いつでも元気

2013年3月1日

特集1 破たんした二大政党づくり 貫かれた、新しい政治を求める国民の模索

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石川康宏さん
 神戸女学院大学文学部総合文化学科教授(経済学専攻)。経済をはじめ、政治、憲法、「慰安婦」問題などを論じ、著書多数。近著に『マルクスのかじり方』 『人間の復興か、資本の論理か 3・11後の日本』など。「憲法が輝く兵庫県政をつくる会」代表幹事。

 昨年一二月の総選挙で自民党・公明党が政権に復帰し、「がっかりした」人も多いのでは。
 総選挙結果をどう見るか。新政権の危険、国民のたたかいの方向性は。神戸女学院大学の石川康宏教授に聞きました。

─総選挙の結果をどう見ていますか。
 自民党が二九四議席、公明党が三一議席を得ましたが、大事なことは、自民・公明の合計で前回の〇九年選挙に比べて三一三万も得票を減らしているというこ とです。自民「圧勝」というのは事実をねじまげた表現で、私は使うべきではないと思っています。
 もう一つ重要なのは、民主党の壊滅的な敗北により、財界主導の二大政党制づくりが破たんしたということです。
 一九九〇年代後半に自民党の支持率が急速に低下したことを受け、財界は二〇〇三年に現在の民主党を結党させ、“自民がダメでも民主で、民主がダメでも自 民で”と、どちらに転んでも財界の思い通りに動く新しい政治体制をつくろうとしました。日本経団連は、二〇〇四年から両党に五段階で「通信簿」をつけ始 め、成績に応じて「献金」をあっせんするという、政策買収もおこなってきました。
 それが見事に破たんしたわけです。古い自民党型の政治に変わる新しい政治を求める国民の模索は、今回の選挙でも太く貫かれたと言っていいでしょう。

表1 総選挙における各政党の比例票
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※新党日本は比例名簿提出せず

 模索する国民の票は─脱原発、消費税増税反対などを訴えた政党は伸びませんでした。
 新しい政治を求める人びとの投票は、いくつかの複雑な動きを示しました。
 民主・自民・公明から離れた票は、まずは日本維新の会(一二二六万票)に流れました。「目新しさ」が求められてのことでしょう。みんなの党は前回比二二 四万票増ですが、一〇年参院選からは大幅な後退となりました。「維新」に食われたところがあるわけです。
 もうひとつの大きな動きは棄権・無効票の増大でした。前回比で約一〇〇〇万人が棄権にまわり、白票などの無効票も過去最高の三・三%となりました。「投票するに足る政党が見いだせなかった」ということです。
 その中で、古い政治の転換を訴えた共産党も前回比一二五万票の減となり、社民党も得票半減、「卒原発」を看板にかかげた未来の党も大敗しました。
 脱原発の市民運動との関係で言えば、有権者が投票にあたり「重視した政策」の中で「原発・エネルギー」は一〇%を占めたにすぎません(NHKの出口調 査)。一番は「景気・雇用」の四九%です。「いろいろな問題があるが、何より毎日の暮らしを何とかしてほしい」というのが投票者の多くの気持ちだったとい うことです。
 さらに言えば脱原発の票は、かなり分散しています。「朝日」の出口調査では、原発を「今すぐゼロ」と思っている人でも、投票先は民主一六%、自民一 六%、共産一六%、維新一四%、未来一三%、みんな一〇%といった具合です。実際に脱原発をすすめるのがどういう政党なのか、この点の判断が一致していま せん。原発推進の政党や候補者による「争点隠し」の影響も大きかったと思います。脱原発のとりくみは、今後、こうしたハードルを越えていかねばなりませ ん。

グラフ1 投票で重視した政策
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NHK出口調査より。 単位は%

破たん済みの景気対策推進

─自公政権はあわせて衆議院で三分の二以上の議席を占めました。どのような政治をすすめてくると考えられますか。「アベノミクス」も話題になっていますが。
 三二五議席の安倍政権は、参議院で否決された案件を衆議院で再可決できる条件(三二〇議席以上)を手に入れました。つまり非常に危険な「数の暴走」が可能になったわけです。これは重大です。
 自民党は「マニフェストが信任された」と、法人税の大胆な引き下げ、規制緩和、生活保護制度の見直しなど、格差拡大や社会保障切り捨ての政策をあらためて推し進めてくるでしょう。
 「アベノミクス」というのは「安倍内閣の経済政策」というだけのことで、中身は何も新しいものではありません。
 自民党はマニフェストで、日本を五年間の集中改革により「世界で一番企業が活動しやすい国」にすると言っています。つまり「大企業が潤えば今に下々も潤 う」と小泉首相が語っていた、古い「構造改革」路線そのままです。
 安倍政権のもとで、日本経済再生本部(政府の諮問機関)の中に産業競争力会議がつくられましたが、そこには長谷川閑史・経済同友会代表幹事、坂根正弘・ 経団連副会長などの財界代表や、小泉「改革」を推進した竹中平蔵氏等が名を連ねました。これも「アベノミクス」の古さを証明するものです。
 自民党と公明党は昨年一二月に政権合意の文書をつくりましたが、「景気・経済対策」に掲げたのは次の三点です。

グラフ2 原発への態度と投票先
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「朝日」出口調査より。 単位は%

 第一は「大型補正予算」を組んで「景気対策に万全を期す」。この「景気対策」の中心は、かつての大型公共事業です。国の財政赤字を拡大するだけで、賃上げにも下請けの利益にもつながらず、景気回復に何も役立たなかった政策です。
 第二は「大胆な金融緩和を断行する」。しかし実体経済が冷え込む中で、いくら金融緩和をすすめても、経済を混乱させる投機の資金を拡大させるにすぎません。
 第三は「エネルギー・環境、健康・医療などの成長分野における大胆な規制緩和」です。医療で言えば、病院経営に利益追求型の株式会社を参入させる、保険 の効かない医療を広める、民間保険会社の医療保険を拡大させるなどのことです。「人の命は金次第」「命を守るのも自己責任、国に頼るな」という方向です。
 政権合意には「消費税率引上げ前の景気回復を着実に実現する」とありますが、要するにアベノミクスというのはこの三つの政策を通じて、どんな経済指標で もいいから「日本経済が前向きになった」と言える状況を促成栽培的につくりあげ、消費税増税に向けた確実な道を開くことを当面の目的とするものです。国民 生活改善という目標はありません。

深刻な矛盾のもとにある新政権

─改憲や軍事大国化の動きも心配です。
 自民党は、日米軍事同盟の強化、集団的自衛権の行使、自衛隊の拡充など、軍事大国化とアメリカとの戦争協力の推進を打ち出しています。
 改憲への執念も強く、昨年四月に「日本国憲法改正草案」を発表し、自衛隊を「国防軍」にして自衛以外の活動ができるようにする(第九条)としました。ま た、第二四条(両性の平等)にわざわざ「家族は、互いに助け合わなければならない」という条項を新設しています。「生活に困る人がいても、国に頼らず、家 族で面倒をみなさい」という「自己責任」論の憲法化です。くわえて基本的人権を国民の永久の権利だと定めた、第九七条は全文削除しています。未来永劫、国 民のためにお金を使う国づくりはしたくないということです。

誰かまかせにせず行動を

─国のあり方や人権の考え方を根底から覆す改憲案ですね。
 しかし、こうした「なんでも自己責任」や「戦争推進」という改憲の路線が多くの国民に支持されているわけではありません。むしろ反対が多数です。ですか ら安倍内閣は「数の力で暴走すれば、ただちに国民との摩擦によって火を噴かざるを得ない」そういう深い矛盾のなかにあります。
 くわえて安倍首相は、戦前日本の体制や侵略戦争を「正しい」とする「復古主義」の思想を強くもっています。改憲案も「天皇は元首」となっています。その 上、侵略と植民地支配を反省した「村山談話」や「慰安婦」問題を反省した「河野談話」の見直しもするとしています。ここまで極端になると、アメリカや財界 もいい顔ばかりはできません。実際二〇〇六~七年の安倍内閣にはアメリカから強い批判がありましたし、今回もそういう懸念の声がすでに出されています。財 界も中国などでの自由な経営を重視しています。安倍内閣にはこうした支配層内部のねじれという弱点もあるのです。

─改憲の援護部隊と言える日本維新の会の存在もありますが。
 石原主導と橋下主導の「二本柱」だとして「二本維新の会」とも皮肉られているように、どうみても安定した組織とは思えません。しかし、石原氏などとの合 流によって、復古主義的改憲を応援するという役割はより鮮明になったと思います。また、もともと「維新八策」で検討していた経済政策も、小泉「構造改革」 の焼き直しにすぎないものでした。
 今後、安倍政権の「暴走」を右から応援する姿勢がますます明らかになっていけば、自民党政治の転換を願って投票した一二〇〇万の支持者の期待は、無残に も裏切られていくことになります。その点では維新も、自民や公明と同様、深刻なジレンマの中にあると言っていいでしょう。

創造的な運動を担える個人に

─今後の運動づくりの上で大事な点は。
 まず、民主党政権を崩壊させたとりくみに確信を持つことが大切です。増税・TPP(環太平洋連携協定)・原発再稼働反対、米軍基地撤去、被災地支援などの運動と世論は、民主党大敗の重要な要因となりました。
 自民党も、消費税増税で相当数の議員が「景気回復が前提」「低所得者の軽減も考える」と言い訳せずにおれなくなり、TPPについては自民党議員の二〇三 人が反対をかかげています。選挙前の国民のとりくみは、明らかに現政権の手を縛っているわけです。
 くわえて今後は、国民の声を代表する政治・政権のあり方を考えるとりくみが必要です。様ざまな市民運動があっても、それだけで「自動的に政治が変わる」 わけではない。そのことを多くの市民が実感しています。これは国民の重要な政治体験です。では「どうすれば私たちの願いがかなう政治をつくれるのか」。そ の模索にかみあった、部分的な政策の提示にとどまらないトータルな「新しい政治」の提起が必要になっていると思います。そういう力量が求められます。
 同時に、運動団体には様ざまありますが、団体をつくるのは個人です。よりよい世の中をめざす一人ひとりが自分の力を伸ばしていかねばなりません。「政治 がわからない」ではダメなのです。「政治を語れない」でもダメなのです。そこを突き抜けるには、何より社会や政治についての学びが大切です。自分で本を読 むということです。日本の政治や社会はどういうしくみで動いているのか、そういう社会の基本についての学問――経済学、政治学、歴史学などをしっかり学ぶ ことが必要です。団体の執行部はその先頭に立たねばなりません。
 また個人が、執行部まかせ、誰かまかせにしないで、自分の責任で世論をつくる舞台に登場することも必要です。フェイスブックやツイッターは、世論をつく る重要な手段となっています。ここで積極的に意見を述べることは、「私の考える力」を養うことにもなっていきます。
 ジグザグはあっても大局を見れば、国民が古い自民党型の政治から抜け出す、新しい政治を求めていることはまちがいありません。模索は夏の参議院選挙まで にもさらに進むでしょう。こうした状況に見合う創造的な運動を担うことのできる力を、個人も団体も身につけていく必要があると思います。

いつでも元気 2013.3 No.257

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