いつでも元気

2013年4月1日

特集1 イラク戦争から10年 奮闘する外国人医師たち

 写真と文 高遠菜穂子
(イラク支援ボランティア)

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アメリカ人の医療チームのメンバー(中央2人)とイラク人医師たち

 イラク戦争開始から一〇年の今年、一月初めから約一カ月間、イラク・ファルージャに滞在した。 米医療チームとのコラボレーションによる「小児心臓ケアミッション」や、増加している先天性欠損症の調査などが目的だった。人々は急増するがんや先天性欠 損症は米軍が使用した劣化ウラン弾が原因と考えている。
 一月八日、単独でファルージャ入りし、米医療チームと合流。医師五人、看護師一人、コーディネーター二人からなる医療チームはすでにファルージャ総合病 院で数十人の診察を終え、オペを開始していた。五日間で一五人の子どもたちが心臓の手術を受け、元気に退院していった。

反米感情根強いファルージャで

 この医療チームはアメリカのNGOが派遣したもので、小児心臓手術が専門。二〇一〇年、私の方から彼らに患者の受け入れを要請し、その後は主に資金面と現地コーディネートをサポートしている。
 最初は、ファルージャの先天性心疾患(TOFファロー四徴症)の男児をトルコで手術したとき。二回目は、同じくファルージャの先天性心疾患(TGA大血 管転位症)を持つ女児を、イラク南部ナシリヤでおこなわれた彼らのミッションで受け入れてもらったときだ。

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入院中の子どもが筆者にキスをくれた

 二回目の手術は、国内でちょっとした話題となった。イスラム教スンニ派を信仰するファルージャの家族が、対立するシーア派多勢の南部に行って、アメリカ人医師の手術を受けたからだ。このころから私は、医療支援を通しての平和構築を強く意識するようになった。
 米軍は、イラク戦争開始直後から撤退した二〇一一年まで蛮行の限りを尽くした。反米感情は今も根強い。そのファルージャで先天性心疾患を持つ子どもたち を救う「小児心臓ケアミッション」をどうしても実現させたいと思うようになったのだ。
 そして昨年七月にファルージャでの初ミッションが無事成功。元気になった子どもたちの姿は、そこにいた者すべてを感動で包んだ。今回は二回目。アメリカ 人医師からトレーニングを受けるイラク人医師たちの技術の向上も目覚ましい。
 しかし日本人の私だけにふともらす、イラク人の本音は聞き逃せない。あるイラク人はこう言った。「どんなに純粋な善意の行為でも、過去にアメリカがおこ なった残虐行為を白いペンキで塗りつぶすようなことはできないのです」。

日本人医師による外科手術も

 今回の滞在期間中、新しいミッションに挑戦した。日本人医師による口唇口蓋裂や火傷などの外科手術だ。イラクまで来てくれる日本人医師を探すのは非常に 難儀だったが、ある医師から「うってつけの医師がいる」と紹介されたのが森岡大地医師だった。
 森岡医師は昭和大学准教授(形成外科医)で、国際医療組織のメンバーとしてバングラデシュ、カンボジア、ネパールなどに頻繁に出向き、口唇口蓋裂や火傷 裂傷などの治療を手がけてきた。さらに年二回、パレスチナでも同様のミッションを単独でおこなっており、それを一〇年以上続けている。今回はファルージャ とラマディでの医療設備の視察と患者の診察、できる範囲での手術をお願いした。
 

政府の弾圧に屈しないデモ
多発する先天性欠損症

 一月二三日、森岡医師がファルージャに到着。さっそくファルージャの外科医、耳鼻科医たちと打ち合わせをした。
 翌朝はラマディ総合病院を訪れた。院長、カマル医師と七人の患者が森岡医師を待っていた。最終的に口唇口蓋裂や爆弾で火傷を負った患者など一〇人がリス トアップされ、手術はファルージャ総合病院で二日間おこなうことになった。
 ところが前日に事件が起きた。デモ鎮圧のためにイラク軍がバグダッドからファルージャに侵攻し、デモ参加者に発砲。死者七人、負傷者六五人の惨事となっ た。救急室は負傷者たちと病院スタッフでごった返し、床は血で染まった。外科病棟にある六つのオペ室もフル稼働した。
 この事件で森岡医師の手術は一日分キャンセルを余儀なくされた。残り一日で四人の患者が手術を受け、元気に退院した。手術後、森岡医師をまじえた話し合 いで「次回は必要な医療機器も持ち込み、もっと多くの手術がおこなえるように準備をすすめよう」と確認しあった。

激増した先天性欠損症

 口唇口蓋裂もイラクで最近増加している先天性欠損症の一つだ。ファルージャ総合病院小児科医のサミラ医師は、ファルージャの状況をこう説明する。
 「以前もまったくなかったわけではありません。しかし、イラク戦争後の激増ぶりは尋常ではないのです」
 ファルージャ滞在中の一カ月間、私は毎朝、同病院の分娩室と新生児病棟に通った。わかったことは、同病院では一日三〇件前後の出産があるが、未熟児、水 頭症、無脳症、小頭症、二分脊椎、心臓疾患が非常に多い(一時期より割合は減)。
 また、エコー検査が導入されたためか、胎児の段階から早期に先天性欠損症が発見できるようになり、「流産」と呼ばれる「中絶」が増えているようだった (イスラム教では中絶禁止)。普通分娩で「問題なし」とされた新生児でも、数日後に内臓や脳の病気が見つかるケースも多い。
 また先天性欠損症専門科長でもあるサミラ医師は、いかなる欠損症も記録するように分娩室・オペ室・新生児室に伝達しているが、症例が多すぎるせいか、口 唇裂や多指症(手足の指が通常より多い)などは「命に別状がない」からと記録されずに退院するケースも少なくない。
 サミラ医師に二〇一二年の記録を見せてもらった。一番多いのが一二月で、五〇件の先天性欠損症が記録されていた。他の月も三〇件前後あり、一年間で三六 三件記録されていた。先天性欠損症専門科に籍を置く遺伝子治療専門家のアブドゥルカーデル医師は、サミラ医師とは別に専門科の外来患者のみを記録している が、昨年だけで一〇〇件を超えていた。
 分娩室の医師はこう強調した。
 「今は、先天性欠損症の数も減ったよ。二〇〇六~二〇一〇年がピークだと思う。あの頃は、毎日が衝撃だった」

産むたびに赤ちゃんが死亡

 ある夫妻が産婦人科医からの紹介状を持って私を訪ねてきた。「妻は過去四回妊娠・出産したが、 毎回同じSRPS=Short Rib Polydactyly Syndrome(短肋骨多指症侯群)で死亡」と書かれていた。夫三三歳、妻二七歳。四回とも妊娠八カ月で出産し、生後三〇分で亡くなったと言う。
 四回目(二〇一一年)に出産した赤ちゃんの写真とレントゲン写真も持ってきていた。レントゲンに映る手足は極端に短く、骨はところどころ透けていた。
 夫妻は二人ともファルージャ出身。米軍が二回おこなった大規模なファルージャ総攻撃(二〇〇四年)の最中も市内に留まっていたそうだ。救護活動にあたっていた夫は、負傷者の火傷が尋常ではなかったと話した。
 妻はベールで顔を隠していたが、エキゾチックな瞳で私をじっと見て「助けてほしい」と言った。どんな辛い思いをしてきただろうと思うと胸が詰まったが、 どんな言葉も彼女を傷つけそうな気がした。私はただ、彼女の背中をさすって「アッラーカリーム(神は寛大なり)」と言うことしかできなかった。
 産婦人科医は解決策が見つかるまで子どもをつくらないように勧めていると言う。彼女自身も子どもを持つことを怖れている。しかしまだ若い夫妻は、子ども を持つことをあきらめきれないでいる。

いつでも元気 2013.4 No.258

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