いつでも元気

2012年3月1日

特集1 介護保険 生活援助60分→45分に短縮 人間らしく生きる支えを奪うな

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前川さん。定年直後から難病とたたかってきた

 今年四月から、介護保険の生活援助(洗濯・掃除・調理・買い物など)における時間区分が、現行六〇分(一回あたり)から四五分に。しかし生活援助は、人間らしく生きるために欠かせない支えです。
 「介護保険の『改正』じゃない、改悪です。私は反対です」。こう話すのは、前川邦夫さん(79)。北海道在宅勤労者医療福祉協会(勤医協在宅=札幌市) の高齢者向け優良賃貸住宅「かしわの杜」で一人暮らし。「政治家は高齢者の医療・介護など、弱いところばかり攻めてくる」と憤ります。
 前川さんは要介護2に認定されています。週二回、ヘルパーに自宅の清掃と洗濯を依頼。定年直後に難病の頸椎後縦靭帯骨化症を発症。左肩から左腕、左脚ま で痛みやしびれがあり、かがんで床をふく、掃除機をかけるなどの動作が困難です。左腕も肩より上に上がらず、洗濯物を干す動作にも支障があります。
 一方「自分にできることは自分で」がモットーの前川さんは、毎日杖をつきながら散歩に出かけ、健康には人一倍気を遣っています。「動かないと足腰が弱くなるし、便秘がちになる。散歩は気分転換にもなりますから」。

「子どもに迷惑かけたくない」と

【注】介護保険制度により認定される要介護度には、軽い順に要支援1・2、要介護1~5となる。政府は要支援1・2、要介護1を「軽度」とし、訪問介護や福祉用具の利用を制限している。

 同じく札幌市で一人暮らしの近田美智子さん(69)は、要支援2。両膝が人工関節で、膝を曲げ ると痛みが。腰椎椎間板ヘルニアもあり、「かがむのがダメなのよ」と話します。近所に息子さんが夫婦で住んでいますが、長距離トラックの運転手です。その ため息子さんは帰宅が深夜だったり、帰って来られない日もあり、「無理してこれ以上膝や腰を悪くしたら、子どもに迷惑をかけるから」との思いで、一年前か ら自宅の清掃を週一回ヘルパーに依頼しています。

ねらわれる“安上がり”な介護

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真冬の札幌市。介護を受けていない人でも足もとは要注意だ(白石区で)

 「掃除以外のことはどうしているんですか?」と記者が聞くと、「掃除以外は自分でやっている」。食材は生活協同組合の宅配を利用。痛む膝や腰を押して自分で調理していると聞いて、驚きました。
 両膝が悪いため、長く歩けず、転びやすい。それでも週一回、定期受診に出かけなければなりません。そのときは「タクシーで自宅の最寄り駅まで行き、地下鉄やバスを乗り継ぐ」と聞き、ふたたび驚かされました。

「60分でもあっという間なのに」

 前川さんと近田さんの話から浮かび上がるのは、生活上必要なのに、どうしてもできない部分について生活援助を受けている事実です。この生活援助の時間が短縮されたら、いったいどうなるのか。
 「いまの六〇分でもあっという間なのに、四五分では時間が足りない。生活を維持できない人が出る」。こう話すのは、ヘルパーステーション柏ヶ丘サービス提供責任者の笹木八重子さんです。
 「このあたりは近くにスーパーがないため、買い物の依頼も多いんです。買い物に行けば、二〇~三〇分なんてあっという間。利用者さん宅に戻ってきたら居 間だけ掃除し、後は手つかず。そんな生活援助になってしまいかねません」
 ヘルパーは生活援助で家事だけを担っているのではなく、利用者や家の中の状態を観察しながら、どんな援助が求められているかを考え、対応する役割があり ます。時間が短縮されれば、コミュニケーションの時間も削られるため、十分な観察ができなくなり、生活援助の内容に差し障るおそれも指摘されています。

「洗濯16分」厚労省資料のナゾ

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近田さん。膝を示しながら、「両膝に人工関節が入っている」と

 生活援助の時間短縮の根拠は、厚労省が民間企業に依頼した調査です。厚労省はこれをもとに、行為ごとの平均時間を算出。しかし、とりわけ奇妙なのは、洗濯が平均「一六・六分」などとされてい
ること(厚労省社会保障審議会、昨年一〇月二三日資料)。ヘルパーステーション柏ヶ丘管理者の藤井博美さんは「一六分では、全自動の洗濯機を使っても終わ りません。利用者さんの中には、昔の二槽式の洗濯機を使っているところも多い。二槽式なら、もっと時間がかかる」と疑問を呈します。
 しかもこの資料では、九八・一%が洗濯を四五分未満に終え、四六・五%が一四分以内にすませているとされています。どう見ても実態とかけ離れています。
 家事を同時並行でおこなうのは当たり前なのに、行為別の平均時間を機械的に算出しようとする点に無理があります。しかも厚労省が依頼したこの調査は、実 際に時間を計測したものではなく、事業所の回答によるもの。四四都道府県の各一〇自治体で要支援1~要介護5の訪問介護利用者を一人ずつ抽出し、利用して いるサービスの種類を調べるのが目的の調査で、件数も非常に少ないのです。

要支援1・2の保険はずしも

 その上、今年四月から介護保険の「軽度」はずしが加速しようとしています。要支援1・2の人を自治体の判断で介護保険の対象からはずし、個々の自治体が策定する「介護予防・日常生活支援総合事業」に移行させることが可能となるからです。
 この「総合事業」は、介護保険のようにサービスにあたる職員の資格、サービス内容、利用料などに関する国の基準がありません。無資格者による訪問介護も 可能で、「配食サービスはあるが、調理の援助はない」など、サービスが低下させられ、サービスそのものが切り捨てられる危険も。つまり生活援助もなくなる 可能性があります。
 「生活援助がなくなったら生活が維持できなくなる人が出る」と笹木さん。「私が担当している八八歳の女性は、足腰も弱く、かがむ動作ができません。この 女性は壁やいすなどを手がかりにしながら、ようやく歩ける状態なのに(保険はずしがねらわれている)要支援2にしか認定されません。いちばん困るのが買い 物で、ここを援助しています。生活援助に入るヘルパーとの会話が唯一の会話という高齢者も多い。ヘルパーとの会話は気分転換、認知症予防にもなります。生 活援助を削るなと、声を大にして言いたいですね」。

制度は抜本的に改善を

国の本音は公的保障からの「自立」

介護保険の主な改悪内容

■ことし4月から

・要支援1・2の人を自治体の判断で介護保険対象からはずし、自治体独自に策定する「介護予防・日常生活支援総合事業」に移行させることが可能に

・介護保険から支払われる介護事業所への介護報酬を実質-0.8%改定
 名目+1.2%。廃止される職員処遇改善交付金を考慮すると+2.0%必要

・生活援助の時間区分60→45分に

・保険料、全国平均月5000円超に

・吸たんなど医療行為の一部を介護職もできるように

■今後、検討されている改悪

・要支援1・2の人の利用料の負担割合を増額
 厚労省は2割負担案を例示

・ケアプラン(毎月の介護保険サービス利用計画)作成の有料化

・年収320万円(または385万円)以上の人の利用料を1→2割に

・要介護1・2の人の施設利用料増額

・2025年までに要介護認定者3%減

 介護保険の改悪が続く背景を、全日本民医連・林泰則事務局次長(介護福祉部)は、「政府の本音 は『国の世話になるな。公的保障から自立してくれ』ということ」と言い切ります。「団塊の世代が退職を迎えて高齢者が増えていく中で、介護が必要な高齢者 も増えていきます。一方で、政府は公的医療費を抑制するためにベッドを削減するなどして、入院患者を在宅へ移行させる政策をとってきました。ますます介護 が必要な高齢者が在宅に流れる。しかし国は社会保障への公的支出全体を減らしたいわけですから、『軽度』の人をはずし、限られた重度の人だけを対象にする のです。これが、政府が言っている『介護給付の重点化』です」。
 しかし高齢者は、軽い病気やつまずきによる転倒などがきっかけで、状態悪化が一気にすすむことが多いのも特徴です。「『軽度』はずしは、将来的にはか えって介護保険財政を圧迫することにもつながる。生活援助が削られれば、無理をして体調を崩したり、転倒する事故も増え、手厚い介護が必要な人がかえって 増えるでしょう。政府は介護が必要な人の『自立』をうながす政策をとってきましたが、その政策にも反しているのです」と林さん。

介護の専門性かけたたたかいを

 「二〇〇〇年に介護保険が始まったときは、『介護の社会化』をめざし、家族の負担を軽減するというのが名目でした。それなのに制度の『改正』で、今は自己責任の制度になっている。今一度、国は、制度発足時の原点を見つめ直してほしい」と藤井さんは力を込めます。
 計画・検討中の介護保険制度改悪は、まさに目白押し(上表)。負担増だけでなく、吸たんなど、本来訪問看護師がやるべき医療行為まで介護職ができるようにするなどの内容も含まれています。
 林さんは「大資産家や一部の大企業の税金をまける一方で、庶民に増税を押しつけ、必要な社会保障を抑制する『税と社会保障の一体改革』そのものを撤回さ せなければ。介護保険の抜本的改善を求める運動、『人間らしい生き方を支える』介護職の専門性をかけたたたかいが求められています」と語りました。
文・多田重正記者/写真・五味明憲

いつでも元気 2012.3 No.245

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