いつでも元気

2013年8月1日

元気スペシャル 後戻りできない 辺野古新基地建設反対は沖縄の総意

写真家・森住 卓

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1300人が駆けつけた緊急市民集会

 自民党は「普天間基地の辺野古移設」を参議院選挙の公約に掲げているが、自民党沖縄県連は同計画の撤回を明記するよう求めてきた。沖縄県では、自民党も辺野古への基地建設計画に反対する状況が生まれているからだ。
 基地建設計画が持ち上がってから一七年間、地元・辺野古のオジイ・オバアやその支援者たちは、毎日浜に座り込んで反対を続けている。座り込みは三三四〇 日(今年六月一〇日現在)に達し、辺野古の海に一本の杭も打ち込ませていない。いまや辺野古基地建設反対は、沖縄全県の声になっている。

かつての基地推進派も

 国は昨年度末の三月二二日、沖縄県北部土木事務所の閉庁時間ギリギリに「辺野古埋め立て申請書」を提出した。
 地元の名護市議会は三月二八日、抗議決議をあげた。さらに同与党市議を中心に「4・5緊急市民集会」の開催も決めた。同市議会与党は多くが保守派の議員 だが、彼らも率先して抗議の緊急市民集会を開くことを決定したのだ。
 集会当日は土砂降りの雨にもかかわらず、一三〇〇人の市民らがつめかけた。会場の名護市民会館は、開会三〇分前にはすでに参加者であふれていた。
 主催者を代表して「普天間は閉鎖、基地撤去しかない。県内移設反対」とあいさつした比嘉祐一市議会議長。比嘉氏もかつては市議会で新基地建設推進決議を可決させた当事者だった。

「沖縄の力を知らないのか」

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「負の遺産を残してはならない」と稲嶺市長

 三年前に新基地建設反対をかかげて当選した稲嶺進市長は、感動的なあいさつをした。やや長くなるが、紹介したい。
 「一月に沖縄全県の総意の建白書(注1)を総理に手渡したの に、何もなかったかのような国の仕打ちは、憤りを超えている。名護市民は二〇一〇年の名護市長選でがんばって、沖縄県民の心を揺り動かし、今のオール沖縄 の状況をつくり出した。地元ががんばったから県民の心を揺り動かした。閣僚が頻繁に沖縄に来るが、誰一人として名護市長に会いたいという人はいない。ナン デカネー(会場から拍手と歓声)。
 政府は米軍施設の七四%をずうっと(沖縄に)押しつけてきました。新たな基地をつくろうとする事が、負担軽減と言えますか。『沖縄の声を聞く』と言って いる閣僚は、補聴器ではなく耳栓をして聞こえないふりをして、帰りには『辺野古しかない』と言って帰って行く。(国は)沖縄の力を知らないんじゃないか。 これからもたたかい続ける。子どもたちに負の遺産を残してはいけない」

家族ぐるみでの反対運動

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キャンプシュワブのフェンスに掲げられた基地建設反対のメッセージ(上)/普天間基地(宜野湾市)に配備されたオスプレイ(下)
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 毎週土曜日の夕方、辺野古にある米軍の海兵隊基地「キャンプシュワブ」ゲート前でおこなわれて いる「ピースキャンドル」(「ヘリ基地いらない 二見以北十区の会」主催)に、欠かさず参加している家族がいる。渡具知武清さんの家族だ。武清さんは、測 量士として建設会社から仕事をもらっていた。基地関連の仕事が多かったが、それでも辺野古に新基地ができたら「子どもたちの未来が大変な事になる」と反対 運動を続けている。
 ピースキャンドルは、すでに九年目になる。今では外出する米兵も手を振ってくれたり、通行人からも「がんばれよー」と声援が送られるようになってきた。
 先述の緊急市民集会で、武清さんの息子・武龍さん(高校一年生)は次のように意見表明し、参加者の胸を打った。
 「僕が生まれた年に(基地建設の是非を問う名護)市民投票があり、新基地ノーを突きつけました。あれから一六年の間に沖縄国際大学にはヘリが落ち、米兵 が何百件と事件を起こしました。それでも政府は考えを変えるどころか、オスプレイを配備させた。沖縄県民にこれほどひどい仕打ちをしておきながら、『県民 の理解』を求めようとする日本政府のやり方にはあきれてしまいます。ウチナンチュー(沖縄県民)の誇りと美しい自然を守るために、これからもがんばりま す」

海人も「体を張って反対」

 海人(ウミンチュー)は「海に境界はない。埋め立てがおこなわれれば、辺野古だけでなく東海岸一帯がダメになる」と埋め立て反対を訴えている。宜野座・金武・石川の漁協は三月二二日、埋め立て反対の集会を開いた。三漁協が共同で反対を表明するのは初めてのことだ。
 宜野座漁協で最年少の安次富勝也さんは「大好きなこの海が埋め立てで死んでしまう。今、伝統潜りで魚を捕っている。これで稼いで三年後にはモズク漁のた めの大型船を買うつもりだ。埋め立てで海が死ねば自分の計画もダメになる。身体を張って反対します」と言って、銛で突いて捕った大きな魚を見せてくれた。
 新基地容認だった「地元の地元」辺野古区でも、大きな変化が生まれつつある。今年三月一七日に四五年ぶりとなる区長選挙がおこなわれ、辺野古移設に反対する区民も支持した新区長が誕生した。
 新区長は就任の記者会見で、国と県に「基地受け入れの白紙撤回を求めていく」と述べた。
 区長選挙で新区長を支持した「辺野古の命を守る会」の西川郁夫会長は「大事なことはみんなで決めるという区長が誕生したのは大きな進歩だ」と慎重な表現ながら、顔をほころばせた。

沖縄の声に耳傾けよ

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安倍政権の「主権回復式典」に抗議する「屈辱の日」沖縄大会。1万人を超える人たちが、「理解」を求めながら「痛み」を拡大し押しつける政府に抗議

 稲嶺進市長は五月二七日、二期目に向けて市長選に出馬する意向を表明した。記者会見には市長を支える一五人の市議と三〇〇人以上の市民が駆けつけ、熱気に包まれていた。
 稲嶺市長は次のように決意を語った。
 「政府の沖縄に対する無慈悲な仕打ちや強硬姿勢に、強い危機感を持っている。沖縄の現実や県民の心情を一顧だにせず、オスプレイの強硬配備や普天間飛行 場辺野古移設に関する埋め立て申請、4・28の『主権回復記念式典』の開催(注2)など、その最たるもの。この三年間で沖縄の良心がつくり出した大きな流れを止めてはならない。その流れの初陣を切った名護市が、再びその役割を担う覚悟が求められている」
 国は今こそ、沖縄県民の声に耳を傾けるときだ


注1)オスプレイ配備撤回、普天間基地の撤去・県内移設断念を迫った。沖縄県全四七市町村の首長が上京して提出。

注2)サンフランシスコ講和条約(一九五二年四月二八日)で日本はアメリカ占領下から独立。沖縄・奄美・小笠原は引き続き占領下におかれ、沖縄では「屈辱の日」と呼ばれている。安倍政権は今年、この日を記念する「主権回復記念式典」の開催を強行した。

いつでも元気 2013.8 No.262

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