荷役、建築関係と広範囲であることが明らかにされている。さらに被害が工場周辺住民へ も及んでおり、公害としての側面も強調されてきている。こうした事態を受け厚生労働省や環境省もやっと調査に乗り出している。
石綿とはアスベストとも言われ天然に産出する繊維状の鉱物であ る。石綿は耐熱性・保温性・耐久性・耐薬品性・電気絶縁性に優れており、布状や糸状にも加工でき、さらに安価といったことから、様々な用途に使用されてき た。艦船、機関車、水道管、製鉄・化学工場の断熱、自動車のブレーキライニング、建材などである。最近ではその約90%が屋根用化粧スレート、サイディン グ、壁材、内装材などの建材として利用されてきた。
日本では、北海道、熊本、長崎の一部に鉱脈があるだけである。 したがって石綿はカナダ、南アフリカ、アメリカ、ロシアなどからの輸入であり、日本は世界有数の石綿輸入国となっていた。日本の石綿輸入量は1960年代 より増加し、1974年の35万トンを最高に年間約30万トン前後で推移してきた。輸入量が減少したのは、やっと1990年代からである。
一見便利と思われる石綿だが、実は石綿肺、肺がん、中皮腫などの健康被害を発生させる危険有害物質である。石綿は吸入曝露から数十年の潜伏期間を経た後、重篤な病気が発症することから「静かな時限爆弾」とも言われてきた。
今回の石綿問題に関して、以下の3つの問題点が指摘できる。第 1は、安全対策を怠ってきた企業と石綿規制を実施してこなかった行政の責任である。石綿が代替品と比べ安価であったことなどから、被害の発生を知りなが ら、欧米諸国が石綿使用を急激に減少させていた1980年代にも輸入規制をおこなわなかったことが、被害をより拡大させたといっても過言ではない。ドイツ では1943年には、石綿による肺がんや中皮腫が労災として取り扱われるなど、石綿による健康被害は古くから知られ、少なくとも1960年代には発がん性 に関して国際的にも認められていた。しかしわが国においては1971年には特定化学物質に指定され、1975年には石綿の吹きつけが禁止されたものの全面 禁止は行われず、やっと2004年10月に1%以上の石綿を含む製品が原則として使用が禁止されるまで、30年以上の遅れがあった。
また環境への影響に関しても環境庁が1981~83年に行った 調査結果で、廃棄物処分場周辺や解体ビル周辺等での石綿濃度が他の地域と比べ高くなっていることが指摘されている。1987年には学校等に使用されている アスベストが社会問題となり、この時期に石綿禁止が行われれば、これほどの被害の拡大はなかったかも知れない。さらに阪神淡路大震災や中越地震のときの建 物の解体作業でも大量のアスベスト飛散が確認されている。これらの事実を知りながら、防塵対策や石綿使用規制を怠ってきた企業や行政の責任は重大である。 今後、科学的知見が無視され続けた責任の明確化が必要である。国民的に検証する場が設けられるべきである。
第2は労働者、国民の「知る権利」の問題である。多くの労働者 は石綿の健康影響に関する教育を全く受けていないか、極めて不十分であったことを重視しなければならない。この教育の不備によって、石綿取り扱い労働者 は、実効性のない「タオルを巻く」程度の粉塵対策しかしてこなかった。さらに中皮腫や肺がん罹患者のごく一部しか労災認定を受けていない要因となってい る。環境影響に関しても、同様に国民の「知る権利」の行使がきわめて重要である。
第3はこの被害は過去の問題ではなく、現在や将来の問題である ことである。この間報道されている石綿被害は、既に労災認定された人数という限定されたものであることに注目する必要がある。中皮腫の約8割が石綿による ものといわれているが、1995年~2004年に労災認定を受けたのは中皮腫による死亡者、6,060人(人口動態統計による)の4.7%(284人)に 過ぎず、被害の実態はいまだ解明されていない。今後大幅に労災認定者も拡大するものといえる。
石綿による肺がんや中皮腫は潜伏期間が約30~40年と長く、過去に使用された石綿による健康被害が今後本格的に現れるといわれている。今後40年間の中皮腫による死亡者を10万人と推計する研究者もいる。
さらに、石綿吹きつけを行ったビルや工場、一般家庭を含めた大 量の石綿建材の処理などが本格化するのはこれからである。これらの作業に従事する労働者や業者、周辺住民への影響を防止することが重要である。2005年 7月1日施行された石綿障害予防規則に基づいた対策を重視する必要がある。
以上をふまえて、全国センター四役会議は、緊急に以下のとりくみを開始されるよう、地方センターなどの加盟団体に呼びかける。
(I)相談・健診活動を開始しよう
多くの労働者・国民が石綿被害の広がりに対する不安を抱いてい る。全国センターをはじめ地方センター、労働組合、民主団体などが今こそ相談・健診活動に立ち上がることが重要である。全国的には福岡県や宮城県、尼崎市 などで実施・計画が行われているが、その教訓に学ぶ必要がある。例えば福岡の場合、九州社会医学研究所、福岡県民医連、福岡県建設労働組合、福商連(民 商)共済組合、地域組織である北九州労健連、いの健福岡地区連絡会、弁護士で実行委員会を急遽つくり7月13日電話相談会を実施している。7月13日相談 会当日には朝早くから相談電話が鳴り続け、予定を大幅に延長し63件の相談、14日、15日にも相談が継続して社会医学研究所に寄せられ3日間で、129 件の相談が寄せられた。うち中皮腫12件、肺癌12件、塵肺・石綿肺6件の相談が寄せられている。
(II)学習・教育
1)大教育運動を開始しよう
相談担当者の教育は重要である。相談は健康被害から職場におけ るアスベスト対策、住宅のアスベスト問題まで多岐にわたっている。最低限の知識を学習しておく必要がある。さらに労働組合役員、労働安全衛生委員会メン バー、医療関係者に対する教育活動が重要となる。とりわけ、「(Ⅲ)調査活動」で述べる職場の点検運動を行っていく上でも、安全衛生委員会メンバーに対す る学習・教育活動は急務である。
2)労働者、国民共同組織、住民への教育学習活動を積極的に行おう
多くの労働者・国民が適切な情報を得られないまま、被害の広がりに不安・恐怖を抱いている。労働組合や各民主団体の各種会合等で石綿の健康影響に対する適切な情報提供・教育活動を行うことは重要である。この際保健所等の公的な機関の活用も視野に入れる必要がある。
3)教育アイテムの作成
全国センターでは、出来るだけ早期に石綿教育運動に必要な教育アイテムを、専門家の協力を得ながら作成したい。
(III)調査活動
1)職場の健康被害の実態調査
石綿製品製造工場にとどまらず石綿は極めて多くの職場で使用されている。中皮腫、肺がん、石綿肺など石綿による健康被害が労働者の中に存在しないか、調査が必要である。この際個人情報に十分留意することは言うまでもない。
2)職場の石綿使用、危険箇所点検と石綿予防規則に基づく対策
職場巡視活動として、職場における石綿使用状態の把握に努めることは重要である。とりわけ損傷、劣化により石綿が飛散する恐れのある吹きつけ塗装部の調査と石綿予防規則に基づいた措置を事業者に取らせることと、事後の確認は大切である。
3)地域における石綿取り扱い工場の調査
さらに当該地域における石綿取り扱い工場等の調査を実施し公害問題の把握に努める。4)医療機関での職歴調査
医療機関においては、現在治療中及び過去の中皮腫、肺がん患者のリストを作成し、職歴や生活歴に石綿曝露が存在しないかを確認する活動が重要である。
(IV)被害防止活動
1)全面使用禁止を
石綿の使用はまだ部分的に認められている。ただちに全面使用禁止が必要である。
2)石綿製品(とりわけ建材)除去法の徹底
これから吹きつけなどによって石綿を多く用いてきた工場、ビル等の解体が多く行われる。石綿飛散による労働者や周辺住民の健康障害が発生しないように安全な除去法の徹底と、その監視・指導が重要である。
3)環境測定と公表の義務化
工事差し止め、解体等で、石綿飛散が起こる危険がある作業に関しては、作業環境測定、周辺環境測定を事業者の責任で行わせることを義務付け、さらに労働者・住民に対する公表も義務付けるべきである。
環境基準に違反するものに関しては、工事中止を含む行政処分を行うべきである。
4)産業廃棄物としての石綿対策
撤去した石綿含有廃材等の管理に関して、解体業者のみならず依頼者の責任も明確にした産業廃棄物としての石綿対策の強化が必要である。
(V)被害者救済を進めるために「石綿法」の制定を
相談活動等で明らかにされた実態、要求を持ち寄り、政策として まとめ、政府など行政に要求していくべきである。アスベスト被害は、補償問題としても労働災害、2次労働災害(作業衣を洗濯した家族など)、公害という3 つの側面を持っている。さらに補償問題のみならず、アスベスト曝露者の健康管理、アスベスト使用物の補修・解体・廃棄等に関する予防対策を総合的に進めな ければならない。そのためには以下の要求(現時点での要求)を取り入れた「石綿法」の制定が必要である。
1)中皮腫・肺がん患者の職歴見直しと労災認定の推進。時効の弾力的運用。
中皮腫の8割は石綿といわれているが、実際に労災に認定されているのは1995年からの10年間でも1割に満たない。すべての中皮腫患者を対象とした職歴見直しと適切な労災認定を本人・遺族、医療機関の協力を得ながら行政機関の責任において実施すべきである。
また発症まで長期間を経過していることから職歴証明が困難な事例も多いが、労働基準監督署に相談窓口を設置し、労働実態に即した認定を行う必要がある。
石綿による疾病の労災認定基準の改定が早急に行われるべきである。改定に当たっては、以下の点が考慮されるべきである。
中皮腫に関しては、石綿の職業性曝露が確認された労働者はすべ て労災認定すること。肺がんについては10年以上としている曝露期間の撤廃もしくは短縮化が必要である。また胸膜肥厚斑や肺組織から石綿小体が検出されな い場合、分析透過型電子顕微鏡等による石綿繊維の検索が必要となっている。しかし分析が実施可能な機関は限られており、国の責任で分析機関を早急に増やす 必要がある。検査に要する費用も国が負担すべきである。
さらに、石綿の被害が長年にわたって労働者に知らされてこなかった事実から、療養の費用・休業補償に関しては2年間、遺族年金等に関して5年間とする時効の弾力的運用を要求する。
2)家族の第2次災害や地域での被害者に対する相談窓口の設置と被害に対する補償制度 の創設を。
石綿に係る製造業、運送業、建設業など職域における労働災害だ けでなく、家族の2次災害や地域で曝露し中皮腫に罹患している患者の存在も明らかにされている。地域の人々の不安に答える相談窓口を、医師会なども協力し て保健所や自治体に設置すべきである。さらにアスベストによる被害が想定される地域での住民健診や健康管理、被害への補償制度を国、自治体、企業に要求す る。
3)医師に対する教育・啓発
中皮腫の多くが石綿によるものであることは、医師の間では半ば 常識として知られてきた。しかし、前述するように中皮腫患者のごく一部しか労災認定を受けてこなかった現実がある。大きな要因のひとつに医師の労災補償体 系及び実務に関する理解が不十分であったことがいえる。医師会等を通じて個別の医師(とりわけ呼吸器担当)への啓蒙を図るとともに、産業保健推進セン ター、医師会、労働基準監督署等において医師が相談できる窓口を開設し、労災認定の推進を図るべきである。
また、日本産業衛生学会や医師会などの協力を得て、石綿肺や中皮腫に関する研修会を積極的に行うことも重要である。
4)診断技術の向上、治療法確立
中皮腫の早期発見を目的とした診断技術の向上と、治療法の確立を国家的プロジェクトとして行う必要がある。
5)健康管理体制の充実。とりわけ健康管理手帳制度の充実を
石綿による健康障害を早期に発見するためには健康管理体制の充 実が大切である。この中で健康管理手帳の活用は重要である。現在石綿に関する健康手帳は胸膜肥厚など石綿による健康影響が認められる離職者に交付されてい る。しかし2002年時点での全国の交付者はわずか399人に過ぎず、有効に活用されているとは言いがたい。
この健康管理手帳を、現役を含め全ての石綿作業者全体に交付 し、在職中からの一貫した健康管理体制の確立が必要である。健康管理手帳による健診では年2回の胸部レントゲン撮影が行われている。肺がん・中皮腫の早期 発見のためにじん肺同様、ヘリカルCT、喀痰細胞診検査を導入すべきである。
また、大工・左官などの建築現場で働く「一人親方」は、労災の特別加入をしていても健康管理手帳が交付されないなど制度的不備が認められる。
さらに職場における定期健診において、呼吸器疾患の唯一の検査である胸部レントゲン検査の廃止が厚生労働省の検討会で現在議論されているが、石綿被害の広がりからすれば、胸部レントゲン撮影の継続実施が必要である。
(VI)体制の確立
相談・健康診断活動、大学習運動・調査活動等を実施していくためには体制の確立が重要である。
地方センター・労働組合等では対策委員会の編成が急務である。対策委員会は、医療、建築、環境測定、弁護士等の専門家と共同した対策委員会が結成できればより望ましいが、まずはスタートすることが重要である。体制の強化は運動の発展の中で検討しても遅くない。
全国センターは、理事長を責任者とする石綿対策本部を設置する。そして当面各地の健康相談・健診活動の実施を促進し、寄せられている被害の実態の集約に努め、今後の対応策について学際的な検討をすすめていく。