いつでも元気

2013年5月1日

特集1 本当にアブナイ 自民党改憲案を斬る! 憲兵を許さない共同を 伊藤塾塾長・伊藤真さんに聞く

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伊藤 真(いとう・まこと)
弁護士。法律家・公務員養成の受験指導校「伊藤塾」塾長、日本弁護士連合会憲法委員会副委員長、一人一票実現国民会議事務局長。著書に『憲法が教えてくれたこと』など多数

 「憲法を変える」と意気込む安倍政権。昨年の衆院選では、自民党などの改憲勢力が三分の二以上の議席を占めました。七月の参院選の結果次第では、憲法改悪が現実のものとなりかねません。
 自民党はどのように憲法を変えようとしているのか。同党が二〇一二年四月に公表した「日本国憲法改正草案」(以下、改憲案)の問題点について、伊藤真さん(伊藤塾塾長・弁護士)に聞きました。

 自民党の改憲案は、この国のあり方を根本から変えてしまう重大な内容です。
 第一に、憲法とは「人権を保障するために国家権力を縛る」ものです。ところが改憲案は、この近代憲法の大原則である立憲主義を真っ向から否定しています。
 改憲案は、国民に「日の丸・君が代尊重義務」「家族の助け合い義務」「憲法尊重擁護義務」など、新たに一〇の義務を課しました。そして人権は永久に侵し てはならず、個人の人権を保障するからこそ、憲法が最高法規であるとする重要な条文(九七条)を削除しています。憲法は個人の人権を保障するため、「国民 が国家権力を縛る道具」なのに、改憲案では「国が国民を支配するための道具」に成り下がっているのです。
 改憲案は前文で「良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため」に「憲法を制定する」とまで規定しています。「個人の人権を守るための憲法」から 「国家存続のための憲法」に大きく変質していることが、象徴的に表れています。

自衛隊を「国防軍」に

 第二の問題は、日本国憲法が世界に先がけて採用した積極的非暴力平和主義を投げ捨て、日本を「戦争をする国」にしようとしている点です。
 改憲案は、「国権の発動としての戦争を放棄」する九条一項を、ほぼ現行のまま残していますが、まったく安心はできません。「国権の発動としての戦争」と は、「宣戦布告をして始める戦争」のことです。今時、そんな戦争をする国はありません。現在、国連憲章で「戦争は原則違法」とされており、昨今の戦争の多 くは「自衛権行使」の名のもとで始められます。ですから、九条一項の戦争放棄は二項の「戦力の不保持」「交戦権の否認」とあわせて初めて実効性を持つので す。
 ところが改憲案は、現行の九条二項を削除してしまいました。自衛権の名のもとでなら、どんな武力行使もできると認め、その担い手として自衛隊を「国防軍」にすると言うのです。
 「国際的に協調して」多国籍軍に参加するなど、海外での武力行使にも道を開いています。また、「公の秩序を維持」する活動もできるとしているため、国防軍が国民に銃口を向ける可能性もあります。

徴兵制の導入も可能に

 自衛隊が国防軍になれば、日本国内にも大きく影響します。改憲案が認めようとしている「交戦 権」とは、「国際法上、交戦国に認められる権利」のことで、具体的には敵国の兵士を殺害したり、軍事施設を破壊したりすることを正当化するものです。現行 憲法下では、自衛隊員が殺人を正当化できるのは、正当防衛と緊急避難の場合だけです。交戦権を認め、殺人を目的とする国防軍を持つということは、「今の例 外が原則になる」のです。
 国を守ることが義務となれば、徴兵制の導入も画策されるでしょう。愛する家族や恋人が軍人になって人を殺したり、殺されたり、身体的・精神的に傷ついて 通常の生活を送れない姿になって市民社会に戻ってくることを、私たちは覚悟しなければいけません。
 さらに、「暴力で物事を解決することをよしとする」組織を抱えることで、私たちの市民社会が、まったく異質なものに変容してしまいかねません。市民社会 は、一人ひとりの自主性・自律性を重んじ、生命を大切にする価値観で成り立っています。そのような価値観が、九条の改悪で壊されます。上命下服で人を殺す ための組織が私たちの社会に共存し、国防の名のもとに、国内でもあらゆる人権が抑圧される危険が生じるでしょう。

■自民党改憲案の主な内容

【前文】現行の「不戦の誓い」「平和的生存権」を削除。「歴史」「文化」「伝統」などの文言を盛り込み、「国家のための憲法」という色彩が濃厚に
【第1章 天皇】天皇を「元首」とし、国民に日の丸・君が代尊重義務を課す
【第2章 安全保障】現行の「戦力の不保持」「交戦権の否認」を削除。「国防軍」を創設し、自衛権の名による武力行使、海外での武力行使に道を開く
【第3章 国民の権利及び義務】あらゆる人権に対し、「常に公益及び公の秩序に反してはならない」との制約をもうける。家族の助け合い義務を課し、社会保障に対する国の責任(公助)を後退させる
【第9章 緊急事態】「外部からの武力攻撃」「地震等による大規模な自然災害」などの際に、大幅な人権制約を正当化
【第10章 改正】改正発議の要件を、両議院の総議員の「3分の2以上の賛成」から「過半数の賛成」に緩和
【第11章 最高法規】基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」とする97条を削除。憲法尊重擁護義務者から「天皇」「摂政」を外し、新たに「国民」を加える

明治憲法へと逆戻り

 人権規定の改変にも注意が必要です。
 改憲案は一二条で「自由及び権利」は「常に公益及び公の秩序に反してはならない」と規定しました。現行憲法の「公共の福祉」が、「公益及び公の秩序」と いうあいまいで抽象的な概念に置き換えられ、あらゆる人権の上にかぶさってきます。つまり「国益に反することは一切できない」ということです。これでは 「法律の範囲内」でのみ人権を認めた、明治憲法へと逆戻りしてしまいます。
 現行憲法で人権を制約する原理「公共の福祉」(Public welfare)は、「みんなの幸せを視野に入れながら、人権を行使しなさい」という意味です。たとえば表現の自由とプライバシーの権利が衝突した場合 に、「公共の福祉」はその状況に応じて個別・具体的に権利を調整する機能を果たします。人権の制約は、人権同士が衝突した場合に限るべきです。
 さらに改憲案は、現行一三条の「個人」の尊重を、単なる「人」の尊重に変えてしまいました。この「個人」とは、身分秩序に拘束されていた中世・封建社会 の人間を解放して、一人ひとりの自律した人格として人権を尊重するという、歴史的かつ極めて本質的な概念です。「それぞれの人格が、責任を持つ主体として 自覚・自律する」という意味で、全体主義や国家主義に対抗する力にもなります。一三条の改悪は、人類の歩みに逆行する重い意味を持っているのです。
 さらに改憲案は「社会秩序の混乱」「大規模な自然災害」が起きた場合、人権を大幅に制限する「緊急事態」条項なども設けていますが、これも重大な問題です。

憲法をわかりやすく語ろう

25条も骨抜きに

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みんなで楽しく「憲法守ろう!」(青森・あけぼの薬局提供)

 「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利を保障した現行二五条は、そのまま残されていま す。しかし、改憲案は二四条で「家族は、互いに助け合わなければならない」とする助け合い義務を課し、自助努力や共助を前面に押し出しています。社会福 祉・社会保障を充実させる国の責任(公助)を後退させているのです。
 九条のところで見たように、軍事優先の国づくりがすすめば軍事費が増大しますから、国民が社会保障費の削減や増税を迫られる事態も予想されます。二五条 の条文は残っても、改憲案の他の条文とあいまって生存権の土台が揺るがされ、骨抜きにされる危険があるのです。
 現行憲法の前文「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ」るという規定(平和的生存権)も、改憲案では削除されました。この規定は、単に「全世 界に戦争がない状態が平和」なのではなく、「人々が病気や災害、経済的困窮などの不安から解放され、人間らしい生存が可能になってこそ平和」であることを 表したものです。
 政治家や官僚などの為政者は、「経済的弱者が増えれば、多くの国民が軍人に志願せざるをえない状況が生まれ、国防軍も維持できる」と考えているのかもし れません。実際、現在の米国では、「家族を養うため」「学費を稼ぐため」に、多くの若者が軍隊に志願しています。

天皇を「元首」に

 天皇の権威を政治的に利用する形で、為政者が恣意的に権力を濫用できるようになっている点も問題です。
 改憲案は、前文で「日本国は…天皇を戴く国家」であるとし、一条で天皇を「元首」と位置づけました。内閣の「進言」にもとづく「国事行為」のほかに、天 皇が行う「公的行為」を新たに規定し、これについては内閣の関与なしに無制限にできるようにしています。
 現行九九条の憲法尊重擁護義務から天皇を外して、憲法を超越した存在にしようとしていることも問題です。「元首」である天皇が何をしても、義務も責任も問われないことになってしまいます。

96条改定も油断は禁物

 改憲案は、憲法改正の手続きを定めた九六条も変えようとしています。憲法改正を発議する要件 を、衆参両院の総議員の「三分の二以上」から「過半数」の賛成に緩めるのです。現在の安倍政権のもとで、「まずは九六条を改定しよう」という動きがありま すが、これを「単なる改正手続きの問題」と油断してはいけません。九六条を変えて憲法を改正しやすくした後に狙われているのは、九条や人権規定の改変な ど、この国の根本を変えてしまう憲法改悪なのです。
 現行憲法が、改正の発議のために「各議院の総議員の三分の二以上」の賛成を求めた意味を考えてほしいと思います。これは「時の政権与党の強行や横暴を許 さず、慎重な議論を尽くして、反対野党も含めて納得する合理的な改正案に仕上げなければいけない」という趣旨なのです。
 「発議のあとに国民投票があるから大丈夫」と言う人もいますが、国民投票は投票の二週間前まで、テレビCMなど宣伝・広告の規制がありません。改憲勢力 による情報操作や雰囲気づくりによって、「勢い」で憲法を変えられてしまう恐れがあります。
 また、国民投票を有効とする最低投票率の規定もありません。仮に投票率が二割だったとすれば、国民の一割強の賛成で改憲が「承認」されてしまうのです。

憲法を理解し、広げよう

 憲法を守るために、私たちは何をすればいいのか。まず、何よりも大事なのは、現行憲法の立憲主 義と積極的非暴力平和主義について、主権者である私たちが理解を深めることです。「どんなにすばらしい憲法も、その国の国民の理解以上には力を発揮しな い」という言葉がありますが、まさにその通りだと思います。
 次に、学んだことを話題にして、より多くの市民に広げていくことです。「憲法には『個人の尊重』や『人それぞれ、個性を発揮することはすばらしい』とい うことが書いてあるらしいよ」など、わかりやすい言葉で広げましょう。
 また、相手の関心に結びつけるなど、具体的な例を挙げて語ることも重要です。ダンスや音楽などのストリートパフォーマンスや芸術活動に興味のある方に は、「公益及び公の秩序」によって表現の自由が抑圧される危険を知らせましょう。大多数の市民は、そんな息苦しい社会は望まないはずです。
「脱原発」に興味がある方には、改憲による「国防軍」創設の先に、核武装も想定されることを伝えましょう。実際、少なくない政治家が核武装を主張していま す。改憲されれば、核技術が温存され、「脱原発」が遠のくことを語りましょう。
 私は「一人一票」を実現する活動にも関わっています。一人一票のもとでの代表者の選出は、民主主義の根幹をなすものだと考えているからです。
 そのような立場から言えば、現在の国会は先の参院選、衆院選ともに裁判所から「違憲」と断じられた、いわば民主的正当性のない議員で構成されています。 「正当に選挙された国会」をつくることがまず先です。現在の国会議員には、改憲を口にする資格すらないと、最後に指摘しておきます。
写真・酒井猛

いつでも元気 2013.5 No.259

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