いつでも元気

2014年1月1日

特集1 新春座談会 “一人ひとりは微力だけど無力じゃない” 希望ある日本切り開く年に

 貧困と格差が広がり、閉塞感が指摘されて久しい今日、「今年こそ運動の力で、明るい日本を切り開く転機にしよう」と、前日本弁護 士連合会会長で貧困問題に精力的にとりくんでいる宇都宮健児さんを迎えて、全日本民医連会長の藤末衛さん、『いつでも元気』編集委員の松本若菜さん、宮﨑 ようこさんが語り合いました。

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藤末 衛さん
全日本民医連会長。
神戸健康共和会理事長、内科医師。

藤末 昨年、私は民医連の視察団の一人として、キューバに行ってきました。キューバは憲法に医療も教育も権利で無料だと明記され、実際に医療費の自己負担はありません。教育も大学まで無償です。
 ところが日本は、社会保障も教育も無償化とは逆の方向へ向かっています。出生率も一・四一(二〇一二年)と世界最低クラスで自殺率は世界最高クラス、相 対的貧困率も先進国第二位。「生まれづらく生きにくい」国になっていますね。
宇都宮 日本はキューバよりも圧倒的な経済力を持っています。日本でこそ、医療・教育の無償化はできるはずです。
 ところが現状は非正規雇用や働く貧困層が増え、総務省の発表でも、二〇一二年に非正規労働者が二〇〇〇万人を突破し、全労働者の三八・二%に達しまし た。年収二〇〇万円以下の人も六年連続で一〇〇〇万人を超えています。
 その上、安倍政権は生活保護バッシング報道を追い風に保護基準を昨年八月から削減しています。私のところにも「生活保護が二〇〇〇円削られた。二〇〇〇 円は家族三日分の食費だ。それを承知で政府は削ったのか」という怒りの声が寄せられています。

時代の閉塞感吹き飛ばす国民的運動を

影を落とす生活保護バッシング

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宇都宮健児さん
弁護士、前日本弁護士連合会会長。2012年都知事選に立候補。
多重債務問題に早期からとりくみ、2006年に実現した「グレーゾーン金利」廃止運動の先頭に立った。
現在「STOP! 生活保護基準引き下げアクション」呼びかけ人、反貧困ネットワーク代表、『週刊金曜日』編集委員など。

松本 生活保護バッシングは、国民の中に深く影を落としていると感じます。
 先日、ある高齢者の息子さんから「会社を解雇されたが仕事が見つからず、生活できない。生活保護を受けられないか」との相談がありました。
 ところがその方自身が「親の年金まで調べられ、結局受給できないのでは」とおっしゃるのです。もちろんそんなことはないのですが、何度も福祉事務所に足を運んだが、まともに応じてもらえなかったそうです。
 この方のように多くの相談者の方が「自分は生活保護を申請しても受けられないのでは」と思っていたり、生活困難に陥ったことを「自分のせい」だと思いこ まされています。生きることを権利だと思えていない。私はその自己責任論を、相談されてきた方と一緒に乗り越えることが大事だと感じています。
宮﨑 私も「反貧困ネット長野」の事務局を務めていますが、経済的な支えだけでは解決しない事例が増えていると感じます。生活保護を受けて住居を得ても友人がいない人が多く、市役所・ハローワーク・アパートを行き来するだけ。孤独のために心が落ち込んでしまう人が多い。
 仕事を見つけても、生活保護基準以下の収入しか得られず、ダブルワークをしている人もいます。

つながりは生きる希望

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松本若菜さん
 社会福祉士。千葉勤医協・千葉市あんしんケアセンター花園(包括支援センター)のセンター長。『いつでも元気』編集委員。

宇都宮 生活保護を受給し、アパートに入ることができれば前 進ですが、かえって孤独になり、生きる希望がなくなることがあります。社会的・人間的孤立の解決は生きていくエネルギーを生み出し、貧困から抜け出す上で 重要です。同じ境遇にある人同士や地域とのつながりをつくるとりくみが重要です。
藤末 生活を支える制度が、生活保護以外にはほとんどない点も問題ですね。
宇都宮 本来は、住まいや生活費、医療・介護費用など、生活保護の代替となるような個別の制度がもっとあっていい。
 たとえば東京都内でも空き家・空き部屋が増えていますから、せめて家賃補助制度があれば、低賃金・低年金の方々が入居でき、かなりの人が助かるでしょ う。大家さんも助かる。家賃補助制度は、ヨーロッパではかなり普及しています。住まいを保障する制度がないことや、公共住宅が十分整備されていないことが 「脱法ハウス」などの温床にもなっています。
 働く人が能力を磨けるシステムを充実させることも必要です。低収入に苦しむ人は、単純労働の経験しかない人も多い。しかし生活に余裕がないと当面の収入 を得ることに追われ、いつまでもスキルアップできない。このことも労働者をかんたんに切り捨てるブラック企業の温床になっています。

地域の力を引き出して

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宮﨑ようこさん
長野医療生協本部職員。長野市を拠点に活動する「反貧困ネット長野」事務局。『いつでも元気』編集委員。

藤末 貧しい家庭に育った人が成人してからも貧困から脱け出せない「貧困の連鎖」を断ち切ることも重要ですね。長野でも、この点に着目した実践がされているそうですが。
宮﨑 反貧困ネット長野では二〇一二年八月から「無料塾」をお こなっています。月二回、長野医療生協の組合員で教員を退職された方や大学生などの協力で勉強を教えています。小学生から高校生まで、毎回六~一〇人くら い来ています。「誰が来てもいい」ようにしていますが、結果的に一人親など、経済的にたいへんそうなご家庭のお子さんが多いですね。
 いじめなど、深刻な悩みを打ち明けてくれるようになったお子さんもいます。そうした問題も教職員組合と連携し、協力して解決しようととりくんでいます。
 ある発達障害を抱えるお子さんは「話を聞いてくれるのはここだけ」と言ってくれます。「ここしかないのか」と驚くとともに、「ここが居場所になっているならよかった」とやりがいも感じます。
藤末 地域の力を引き出しながら、子どもの貧困や教育問題に対 応しているというのはすばらしいですね。民医連としても共同組織の力を借りながら、広げるべきとりくみだと思います。貧困の問題では、子どもの貧困・教育 の問題も避けて通れません。子どもがどう育つかによって、次の社会も決まってきますから。
 同時に反貧困のとりくみを、とりくんでいる人のやりがいや確信になるような、精神的に豊かな運動として発展させることが大切ですね。 民医連では、二〇 〇六年から全国で医療費の支払いが困難な人の窓口負担を減免する「無料・低額診療事業」にも挑戦してきました。同事業を通じて職員の間に「人の命を救う過 程に加わることができた」との実感が広がっています。
 さらに同事業の適用となった方々の事例をもとに、社会保障制度の改善を提案する力にもなっています。

「思い」を受け止めて

藤末 今年は、どんな年にしたいですか。
松本 今、地域包括支援センターには介護保険本体から要支援をはずす問題で「新聞で見た。介護保険を使えなくなるのか」「ヘルパーさんは来てくれなくなるのか」などの相談が多く寄せられています。
 私はそういう話が出たときにすぐ答えられるように、民医連の介護保険改悪反対のチラシをいつも鞄にしのばせています(笑)。今年もチラシや署名を活用し ながら「介護を受けることは権利です」とはっきりお話しした上で「これじゃ生きていけない」という思いを受け止め、制度を守る運動を進めたいと思います。
宮﨑 私は、生活保護の水際作戦を許さないとりくみを強めたい。書類提出などを義務づけ、生活保護から申請者を遠ざける生活保護改悪法案が昨年参議院を通
ったときに、「水際作戦はあってはならないことを周知徹底する」との付帯決議がつきました。長野市が生活保護申請者の親族に「保護は親族の扶養が前提」だ とする違法な書類を送りつけていたことがわかり、小池晃参議院議員が国会で問題にしたことを受けたものです。付帯決議の通りにやれば生活保護申請はしっか り受け付けなければならないはずです。
 反貧困ネット長野でも、長野医療生協の組合員さんの力をお借りして、困っている人を見つけてくれる人を増やし、地域にアンテナを張って、相談につなげる流れをつくっていきたいですね。

“異質の集まりは、積になる”

新しい展望開く年に

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藤末 宇都宮さんはいかがですか。
宇都宮 生活保護をもっと利用してもらい、憲法二五条を社会に定着させる運動をしたいですね。
 昨年八月から生活保護基準が削減されて、一万人を超える利用者が行政に対する不服審査請求に立ち上がりました。不服が受け入れられなければ、全国的な裁 判闘争となります。日本の生活保護利用者は昨年、二一五万人となりましたが、人口の一・七%です。ドイツは人口の九・七%(二〇一〇年・七九三万人)、イ ギリスは人口の九・二七%(二〇一〇年・五七四万人)の人が利用していますがバッシングは起きていない。むしろ日本では生活保護水準以下で生活する人の二 割しか利用していない。もっと利用すべきで、七~八〇〇万人が利用すればバッシングなんてできないでしょう。
 運動の格言に「同質の集まりは和にしかならないけれども、異質の集まりは積になって広がる」、つまりかけ算になって広がるというものがあります。政治的 立場の違いをこえて、幅広い人たちが手をつなぐことが必要でしょう。
 安倍政権は一見強力ですが、二〇〇六年には運動の力でグレーゾーン金利を廃止させました。当時は二〇〇五年の衆議院選挙で自民党が大勝した直後で、規制 緩和政策が次々打ち出される中、多重債務問題の解決が国民世論となって、規制緩和とは真逆の、規制を抜本的に強化する法改正が実現したのです。
 日本の金融業界・経済団体やアメリカ政府まで反対しましたが、押し切った。国民的な怒りが具体的な運動となって広がれば、今の安倍政権のような弱者切り捨ての政権は長続きしないでしょう。
 私たち一人ひとりは微力ですが、無力ではありません。集まれば大きな力になります。「新しい展望が開けましたね」と言える年になるようにがんばりたい。
藤末 安倍政権は原発を中止しない理由として、経済の問題を持ち出していますが、ドイツは倫理問題として原発をやめます。日本では社会保障の問題でも経済が優先され、人権の上におかれています。
 この現状を変えるために民医連は「人権としての医療・介護保障をめざす民医連の提言(案)」をまとめました。今年はこの提言も使ってつながりをいっそう 広げ、医療・介護は人権だと訴えて、日本の政治を変えていく共同の力としたいと思います。ありがとうございました。

写真・酒井 猛

いつでも元気 2014.1 No.267

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