「非戦・人権・くらし」を掲げ人間の尊厳が守られる社会へ
全日本民医連会長 増田 剛さんに聞く
今回の総会は、コロナ禍を経て4年ぶりに対面での開催となりました。リモートでの会議の良さを認めつつも、今回実際に会って語り合うことの大事さをあらためて実感したところです。
沖縄復帰50年、民医連70年の節目に
いま、全国で運動方針の学習をすすめていますが、私が講師を担当するときには、冒頭にこの総会で私自身が何を感じたかを話しています。
総会の開催地となった沖縄は、2022年5月に本土復帰50年を迎えました。その年はまだコロナ禍まっただ中でできませんでしたが、それから2年後の今年、そして全日本民医連も昨年創立70周年を迎えたという節目の時期に、沖縄で開催できたことは感無量です。
沖縄は、日本の防衛政策、アメリカとの関係でいえば、日米安保体制の矛盾の最前線に立たされています。世界の平和が破壊されようとしているいま、この沖縄の地で、平和ののろし、「非戦・人権・くらし」という旗を立てたことは、大きな意味を持つと考えています。
参加した代議員の感想を読みますと、ほとんどの人が印象に残ったこととして、沖縄民医連の元会長・仲西常雄さん(医師)の講演をあげていました(『民医連医療』2022年5月号に仲西氏の「米軍占領下の劣悪な医療状況と民医連の出番」を掲載)。当日の仲西先生の講演はとても熱がこもっていて、大変な時代に民医連の旗を掲げながら歩んできた、生き抜いてきた気概を感じるものでした(「民医連新聞」4月1日付に講演概要を掲載)。
3月に開いた全日本民医連理事会では、沖縄民医連の名嘉共道事務局長は、「沖縄民医連は、本土復帰(1972年)の2年前に誕生した。そのとき、中心を担ったのは若い医師や看護師、職員たちで、さまざまな弾圧のなかで旗を守り続けた。いまも沖縄にはさまざまな困難があるが、仲西講演をきいていて、沖縄民医連の歩んできた歴史と、いま直面している困難が重なり、胸が熱くなった。若い職員たちがきき入っていた。沖縄民医連の歴史と魂が受け継がれた大事な総会だった」と発言しました。
総会の直前、今年の元旦に石川・能登で大きな地震がありました。この地震では、日本の防災システム、インフラ整備の脆弱さがあらわになりました。総会に向けた議論のなかで、今こそ能登に心を寄せようという感想がたくさん寄せられました。
能登で起きていることは人ごとではありません。
人口減と超高齢化、同じような地域は日本全国にたくさんあります。震源地のすぐ近くには原発もあり、直後にはトラブルもあったことが明らかになっています。今回の地震で地面や海底が大きく隆起し、甚大な被害のあった珠洲市では、かつて原発建設計画がありましたが、住民の粘り強い運動で建設を止めていました。あらためて、原発は日本のどこにもつくってはならないということが明らかになりました。
被災地はいまだ大変な状況です。上下水道も完全には復旧していません。現地の民医連職員は自ら被災しながら、患者、地域の人たちのいのちと健康を守るために奔走しています。そのことも、総会ではみんなで共有することができました。
一人ひとりが主体的に参加した総会
今回の総会では介護職の存在感がいっそう増したことを感じました。2日目の分散討論でも、介護職の代議員の発言が多く内容も多彩で、印象に残りました。民医連は、医療と介護の団体なのだということが、より鮮明になったと感じました。
総会に初めて参加する代議員が多かったのも特徴です。初参加の代議員が、1日目の全体会の発言を聞いて驚き、総会期間中にあらためて方針案を学び直したり、分科会に向けて発言原稿を書き直したり、そうしたことがたくさんあったと聞きました。一人ひとりの代議員が自覚的に参加した様子が伝わってきてとても嬉しかったです。
総会の全体会、分散会での発言や提起をもとに、方針案本文や総会スローガンの修正も行いました(図表1)。特にスローガンについては、それぞれの分散会で議論の時間をとるようにしました。そうした議論をもとに、最終日ギリギリまで修正が重ねられました。参加した代議員からは、総会を通じて、自分たちの議論で方針が練られ、改善されていく様子を目の当たりにして、あらためて民主的な団体だと感じ、組織への信頼が深まったとの感想も寄せられました。70年の歴史に裏打ちされた組織のありようを見た思いがしました。
図表1 第46回総会スローガン
〇平和的生存権・人間の尊厳を守る立場で、国連憲章・国際法に反する暴力・戦争を止めるために行動しよう
〇大軍拡を止め、多様性の尊重・ジェンダー平等といのち第一の政治を実現するために、共同組織とともに地域から人権・公正の波を起こそう
〇70年の歴史を力に、「ケアの倫理」を深め、「2つの柱」の全面実戦で、「人権の砦」たる民医連事業所を守り、発展させよう
また、4年ぶりの開催ということで、全日本民医連事務局も総会は初めてという人も多いなか、大きなトラブルなく無事に開催することができ、事務局員は本当によくがんばったと思います。
人間の尊厳を守る
この4年間の間に、ウクライナで戦争が起き、ガザでの大量虐殺とも言える空爆や地上戦が繰り返されています。報道を通して、毎日のように傷ついた人たちや泣き叫ぶ子どもたちの映像が飛び込んできています。甚大な人権侵害が起きているのに、それを止められないという現実に直面しています。
コロナ禍では、ケア労働にかつてなく社会的な注目が集まったものの、当初は未知のウイルスに対して、薬もマスクもガウンもない、ワクチンもない状況がある中、医療介護従事者は、感染の恐怖のなかで現場に突っ込まざるを得ない状況でした。それどころか、感染者が出た病院で働いているということについて、理不尽な誹謗・中傷にさらされました。子どもの保育園の送り迎えの時間をずらすように言われたり、家族への感染を懸念し職場近くにアパートを確保した職員も沢山居られました。コロナ以前から、ケア労働が社会的に阻害されていたことによる矛盾が、コロナ禍で如実に噴き出したと思います。加えて、重症化しても医療に届かず在宅死、「高齢」を理由に適切な治療から除外される、こうした事例も多く経験しました。
人権が脅かされる事態を目の当たりにして、私たちがこだわったのは、人間の尊厳が踏みにじられることを民医連職員として許してはならない、ということでした。そのことを、運動方針の中できちんと示したいと考えました。個人の尊厳というよりも、もっと強烈に〝人間の尊厳〟が毀損されている状況を見過ごしにはできない、ということをです。
冒頭の「はじめに」には、全日本民医連の現在地がわかるようにとの思いを込めました。この4年間で私たちは、「ケアの倫理」や「ジェンダー平等」を学んできました。「無差別・平等の医療と福祉の実現をめざす」私たちが、「誰も置き去りにしない」「その人をその人として大切にする」「患者・利用者といっしょに考え行動する」ことを大切にする実践は、「ケアの倫理」と通じています。そしてこれは、いまウクライナやガザで起きている無差別攻撃や大量虐殺とは対極にあるものです。そのことを、冒頭で明確に示したいと考えました。
第1章では、創立70周年を迎えるにあたり、60周年からの10年間をあらためてふり返り、次の10年に何をつなぐのかを記載しました。
60周年の翌年の総会(2014年、第41回総会)では、全日本民医連60年の前進の根拠を3点に整理し(図表2)、同時に民医連がどういう組織かという性格付けも行いました(憲法の実現めざす運動体、非営利・協同の事業体、人間的な発達ができる組織)。これを土台として次の10年を展望したわけです。
そして、第44回総会(2020年)で示した「平和と個人の尊厳が大切にされる2020年代」に臨む4つの課題(図表3)の視点で現状を評価し、2020年代の中間点となる46期の方針を打ち出したのが第3章となります。
激動の情勢を記載した第2章と併せて、ぜひ読み込んでほしいと思います。
図表2 第41回総会(2014年)運動方針より
第1に、「生活と労働の視点」や「共同の営み」の医療観に立ち、医学医療の進歩に学び、自ら後継者育成にとりくんできたこと、第2に、非営利原則に基づき、要求に応えて地域住民とともに保健、医療、介護活動を展開し、事業所の科学的で民主的な管理と運営に努力してきたこと、第3に、日本国憲法に依拠して社会保障制度を守り発展させる運動をすすめ、政治活動にも積極的にとりくんできたこと)
図表3 第44回総会(2020年)運動方針より
(1)平和、地球環境、人権を守る運動を現場から地域へ、そして世界に
(2)健康格差の克服に挑む医療・介護の創造と社会保障制度の改善
(3)生活と人生に寄り添う切れ目のない医療・介護の体系と方略づくり
(4)高い倫理観と変革の視点を養う職員育成の前進
多くの人たちとつながって
60周年から70周年までの10年は、第二次安倍政権・アベノミクスと全面的に対峙した10年でもありました。社会保障分野では、社会保障制度改革推進法のもとで、自助・共助路線が押しすすめられ、あらゆる生活場面で〝自己責任〟が強要されるようになりました。2014年には、集団的自衛権容認が、国会審議を経ることなく閣議決定され、翌15年には戦争法(安保法制)の強行で立憲主義が破壊されました。
一方でこの10年は「つながった」10年でもあり、ジェンダー平等や多様性の尊重という視点から多くの当事者運動に意識的にかかわってきました。旧優性保護法下での強制不妊手術の問題をめぐり、現在進行中の裁判支援をはじめ、当事者の方々との共同にとりくめたことなど、私たちにとって大きなターニングポイントとなりました。
世界に目を向けても、気候危機の解決に向けて声をあげる若者たちや、#Me Too運動など、より良い未来を自分たちの手でつくっていこうという人たちがいて、そうした運動に心を動かされ、一緒にたたかっていこうという動きが活発になったと感じます。
変化は確実に現れています。「結婚の自由をすべての人に」訴訟では、「違憲」あるいは「違憲状態」との一審地裁判決が相次ぎ、今年3月の札幌高裁(二審)では、同性婚を認めない現行制度は憲法14条1項、24条1、2項に反するとの画期的な判決が出ました。
ジェンダーや世代間の格差・差別を是正しようという動きは日本でも世界でも起きており、つながっています。私は「Think Globally, ActLocally」という言葉が好きで、これまでも使ってきましたが、この視点がマッチする情勢が目の前に展開されていると感じます。
会長就任後の4年間で、時代を代表するようなオピニオンリーダーの方々とお会いする機会に恵まれました。ジャーナリストの安田菜津紀さん、若年女性の支援活動をするcolaboの仁藤夢乃さん、東京大学名誉教授の上野千鶴子さん、東京大学大学院教授の本田由紀さんらとの語らいは大変刺激的なものでした。民医連方針の発展に大きく影響するとともに、私自身も行動変容の必要性を強く自覚することになりました。
同志社大学教授の岡野八代さんとは2021年の『いつでも元気』新年号企画でご一緒させていただき、その後、2021年の第15回全日本民医連学術運動交流集会で記念講演をお願いしました。私たちは「ケアの倫理」を学び、ケアの視点で政治や社会を見なければならないことを痛感しました。無差別・平等の医療と介護の実践をすすめるには、いまのケアレスな政治を変えていかなければなりません。
44期~45期の変わり目に、「旧優生保護法下における強制不妊手術問題に対する見解」を発表しました。見解で示した組織全体の弱点を直視しつつ、それを克服していくことをめざし、人権と倫理センターが立ち上がりました。「見解」の学習を進めながら、人権や倫理をめぐるさまざまな問題に正面からとりくんでいくことができる組織に成長していきたいと願っています。
また、多様性が尊重される組織、地域、社会を構築していくためのムーブメントにしっかりとコミットしてくことを進めたいと思います。前期発足したSOGIEコミュニティーの活躍には目を見張るものがあり、昨年の第16回学運交でのセッションの参加者たちの〝熱〟には正直圧倒されるものがありました。
現在の民医連幹部たちは、何十年もの間パターナリズムやジェンダー不平等な価値観の中で育ってきた世代です。この数年間で学びを深めてきたとはいえ、まだまだ発展途上です。少数者や弱い立場にある人々とともに行動する際に、無意識にマジョリティの立場からのふるまいが顔を出すことがあります。組織が変わるためには、幹部の姿勢が決定的に重要です。
私たちは一人ひとり、誰もが脆弱でケアを必要とする存在だという前提に常に立ち返り、自身の言動を人権の視点で見つめ直しながら成長のための努力を続けていければと、私自身の課題としてもそのように思っています。そのためにも、運動方針の学習のなかで職員一人ひとりが自らのストーリーを語ること、共感を醸成することを大事にしていただきたいと願っております。
「非戦」を高く掲げて
世界で戦争や暴力が起きている今、今回の総会では「非戦」という言葉を掲げました。文字通り戦争を否定し暴力に抗うという意味であり、問題解決の手段として武力を用いないという国連憲章の理念に通じる表現と言えます。精いっぱい非暴力の手段を講じるという積極的な姿勢を意味し、決して「無抵抗」とも違います。多くの人がその運動に参加しやすくなる言葉だと思っています。この「非戦」は、音楽家の坂本龍一さんや医師の日野原重明さんなどが熱心に訴えておられました。
暴力や人殺しは憎しみの連鎖を生みます。例えば目の前で肉親を殺された人がその相手に強い憎悪を抱く気持ちは私にも理解できます。そんな人にただ我慢して受け入れろと言ってもとても納得できるものではありません。しかし、暴力に対して暴力で応じるのでは解決にならない、という意見を持つ当事者が増えることをめざさないといけないと思うのです。最初は小さな声だったとしても、やがてそうした声が多数に、主流になっていく。怒りや恨みを沈殿させるのではなく、暴力ではなく対話で解決することの大切さを「非戦」というメッセージにのせて粘り強く訴えていく。このことが大事なのだと思います。
ケアの視点で世界を変えよう
コロナ禍はいまも続いていますが、フェーズは明らかに変わりました。みんなで議論して決定したスローガンを意識しながら活動する2年間となります。
深刻な経営難を乗り越え、力を合わせて事業所を守り抜くことが大変重要な目標になります。今回の診療報酬改定は本当にひどい。地域の人たちのいのちと健康を守るには、今の政治を変えないといけないといけません。安倍政権以降「戦争する国づくり」にひた走る政権を何としても変えて、いのちと暮らしにお金をかける政治を実現することが不可欠です。
民医連は、医療や介護こそ経済の要に据えていくことが必要だと訴えたいと思います。そのためには大軍拡をやめさせ、いのち第一の政治を実現することが必須です。ケアの視点で平和で公正な社会を創造することをめざしがんばりましょう。
(ますだ・つよし)